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閑話18 ある終わりを望む魔力残存の平穏(前)



 冬を旅する彼らを守る。その誇り高くも大きな役目を、終える時が来た。

 (かす)かとなった魔力と自分の存在から、それが近いことを知る。



 ……そろそろ、どこかで休みたい。



 静かな終わりを求める俺に、彼らは(うなず)き安らぎをくれた。

 暖かな糸に編み込まれた俺は、自ら瞳を閉じることで、この世界に幕を下ろす。







 ※※※※※ ※※※※※ ※※※※※ ※※※※※



 




「今日帰ってくるって言ったのにっ! また、嘘でしたのねっ!」



 突然に、不快な何かを感じた。意識が浮上する。

 (きよ)らかな俺の終わりを、邪魔する奴は誰だ?



「ハリーシェア様、フェブリック様は決してそのようなーー」


(うるさ)いっ! お父様もお母様もバーディオだって、みんな嘘つき! 出てって! 私の部屋から出てってよっ!」



 あぁ、なんて騒々(そうぞう)しい。ただ眠りたいだけなのに、やけに頭に響く声だ。



「大変申し訳ございません。失礼致します」



 バタン



「うぅっ グスッ、ぐすんっ……」



 はぁ。まだ少し何かが聞こえるが、さっきよりはマシだ。

 ならばまた、俺は良き終わりの時を待ち、眠るまでだ。ゆっくりと、意識を沈める。

 



「うぅーーー! ぜんぶっ、ぜーんぶ、冬のせいよっ! 冬なんか、来なければいいのにっ!」


 

 

 微睡(まどろみ)かけた頭を、ガンっと殴られたような衝撃を感じた。



 なんだって!? 冬が、来なければいいと言ったのか!?

 俺が守ってきた彼らを、世界に春をもたらすためひたすらに耐える彼らを、侮辱(ぶじょく)するのか!?



 近くにあった魔力を、怒りまかせにバクリと飲み込む。



(ぐぅっ、不味いっ! 最悪だ!)



 だが、そんなことは関係ない。

 俺はこの馬鹿に、永遠の冬を旅する報われない彼らが、どれだけの使命感と苦痛を持ってこの世界を保っているのか、知らしめてやらなければならない。

 

 魔力が体に馴染む。愚かものに、その発言の責を問う時が来た。

 俺の最後の灯火(ともしび)だ。最大火力とともに、お前の非礼をその体に叩き込んでやろう! 意気込みとともに、カッと瞳を開く。



「なにっ!??」



 目の前には、少女がいた。文字通り、目の前。

 少女は、ピッタリとその顔を俺につけ、寝息を立てている。



(はっ、そうか! 俺はもう、炎ではなくなったのか)



 本来であれば、相手が燃えかすになっていなければおかしいほどの距離感に驚くも、ワンテンポ遅れて、今はただの糸であることに気がつく。


 いや、糸ではない。どうやら既に何かに縫い込まれているようだ。ぐっと視線を下に向け、自身の姿を確認する。

  ……うむ。少女が抱きついているのでよく分からないが、枕に近いか?



 下を向いたことで、少女の表情が見えた。

 涙でぐしゃぐしゃに濡らした顔を拭くこともせず、夢の中へ落ちたようだ。



「グスッ、ぐすんっ……」



(寝ながら泣いているのか)



 少女の閉じた目から溢れる涙が、俺に染み込む。酷く不快な心地になった。


 だが、さっきまでの燃えるように感じていた怒りは、幼子の泣きはらした顔を見て霧散(むさん)した。



(こんな幼子(おさなご)に炎をぶつけるなど、俺は何をしようとしていたんだ)



 拍子抜けを通り越して、自分自身に呆れてしまう。

 それに、咄嗟(とっさ)に魔力を取り込んだことにより、望んでいた終わりから、僅かだが遠ざかってしまった。

 あぁ、本当に何をしているんだ、俺はっ!



