心の治療
「治療……セラピー、therapy? アロマセラピー、とか?」
店番中、ふと思いついた。昨日寝落ちする前に考えていた、パルクスさんの心の負担を軽減するには、どうすればいいのか問題についてだ。
何となく口を衝いたアロマセラピーだが、なかなかに良いアイデアなのではないだろうか。
「うん、アロマセラピー! いいかも!」
うんうんと1人頷く。いかにも薬です、って感じじゃないところが良い。
こころの治療を目論んでいるのが、バレなさそうだ。「気分転換用の新商品です、治験的としてデータが欲しいから試しに使ってみてくれませんか?」 って言って渡せるし。
「うんうん、さりげなく渡せるってところがいいよね!」
なんたって恋愛スペックゼロの私だ。
どこでパルクスさんの男としての自尊心を、傷つけてしまうか、分からない。
しかも異世界の男性、更によく分からない職業である冒険者の御心を推し測ることなど、全くもってお手上げなのだ。
いつもはいい匂いがするパルクスさん。でも、この前は、汗と皮が混ざったような匂いがした。まるで、他の冒険者みたいに。
どこか懐かしい、良い匂いがするパルクスさんが好きだったので、ちょっとショックだった。
きっと心労で、身嗜みを気にする余裕も無いんだ。
メンタルケアして健全な心に戻って、また以前のように、ボディーケアにも努めてもらいたい。
いや、勿論パルクスさんを、心配する気持ちがあってこそだよ? アロマのリラックス効果で、常連客パルクスさんの傷ついた心を、癒すのが目的なのである。
決して、またパルクスさんのあの香りを、クンカクンカしたいなどどいう、不埒な思いからの行動では無い。
心の中で言い訳をしながら、アロマセラピーについて考える。
アロマ、精油を作るためにはどうしたらいいのか。
「昔の道具だとらんびき? いやいや、詳しい構造が分かんない。それに試行錯誤したら高そうだしな」
薬研のことを思い出す。
なんと、工房から請求された薬研の製作費は、お給料から天引きされていた。衝撃だった。
私が作りたいって言い出したものだから、文句は言えない。けれど、無け無しの下働きのお給料から毟り取るなんて、酷いと思う。
そして製作費は自腹だって、一言教えて欲しかったです、店長。
お陰で、夕食メニューが減った。食後の楽しみだった、デザートの果物を諦めざるを得なくなったのだ。しょぼん。
そんな寒い懐事情により、製作費はなるべく抑えなければならない。
これ以上夕食が減ったら、欠食児になってしまう。ただでさえ、年齢より見た目が幼いって言われているのだ。食料、大事。
これ以上成長が遅れるのは、防がねばならない。うーん、うーんと頭を捻る。
「お金がかからなくて、なんなら今あるものをリメイクして作れる、らんびきっぽいもの……。らんびきって、蒸留機だよね? だったら、蒸し器でいいんじゃないかな? 蒸し器から出た蒸気を冷やせば、蒸留になる! お店の鍋をちょこっと改良するだけだから、安く済みそうだし!」
落とし所を見つけた。ホクホクと、裏の調剤部屋のミグライン店長のところへ行き、精油の提案と蒸留機制作の打診をしたのだった。
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「この忙しいのに、あんたはアホなのかい?」
パンパンと薬草の仕分けを終えた手をはらいながら、そう仰っていたミグライン店長だが、店番の仕事が終わった後で使うという約束のもと、渋々と許可を出してくれた。
薬研の功績がなければ、危なかったと思う。粉砕作業の効率アップが認められた薬研は、工房へ追加発注がかけられた。
これまで大活躍していた擂粉木さん達は、今や棚の上で埃を被っている。
僅かでも店への貢献が認められたから、今回の我儘が認められたのだろう。ホッと胸を撫で下ろした。
ルンルン気分で前回、薬研の注文を受けてくれたザリックさんの工房へと向かい、発注をかける。
数日後、蒸留機が完成したとの知らせが来た。
前も思ったけど、異世界の匠、仕事早すぎ!
そして店の営業が終わった今、私は調剤部屋の端で、蒸留機の前に立っている。
ふふっ! これから試運転を開始するのだ!
松のような葉が、沢山ついた枝。
ミントのような香りの、葉っぱ。
グレープフルーツっぽい果物の皮。
今日は、この3つの具材を使って、クッキングをしていきたいと思います!
使用する道具は、見た目蒸し器の蒸留機! 例の如く、重すぎて持てなかったので、サルト先輩に店まで運んでもらいました! いつもありがとうございます!
