ハリーシェアの秘密
「ディオ、持ってきて」
名を呼ばれた側近の1人が、ハリーシェアに近づいた。抱えていた大きな包みを渡す。
自分の背丈ほどもある何かを受け取ったハリーシェアは、ゆっくりと大事そうに包みを開いた。
「え?」
一体何が出てくるのか。ハリーシェアの秘密をドキドキしながら見守っていた私は、中から出てきたものを見て、つい間抜けな声を出す。
それは、ただの大きなぬいぐるみだった。
猫のようだが、猫にしては耳が大きくて長い。胴長なデザインに、閉じた目と少しクタっとしたフォルム。
ぬいぐるみというよりは、抱き枕かも。でも、これがどうしたんだろう?
ハリーシェアは、包みから出した耳の長い猫型抱き枕をハシッと掴み、無言で見つめている。
大事な抱き枕を、私に紹介したかったってこと?
私が彼女の言葉を待っていると、ハリーシェアは抱き枕をギュッと強く胸に抱きしめ、そのまま顔を埋めた。
「……エアリっていうの」
「エアリ?」
抱き枕の生地を通して、ハリーシェアのくぐもった声が聞こえる。
「そう、エアリ。エアリはね、前は私とお話ができて、ちょっとだけど動けたの。夜になるといつも私の話を聞いてくれて、かわりに楽しいお話をしてくれた。それなのに、急に何にも言わなくなって……。」
わぉ、耳長猫は喋る抱き枕だった。
枕が話すなんて、怖いけどすごい。魔法、恐るべし。
子守用の抱き枕型魔術具とか? 急に話さなくなったのは、壊れちゃったのかな。
「えっと、どうしてエアリは急に話さなくなったの?」
「分からないわ。 ……でも、ミアーレアなら、その理由が分かるかなって思って」
「へ? なんで私?」
私の言葉を聞いたハリーシェアは、バッと抱き枕から顔を上げた。
強い光を宿した瞳にキッと見つめられる。
椅子に座ってるのでできないけど、その迫力に押されて、2、3歩後退りしたくなった。
「七冠くぐりの儀式の時に、土の輪から黒猫が出てきたのを見たわ。この前も一緒にいたし、彼は貴方の使い魔なんでしょう?」
「えっと、主従関係は破綻してるけど、いちおうそうかな」
使い魔というか、使われてる側な気しかしない。
「お願い。ミアーレアは、どうして彼と一緒にいられるのか、教えて欲しいの。私のエアリは何も言わなくなっちゃったのに、貴方の使い魔はどうして元気なの? エアリと貴方のは、どう違うの? 貴方と同じことをしたら、エアリも戻ってくる?」
「ハ、ハリーシェア、ちょっと落ち着いて?」
「お父様もお母様も、もうエアリはいないって言うの。でも、そんなことない。エアリは眠ってるだけですもの。使い魔と仲の良い貴方なら、分かるでしょ? それに、私のエアリとも話せるのでしょ?」
「それは…… 」
早口のハリーシェアが怖い。そして、ご両親がそう言うのなら、もうエアリは修理できないのでは? なんて、直接言う勇気もなかった。
ハリーシェアは、エアリちゃんが使い魔だと信じているようだが、ルディーもフィンちゃんも、元々はただの魔力の塊で実体はなかった。
どう見ても抱き枕、もろ実体のエアリちゃんは魔術具に違いない。
でも、お友達が機械仕掛けなんて夢を壊すようなこと、ハリーシェアが知る必要はないだろう。
「お願い、ミアーレア! 貴方から声をかければ、エアリも起きてくれるかもしれない」
「え? わわっ!」
なんて言って切り抜ければいいのか、かわりの言葉を探しているうちに、ハリーシェアから抱き枕をグイグイと押しつけられた。
ノーと言えない日本人代表の私は、つい受け取ってしまう。
物言わぬ耳長猫を見るも、柔らかくてつい抱きしめたくなる素材の、普通の抱き枕にしか思えなかった。
「あの、エアリちゃん? エアリちゃん、聞こえていますか?」
そっと、話しかけてみる。
「 …………。」
無反応。返事が来る気配も、サラサラない。
ハリーシェアみたく、ギュッと抱きしめてみた。感触としては、フワフワの綿が詰まっているだけのように思える。