「うぅっ…… ひっく、ぐすんっ……」



 少女は枯れそうもない涙を流し続け、それはジクジクと俺に染み込む。

 微々たるものだが、少女の涙に含まれる魔力で、俺はまた望みから遠ざかった。

 ……全部、こいつのせいではないのか? 顔を歪ませながら楽しそうとは思えない夢の中にいる少女を、俺は睨んだ。



「確か、名をリーシェと呼ばれていたか? んん? リーシェアだったか? いや、シェアリ?」


「 ……エアリ?」



 むむっ、いつの間に!?

 気がつけば少女は、薄茶色の瞳をまん丸に見開き、真っ直ぐに俺を見つめていた。

 小さな手が、俺の体をガシッと掴んでいる。



「喋った!?」


「あ、あぁ、喋るさ。当たり前だろ?」



 誤魔化せばいいものを、俺はつい返事をしてしまった。

 人間に掴まれたのも、話しをしたのも初めてで、動揺してしまう。


 俺を掴んだままグイッと体を起こした少女は、ペタンとベットの上に座り込む。



「喋ったっ!? 喋ったっ!?」



 興奮した感情のままに、俺をボスンボスンとベッドの上で上下させる。ぐわんぐわんと視界が揺れた。



(ぐわぁぁあぁっ! 気持ち悪いっ!)



 さっき食べた不味い魔力のせいで、ただでさえ悪かった気分が、振り回されたことで最悪のものとなる。

 やめろ! と叫びたかったが、なぜか言えなかった。

 少女の気を逸らしこの動作を止めさせるため、なんとか代わりの言葉を紡ぐ。



「き、君の! 君の名前は!?」


「名前? 私はハリーシェア!」


「助かった、はぁっ、はぁっ……。 あっ、その、いい名前だな?」


「うん! あなたの名前は?」


「俺か? 俺に名はない。なんたって俺は、縛られることのない自由なそんざーー」


「じゃぁ、私が名前付けてあげる! うーんと、エアリはどう? さっき自分で言ってたでしょ?」



 しまった! 俺がさっき食べたのは、多分こいつの魔力だ。名を受けたら契約になり、彼女に縛られてしまう! 



「うッ! …………んん?」


「エアリ、どうしたの?」



 身を固くして覚悟するも、なにも起こらなかった。ふぅ、セーフだったか。



「あ、あー、なんでもない。名前ありがとう、えーっと、ハリーシェア?」


「うんっ!」


「「…………。」」



 名付け契約の回避にホッとしたのも束の間、新たな危機が訪れる。少女との会話がを終了してしまったのだ。

 このままでは、またブンブンと手荒く振り回されかねない。


 俺の魔力は元々残り少なかったし、さっき反射的に飲み込んだものも、それ程大きくはなかった。

 人の魔力を取り込み馴染んだし、実体もあるので話くらいはできるが、この体で少女の手から逃れたり、自由に動けるほどの力はない。

 少女からのブン回しを避けるためにも、何か、話題を探さねば。話題…… 話題……



「そうだ! さっきハリーシェアは泣いてただろう? なんであんなに、泣いてたんだ?」


「それは……。 お父様が、帰ってこないの。今日、帰ってくるって約束したのに……うぅっ」



 俺の言葉にシュンと小さくなった少女の肩は、プルプルと震えだす。



「ハリーシェア、ま、待てっ!」


「うっ、ぐすんっ…… ふぐっ」



 ハリーシェアの瞳に、涙がぶわりと滲んだ。

 しまった! 完全に質問を間違えた!

 また泣き出して、あの不快な涙を俺につけられるのは困る。



「そうだ! お前の父上の代わりに、今から俺がとっておきの話を聞かせてやろう! お話し、好きだろ!? 誰も知らない、秘密のお話だぞ!?」



 苦し紛れに、無理やり話を変えた。ん? 何で俺は、この子が話しを聞くのが好きだと知っているんだ?