蒸留機をチェックする。店の大鍋、その蓋部分に穴を開け金属の管を取り付けてもらった。
全長30センチほどの管は横に伸び、反対側の先には空の大瓶を取り付けられるようになっている。
その大瓶は、水を張った別の大鍋に浸けてある。
原理は簡単。大鍋の中に素材を入れて蒸すと、素材の精油を含んだ水蒸気が管を通り、大瓶へ充満する。
大瓶へ流れた水蒸気は、鍋に張った水で冷やされ、蒸留水と精油に戻るのだ。
火にかける大鍋と、水を張った大鍋が二つ並んで管で繋がっているだけの、見た目こそシンプルな構造。中学生の時、化学の実験で使ったスタイリッシュな蒸留機とは、似ても似つかない。
だが、侮る事なかれ、これは立派な蒸留機なのだ。
蒸留するのに、リービッヒ冷却器や、枝付きフラスコといった、お洒落でクールな道具など必要ないのである!
「うんうん、管もしっかりついてる。外れたり、中を通る水蒸気が漏れる心配は無さそう!」
異世界の匠の技を疑ってるわけでは無いが、試運転はドキドキする。
火にかける方の大鍋にミントのような葉をギッチリと詰め込む。少しの水を入れて蓋をきっちり閉め……あれ? 詰め込みすぎて閉まらない。よいしょっと、重石をして無理やり閉めてから大鍋を火にかけた。
ちゃんと出来るかな……
ドキドキ……
気にしないようにしていたが、先輩方の視線が痛い。
ギルドの大人買いにより不足した薬を、残業で作っているのだ。
「何をお前だけ、呑気に遊んでいるのか」と、目が語っている気がする。刺さるような視線から気を逸らすため、次に蒸留予定の松の枝を、ザクザクと短く切る作業に邁進した。うぇー、この枝、切るとベタベタする!
少しすると、作業部屋にハーブのような爽やかな香りが、立ち込めてきた。
蒸留機を確認すると、管の先から大瓶へテキテキと水滴が落ちている。
やった! 蒸留できてる! これ、ミントの香りがのった芳香蒸留水、ハーブウォーターだよね!
飛び上がりたい気持ちをグッと抑えて、心の中で叫ぶ。そして、大瓶を見守り続けた。
緩くなった大鍋の水や、火にかける素材を入れ換えて、黙々と作業をする。
全部で、鐘一つ分くらいかかった。途中で火傷するなどの、タイムロスがあったせいである。
一体誰だ、テンション上がって熱くなった大鍋を不用意に触った、お馬鹿さんは。尚、火傷はサルト先輩が迅速に持ってきてくれた軟膏により、無事、落ち着きました。
余計な仕事増やしてすみません、サルト先輩。
サルト先輩への申し訳無さとともに3種類の素材の蒸留作業は完了した。
出来上がったのは、大量のハーブウォーターである。
うん、流石に私も途中で、気がついていた。
特にミントがダメだった。99.9%くらいハーブウォーターで、その上に薄らと精油の膜が出来ているかなー?くらいだ。それすらも、私の願望による目の錯覚かもしれない。
葉っぱからは、あんまりオイルが取れないのか……
反省反省、次に活かそう。
グレープフルーツからは、少しの精油がとれた。
二層に分かれて芳香蒸留水の上に黄色く浮いている精油を、慎重に小瓶に移す。柑橘系のいい匂いがした。近くで嗅ぐと、強い甘い香りに少しクラっとした。
松からは、一番多くの精油が取れた。枝を切った時に、ベタベタしていただけのことはある。針のような葉っぱだけ切るのが面倒だったので、枝ごときったのが、逆に良かったかもしれない。
「うん! 枝を切ってベタベタする系の木と、果物の皮ならいけそうだね。次からは、その方向で精油作りを試してみよう!」
ふむふむと実験の結果を考察して、満足する。
そして、出来れば目を逸らしたままでいたかった、目の前にズラリと並ぶハーブウォーター入り大瓶を見て眉を下げた。
どうしよう、これ……
どうすればいいのか全く分からず答えに窮した私は、必死で残業しているサルト先輩のもとへ、すごすごと相談へ向かったのだった。
リービッヒ冷却器って、絶対にテストで出ましたよね。
あれ何でなのでしょうか?
化学の先生はリービッヒ好き?
もう本当に、この感謝と嬉しさをどう表現すればいいのでしょうか・・・
また、ブックマークをいただくことが出来ました!
そして、評価ポイントもはじめて入れていただきました。
自分には関係ないと思っていた評価ポイントが、ついていて、もう、もう、本当に、、!
気付いた瞬間、嬉しすぎて苦しくなるという経験を初めてしました。
本当に本当にこんな文章ですが、お読みいただいてありがとうございます。
少しでも読んで楽しんでいただけるよう、今後も投稿頑張ります。
後書きが長くなってしまいすみません、でも、本当にありがとうございます。