こう、魔術具っぽい機械が埋め込まれている気もしなかった。あれれ? これ、本当にただの抱き枕じゃん。
「うーん、フィンちゃん、どう思う?」
困った私は、手紙を運び終え、机の上で私用のお茶菓子を啄んでいた小鳥に、匙を投げる。
決して1人だけゆっくりセルーニクッキーを食べてるのがずるいからなんて、心の狭い理由ではない。
「ピッ、ピィ!? ……ピィッ!」
いつもよりオクターブ高い鳴き声を上げたフィンちゃんは、菓子皿から離れ、トトッと机の端からジャンプする。
私が抱える抱き枕に飛び移り、フニフニと触り心地を足でチェックした。
「ピィッ?」
首をコテリと傾げる。その3秒後、羽を広げ一直線にパタパタと部屋を出て行った。
あ、逃げた。賢いフィンちゃんにも、お手上げだったらしい。うん、知ってた。おやつ時間の邪魔して、ごめんね。
フィンちゃんが出て行った扉から、そっと目を離す。
何かを期待して、ジィッと私を見るハリーシェアからの視線が気不味い。
ふと、彼女の後ろを見る。ハリーシェアの後ろに仕える側近2人は、眉を下げた申し訳なさそうな顔をしていた。
可愛くて賢い我が第2使い魔が逃亡した難問に、私が答えられるはずもない。
困った時はヒントをくれるロンルカストも、さっきから何も言わないしなぁ……ん? あれ?
そういえば前にロンルカストから、使い魔について説明を受けたことを思い出す。
んー、なんだっけ。なんか大事なことを言ってたような……?
頭をフル回転し、ロンルカスト講座の記憶を探った。
えぇっと…… あっ、そうだ! あれは七冠くぐりの儀式の帰りに、使い魔と名付けの関係を教えてもらった時。うーんっと確かロンルカストは、子供が偶然小さな精霊に名付けをしちゃうのは、よくあることだって言ってた。
ただ、魔力が少なすぎるから、すぐに消えちゃうって話だったかな。 ……え? これ、不味くない?
つまり、ハリーシェアのエアリちゃんは魔術具じゃなくて、偶然的になった使い魔だった。
ぬいぐるみに、たまたま小さな精霊が入っていたのか、ぬいぐるみ自体がそうだったのか、細かいことは分からない。
でも、とにかくそれは、正式な契約じゃなくて一時的なものだった。
だから、使い魔はすぐに消えちゃってもういない。今はその、皮の抱き枕だけが残ってる。ってことだよね?
あー、きっとご両親も側近たちも、仮の使い魔と仲良くするハリーシェアをみて、本当のことが言えなかったんだ。
消えた使い魔の復活を信じる彼女の健気な姿に、胸を痛めているのだろう。
でも、どうしよう。私だって真実を伝えられる気がしない。
だって、ハリーシェアはエアリちゃんがまだいることを信じて疑わない純粋な目で、真っ直ぐに私を見つめている。
無理、絶対に無理。こんな、いたいけな子どもに、残酷な真実なんて言えるわけない。
エアリちゃんは眠ってるだけだと、優しい嘘をついたほうがいいのだろうか。
「ピッ! ピッピィ! ピッピィー!」
嘘か真実か、どちらを伝えるべきか究極の難問に悩んでいると、鳥の鳴き声が近づいてきた。
「分かったって言ってるだろ? 全く、ほんとに煩い鳥だなぁ。ねぇ、ミア。僕を呼ぶなら、もう少し品のある使いをよこしてくれない?」
気怠そうなルディーが、ヒョッコリと扉から顔を覗かせる。フィンちゃんに背中を突かれながら、テトテトと部屋の中へ入ってきた、
「あっ、ルディー?」
「 ……ミア、何持ってるの?」
「あ、あのね。ハリーシェアの抱きまく、、じゃなくて、この子はハリーシェアのお友達。エアリちゃんって言うの。その、お寝坊さんみたいで、なかなか目を覚ましてくれなくて、困ってて……」
「あー、なるほどね?」
そう言うなり、ヒュンッと消えるようにジャンプしたルディーは、自身の体長の何倍もの飛躍をした。
トトッと軽い音をたてながらテーブにのぼる。テーブルの端からぐっと顔を伸ばして鼻を突き出すと、私の持つ抱き枕の匂いを嗅いだ。