 少女はピタリととまり、涙を溜めた瞳で俺を見上げる。……まぁ、いいか。それよりも、少女の号泣の回避の方が大切だ。



「ぐすんっ、秘密のお話?」


「あぁ! いいか? 実はこの世界は、偉大な旅人たちが守ってるんだ。ハリーシェアの父上だって、絶対に知らない話だぞ? どうだ、聞きたいだろう?」


「旅人がえらいの?」


「当たり前だろ? 彼らがいなければ、世界は闇に包まれたままなんだからな!」


「旅人は強い?」


「うーむ。いや、彼らは偉大で気高いけれど、強くはない」


「じゃぁ、すぐにやられちゃう?」


「いや、大丈夫だ。彼らのことは、勇敢な炎の騎士が守ってるからなっ!」



 ワクワクと俺の話を待つ彼女の目は、好奇心で満ちていた。もう泣く気配はない。よし、最悪は防いだ。

 安堵から、無意識に手を動かす。思っていたよりも下についていた俺の手は、少女の腰にポンッと当たった。


 腰の感触に気がついたハリーシェアは、満面の笑みを浮かべる。

 ギュッと俺を抱きしめ、そのままコテリとベットに横倒しになった。瞳と同じ、薄茶色の髪がバサリと広がる。


 倒れた拍子に、少女の瞳に残っていた涙が俺の生地に染み込んだ。



(うっ…… 不味いっ!)



 だが、少し気分は悪くなったが、不思議とさっきよりはマシだった。魔力量としても、やはり微々たるものだ。

 彼女の目の端に残った輝きを見る。



(はぁ、また変なタイミングで残った涙を溢されるよりは、覚悟しているうちに吸収しておこう)



 気が進まないながらも、俺は体を動かして彼女の顔に自分を擦り付ける。ジワリと生地が涙を吸った。うん、不快だ。

 


 ハリーシェアは寝転んだまま、足元の毛布をグイッと引っ張る。抱きしめられている俺も、彼女と一緒に頭からすっぽりと毛布をかぶった。



「エアリの秘密のお話し、聞かせて?」



 毛布の中、何故か小声で話をせがんで来た彼女の瞳には、涙とは違う輝きが浮かんでいた。



 ふぅ、と息をつく。思っていた静かな終わりとは違うが、まぁいいとしよう。どうせ、魔力が尽きるまでの、少しの間だ。

 ……いや、せっかくなのだ。これは彼らの素晴らしさを、この少女に布教(ふきょう)する、良い機会と捉えよう。

 


「よし、じゃぁ話すぞ? 始まりは、もちろん冬だ。彼らはいつだって冬の中にいる。つねに冬を追いかけて、その(すそ)を離したりはしない。そしてーー」


「冬嫌い! お父様もお母様も、帰ってこないんだものっ!」



 ふむ、前言撤回。この少女には、彼らの素晴らしさをとことん知らしめる必要がありそうだ。

 そうだな。彼女には俺の亡き後も、冬の素晴らしさを伝え続ける重大で栄誉(えいよ)ある役目を(たく)そう。

 


(よしっ! そうと決まれば、俺の魔力が尽きるまでに、彼女にしっかりと教育を(ほどこ)さねばっ!)



「いいか、ハリーシェア? 冬は辛いが、ものすごーく大切なんだ。何故ならば、冬がやって来なければ、春も夏も秋だって来ない。春をどうやって作るか知ってるか?」


「春はイリスフォー(陽の精霊)シアがーー」


「いやいや、違う。たしかに彼女の目覚めは春となるが、彼女の肩を叩くのは彼らだ。冬を捕まえた彼らは、まず春を作るために、足跡に春の種を植える。そしてーー」


「彼らって誰?」



 ハリーシェアから彼らの名を聞かれて、ハタと思う。彼らは冬を追うものであるのに、何故かそれを呼ぶものと名づけられている。

 俺からすると、すごく不思議な話だ。まぁ、そんなことはどうでもいいか。



「知らないのか? 勇敢な旅人である彼らの名はーー」



 気合を入れ直した俺は、彼らの素晴らしさを、時に子供向けの冒険談にアレンジしつつ、悠々(ゆうゆう)と彼女に語り始めたのだった。





 お読みいただき、ありがとうございます。


 いつもアドバイスや感想を、ありがとうございます。とても嬉しく、何度も何度も読み返しております。

 お返事を書く余裕がなく、大変恐縮です。

 ですがいただいた言葉は蕾となり、エーダフィオンの蔓から放たれた花弁は、この物語を紡ぐ大きな励みとなっています。


 また、ここまで目を通して頂いた全ての読者様におかれましても、この場を借りて、深く深く心からの感謝を申し上げます。

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