2度目の夢と薬草園でのメンタルケア
その日の夜、私はまた夢の中にいた。
講義室で扉に近い1番後ろの席に座り、室内全体を見下ろしている。
「それでは皆さん、御機嫌よう」
教卓の前の見慣れない講師はそう挨拶をすると、トントンと階段状の通路をのぼり、こちらに近づいてくる。
彼女が右横を素通りし、真後ろにある扉から出ていくのを、私は俯きながら見送った。
講師のいなくなった講義室では、生徒たちがガヤガヤと雑談を始める。
暫くすると、最前列に固まっていた薄い水色髪の子を中心とした大勢の子どもたちの集団が、近づいてきた。
帰り支度を終え、それぞれの手には軽い荷物を持っている。
先週見た夢と全く同じ構図、同じ髪色のアイドルとその取り巻き集団。
あぁ、私はこの前の夢の続きを見ているんだ。
近づいてくる彼らと絶対に目を合わせないように、サッと左側を向く。
キラキラ集団から目を背けた私の視線の先には、見覚えのある長い白髪の女の子がいた。
女の子は前と同じように俯いてじっと自分の膝を見つめている。
通路を上がってきたアイドル集団の足音が、私の横でピタリと止まる。
(えっ、なんでここで止まるの? 早く扉から出て行ってよ)
緊張から心臓がバクバクしている。
「御機嫌よう。本日の講義ですが、座学が中心とはいえ非常に興味深いものでしたね。誰もが使えるものではありませんが、影を用いた魔法は、ネイファガン家としてもーー」
ひぃぇっ、誰かがこちらに向かって話かけている。子ども特有の中性的な声で、男女の区別がつかない。
だが、落ち着いたトーンや話し言葉から、変声期前の男の子かもしれない。
話かけられているのだから、返事をした方がいいと分かっている。でも情けないことに、目を合わせる勇気はなかった。
無視する形になるが、どうすることもできない。
固まったまま左下を見続けていると、視界の端にいた白髪の女の子が、唐突に立ち上がった。
バンっ!
力一杯机に手をついた音が、講義室内に響く。華奢な体に見合わず、机が割れそうなほどの威力だ。
ガタガタンッ!
女の子が立ち上がった勢いで、後ろ足に重心のかかった椅子がバランスを崩し、大きな音を立てながら派手に倒れる。
「うるさいっ! 話しかけるなっ!!」
続いて聞こえた大声にビクリとする。
キンキンと耳に響く、子ども特有の声。椅子の転倒音をかき消すほどの叫び声だった。
わぁおっ。大人しい子かと思っていた白髪少女は、沸点の低い爆弾だった。
そして、先ほどの声は私ではなく彼女に向けられていたものだと気がつく。
無視にならなくて良かったと、心の底から安堵した。
「なんて非礼なの!?」
声かけした誰かを擁護する声が上がる。
「せっかく言葉をかけてもらったのに、信じられないわっ!」
「本当だわ、謝罪すべきよっ!」
こここ、怖すぎる! あっという間にその場は、少女への集中砲火が飛び交う戦場となった。
大勢から糾弾され続ける少女は、下を向いたままで何も言わない。
長い髪で顔が隠されているので、表情はわからないが、机の上で握られた拳は少女の怒りをあらわすように、プルプルと震えていた。
また爆発するんじゃない? こっちもこっちで怖すぎる。
私は両側で繰り広げられる戦争に巻き込まれないように、ひたすらに下を向いた。
お願いだから、喧嘩なら私のいないところで勝手にやってほしい。被害者にも加害者にもなりたくない、ずるい私は無関係を装うことに必至だ。
「先程の非礼をお詫び申し上げます。決して故意ではありませんが、どうかこの謝罪をお受け取りください。 ……皆さんも私を気遣っての想い、とても嬉しく存じます」
最初に聞こえた声がそう言うと、少女を断罪する声はあっさりと鎮火した。
なんというカリスマ性。一言でこの場をおさめた。きっとこの声の主は、薄水色髪のアイドルに違いない。
集団は言葉の刃を引っ込めると、何事もなかったかのように私の横を通り過ぎていく。
扉が閉まる音が聞こえ、彼らの声が聞こえなくなったことに、ふぅっと息をついた。
2度めは不発弾となった左側を盗み見る。少女の拳は、硬く握り締められたままだった。
「待たせて悪かったね。帰ろう?」
誰かの声が上から落ちてきた。目の前に掌が差し出される。
私はとても嬉しい気持ちになり、待ち望んでいたその手を取ったのだった。
※※※※※ ※※※※※ ※※※※※ ※※※※※
「また変な夢、見たなぁ」
「夢?」
朝食を取りながら、ポロリと独り言を溢す。
火の消えた暖炉の上で朝寝をしていたルディーが、パチリと金色の瞳を開き反応した。
「うん、夢。ねぇ、ルディー。ハシバミの枝を持っていても、ピラフィティーリに悪戯をされることってある?」
ピラフィティーリと聞くや否やシュタッと暖炉から降りたルディーは、テトテトと私に近づく。
体を擦り付けるように、私の足の周りを回ると、スンスンと鼻を動かした。
「んー? 彼の匂いは、しないけど?」