「うん、彼は役目を果たした。もうここにはいないよ」
「ルディー? 彼って誰のことを言ってるの?」
「ん? 彼でしょ?」
抱き枕から顔を上げたルディーは、不思議そうにそう言って周りを見る。
ハリーシェアの後ろの側近たちも、私と同じ驚いた顔をしていた。
「エアリは、男の子です。誰にも言っていなかったのに ……やっぱり、やっぱり貴方には分かるのですねっ! ここには居ないって、どういうことですか? ではエアリは、どこへ行ったのですか?」
「んー、面倒だなぁ。でも、僕がノックした扉だし。はぁーぁ、余計なことに首を突っ込むんじゃなかった。……いや、突っ込んだのは鼻か」
良かった! エアリは消えたわけではなさそうだ。
ロンルカストの説明とは違うけど、精霊に近い存在のルディーの方が、こういうことは詳しいのかもしれない。
やる気がなさそうにグダグダ言っているルディーだが、もう一押ししてエアリ君の居場所を教えてもらおう。
「ルディー、私からもお願い。エアリ君がどこにいるのか教えて?」
「あー、居場所よりも、彼の居た場所を見に行ったほうがいいかな。あいつの真似をするのは癪だけど、今回ばかりはね。ハリーシェア、ベルクム粉は持ってる?」
「えっ、はい。ディオに持たせていますが?」
「ベルクム粉で、何をするの?」
「何って、ミアの得意な覗き見だよ? 無口な彼の心に、お邪魔するとしようか。まぁ、残存はかなり薄くなってるけど、ミアと僕らがいれば、まだ間に合うでしょ」
「エアリの心?」
「そう。ハリーシェア、君のベルクム粉を、あの煩い鳥に渡して。これは君の分でやるべきだから、ここで使っても異論はないよね?」
ハリーシェアはルディーに頷くと、側近から受け取ったベルクム粉袋を、フィンちゃんに渡した。
「宜しくお願い致します!」
「……さすがは、ユニフィア。うんざりするくらい、ちょうどいい量だね。フィン、僕は彼女たちの守りに徹する。お前がはじめたんだから、道はお前の風で通せよ」
「ピィッ!」
真剣なハリーシェアの言葉と、最後まで面倒そうなルディーの声に、一鳴きで答えたフィンちゃんは、両足でベルクム粉袋を掴んだまま、天井までサァーっと羽ばたいた。
一瞬頭を下げると、嘴で袋をついばむ。
穴が空いた袋から、サラサラとベルクムでできた金粉が溢れるのが見えた。
そんなフィンちゃんの動きを確認したルディーは、思い出したかのように、ぐるりと側近たちを見廻す。
「あぁ、君たちも来たければ来ればいい。でも、この道を来るのならば、自分の心くらいは自分で守ってね? 僕にはそんな義理ないからさ」
軽い口調だが、まるで牽制するような言い方をルディーはした。
その間もピンクの小鳥は、私達の頭上で円を描くように、クルクルと回りながら金粉を振りまく。
重力に従いゆっくりと舞い落ちてきた金粉は、上空の羽ばたきにつられて、大きく揺らめいていた。
「ピィッ ピィッ!」
小鳥はクルクルと回り続ける。
ハリーシェアが渡した袋は、そんなに大きなものには見えなかった。中身も片手の上で事足りるはずなのに、頭上から降り注ぐ金粉は止まない。
次第に増える落ちてくる金粉の量を不思議に思った時、部屋の中なのに何故か風を感じた。
「なんだか風が…… へぇぁっ!??」
上を見上げ、息を飲む。小鳥の羽ばたきから生み出されたとは思えないほどの大きな風の渦が、天井にあった。
さっきまで飛んでいたフィンちゃんの姿はなく、ピンク色の線が渦の中を、雷のように縦横無尽に駆け回っている。
「タッ、タツマキッ!??」
驚きから悲鳴に近い叫び声を上げる。
その言葉を合図に、巨大な風の渦は部屋ごと飲み込む勢いで、天井から落ちてきた。
持っていた耳長猫の抱き枕を、ギュッと抱きしめる。
襲われるであろう暴風の恐怖に耐えようと、体を固くしたのと同時に、私は誰かの手によって両の肩がガッシリと強く掴まれるのを感じたのだった。
お読みいただき、ありがとうございます。