「そっか。じゃぁ、考えすぎかな?」
「どんな夢を見たの?」
「大した夢じゃないんだけどね。講義室の1番後ろの席で、座ってる夢」
「ふーん、よっぽど南塔の講義が楽しかったんだ?」
「楽しい、かな? まぁ、楽しいかどうかは別として、新しいことを学べるのは嬉しいよ。こう貴族の階段を、一歩一歩上がってるような感じ」
「一緒に階段を登ってくれる、新しい仲間も増えたしね」
「あー。やっぱりルディー、フィンちゃんのこと怒ってるよね?」
「別に、今更怒ったりしないよ。僕はミアの浮気癖を、よおく知ってるからさ」
昨日、南塔から帰ってきた私を見てから、ルディーはものすごく不機嫌だ。
困ってロンルカストに相談したところ、原因は頭の上のピンク鳥ということが分かった。
ピンク鳥は、私の使い魔になっていた。
理由は、手紙を運び終えたら消えるはずなのに消えないから。
は? いつの間に? っと聞き返すも、使い魔自体が稀な存在なので、何でそうなったかはロンルカストも正確には分からないらしい。
しかし、私がローズフィンチと発した言葉が名付けとなり、使い魔へのきっかけとなったことは確かなようだ。
ローズフィンチという名は長すぎるので、今は略してフィンちゃんと呼んでいる。
決してルディーが、御大層な名前だねと鼻を鳴らしたからではない。
「恐らくですが、ミアーレア様が軽々しく名付けをすることで、同じく名を受けた自身を、軽視されている気分になるのでしょう」
苦笑しながらロンルカストが、小さな声で教えてくれた。
そういえばルディーは、ポットのパピーとも最初は仲が悪かったし、悪戯っ子の炎をシュシュートと呼んでいたことにも、嫌そうな顔をしていた。
「わざとじゃないって言ってるのに……」
「分かってるよ。ミアはいつだって、わざとじゃないんでしょ」
拗ね度マックスなルディーにタジタジだ。
たびたび嫌な思いをさせてしまっていたことにも、罪悪感が募る。
ルディーの中で、名付けがそんなに大きな意味を持つとは知らなかった。
朝はセルーニに起床を知らせる音泣きの魔術具でご機嫌に水浴びをしていたフィンちゃんも、花をもらいにきたルディーのギラついた瞳に危険を感じたのか、パタパタとどこかへ飛び去っていった。
きっとルディーのいない安全な部屋で、羽を休めているんだろう。
「うぅー、ごめんって。今日は薬草園に行くから、機嫌直して?」
「どのくらい?」
「 ……それは、ロンルカストと相談させてください」
私の言葉を最後に、ルディーは胡散臭そうな目をし残して出て行った。
代わりに入ってきたロンルカストと相談の結果、午後一での薬草園をゲットした。
きっと、ルディーのことだけじゃなくて、昨日泣いていた私のメンタルケアも含まれている。
もう、ポメラアロマ製作はしないので、薬草園に行く必要はない。
しかし、家からちょうど良い距離にあるので、勉強の息抜きと運動を兼ねた、軽い散歩コースとなっていた。
ディーフェニーラ様との思い出があるからか、薬草園と聞くと必ずついてくるルディーの機嫌も良くなるしね。
ご機嫌とりをしている私の方が、よっぽどルディーに使われている気がする。“使い”魔とはなんぞや。
昼食を取り、ルディーとロンルカストの3人で薬草園へ向かう。
セルーニも誘ったが、家の掃除があるからと断られてしまった。
いつものポメラガーデンに着くと、杖結びで巨大化したポメラの木の根元で、早速ルディーは寛ぎはじめた。
瞳を閉じ黒いフワフワ毛玉となったルディーを横目に、私ものんびりと薬草園内を散策する。
時々、垣根の向こう側を通るものはいるが、基本的に薬草園内に入ってくる貴族はいない。
平穏が保たれるこのセーフティーエリアで、私も草花の香りや可愛らしさに心のデトックスをしつつ、セルーニへのお土産としてポメラとシャーラムを摘んだ。
カーン ゴーン
カーン ゴーン カーン
五の鐘が鳴る。
私のお腹がセルーニのおやつ恋しくなってきた頃、満足したルディーも立ち上がったことを合図に、薬草園をでた。
「御機嫌よう、ミアーレア」
家へと向かう途中で、後ろから声をかけられた。
「へっ?」
ここへきてから初めての経験に、戸惑いながら振り向く。そこには、1人の女の子とその横に仕える側近たちがいた。
「御機嫌よう、ミアーレア」
声の主は、私が聞こえていなかったとでも思ったのか、よりはっきりとした口調で挨拶を繰り返した。
ピンクオレンジ色の瞳とガッチリと目が合う。長いブラウンの髪と毛先に入ったピンク色のメッシュが、春の風にふわりと揺れた。
ばったりと出会したハリーシェアからの挨拶。
何と答えて良いかわからない私は、自分の心臓がバクバクとたてはじめた音を、今朝の夢の中と同じようにやけに大きく感じたのだった。
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