風の講義からの帰り道
「すみません、私は2属性しか持っていません。癒しを与えられないことを、許していただけますか?」
涙が落ち着いた私から離れたリスペリント先生は、眉を下げすまなそうな顔をする。
「いいい、いいえっ! 私こそ、本当に申し訳ありませんでしたっ!」
慌ててそう返す。ばっと数歩下がり、距離をとった。
今更ながら、すごく恥ずかしい。思いっきり泣きついてしまっていた。
パタパタと羽の音がして顔を上げる。
リスペリント先生の肩にとまっていたピンク鳥が、此方に向かって飛んできていた。高度を下げ、当たり前のように私の頭の上にトトッと木に留まる。
手紙を届けるという役目を終えても、消える気はさらさらないようだ。まぁ、可愛いからいいけど。
リスペリント先生にお別れの挨拶をして、頭の上のピンク鳥とともに扉を出た。
廊下を歩く。なんだか気持ちが、ふわふわしていた。
気持ちを吐き出したからか泣きすぎたからか、頭の中がボーッとしている。
心臓の動きも早い。頻脈? それとも動悸? リスペリント先生に会うと、胸の中がおかしくなる。なにかの病気だろうか。
不思議な感覚に戸惑いながら、廊下を歩き南塔を出る。塔の前で私を待つロンルカストが見えた。
来るときはたくさんあった馬車たちは、すっかりと消え、広い敷地に残っているのはロンルカストと彼の後ろの我が家のグラーレ馬車だけになっていた。
待たせてしまったロンルカストに、申し訳ないなと思いながら、声をかける。
「ロンルカスト、遅くなってごめんなさい。只今戻りました」
「っ!? ……馬車の中へお入りください」
私の顔を見て何かを言いかけるも、その言葉を飲み込んだロンルカストは、いつもの御者席ではなく、私と共に馬車内へ乗り込んだ。
なんだか表情が怖い。どうしたんだろう?
ロンルカストはそのまま扉を閉めると、グラーレに向かって軽く杖を振った。
グラーレはゆっくりと歩き出し、馬車が動き出す。
車内には、じんわりと不穏な雰囲気が流れていた。悪いことをしたわけでもないのに、いたたまれない気持ちになる。
怒られる前の子どものように、もじもじと体を動かしていると、正面から私の方へと向き直ったロンルカストが口を開いた。
「ネローリア」
ガタゴトと揺れる馬車の中、杖の先から光が溢れる。暖かい光は私を包み、目の前で弾けた。
反射的に瞑った目を開いた時、さっきまでの顔の熱さは引いていた。ざわめいていた胸の中も、心なしが落ち着いた気がする。
「えっと、ロンルカスト? なんだか怒ってますか?」
おずおずと、表情の硬いロンルカストに問いかける。
「そのようなことはございません。しかしながらミアーレア様、南塔にて何が起こったのか、全てをお聞かせください」
そのようなことは、あるようにしか見えませんが? とは言えなかった。
多分、帰りが遅くなったことを心配してくれてるだけだと思うんだけど、門限を破り叱られている気分だ。もしくは、詰問中の犯人の心地。
私は無実を晴らすため、真っ直ぐににロンルカストの目を見て、口を開いた。
「心配をかけてごめんなさい。私、伝令魔法がうまく出来ずに、補習を受けていたんです」
「上手く出来なかったとは、どういうことでしょうか」
「そのぉ、なぜか手紙が、ポメラになってしまったんです」
ロンルカストは、私の頭の上にチラリと視線を走らせる。
「ピピィッ!?」
頭頂部から、急に矛先を向けられたピンク鳥の、ビクリとした振動を感じた。
ごめんね。でも鳥ちゃんが早く出てきてくれていれば、ロンルカストもこんなに怒ることはなかったと思うの。だから同罪でいいよね?
「なるほど、承知いたしました。補習では成功なされたご様子ですね」
「あ、はい。講師に丁寧に教えてもらって、何とか成功しました」
そう答えた瞬間、リスペリント先生の大きな手で右手を包まれた感覚が蘇る。
ぶわりと顔に熱が戻ってきた。恥ずかしくなって、俯く。
「それは宜しゅうございました。では、なぜあのような顔をなされていたのか、ご説明ください」
「私の顔、そんなに腫れていましたか?」
「ミアーレア様、ご説明を」
おぉぅっ、否定してくれない。
そういえば、リスペリント先生も癒しをかけれなくて申し訳ないって謝っていた。
あれは、優しさからだけではなくて、私の泣きはらした後のブサイク顔を不憫に思い、言ってくれてたのか。
酷い顔で呑気に廊下を歩いていたことに気付き、羞恥でのたうち回りたくなった。
心の中で盛大に後悔していると、なにやら視線を感じた。
顔をあげる。此方を見つめるブラウンの瞳と目が合った。
「今一度申し上げます。南塔でのことを、ご説明ください。そのようなことはないと存じ上げておりますが、まさか私に説明出来ないようなことなど、ございませんでしたよね?」
私の答えを待つロンルカストは、スッと目を細める。その瞳からはいつもの優しさが消え、代わりに静かな怒りを宿していた。
不味いっ、物凄く怒ってる! 私がイジメを受けて泣いたとでも勘違いしているのかも!?
前から思っていたが、ロンルカストは過保護だ。特に私に対する誹謗中傷には、過敏に反応する傾向がある。
他の生徒たちから私が嫌われていることは確かだが、陰口程度で直接的な被害は受けていない。
ちょっと我慢すればいいだけなのに、怒ったロンルカストが講義に乗り込み、モンスターペアレントになったら大変だ。早く誤解を解かねばっ!
「こここ、これは違うのですっ! えーっと、えっと……そうだっ! 講師のリスペリント先生は、ロンルカストの知り合いですよね!?」
「お話が見えません。そのことは今回の件と、どのような関係がございますか?」
「関係ありますっ! リスペリント先生から、ロンルカストとは、同じ年の蕾と聞きました。ロンルカストとリスペリント先生は、同級生ということでしょう?」
「ドウキュウセ? ……そうですね。確かに私は、彼と同じ年の講義を受けていました。リスペリントは大変優秀で、中央へ行ったと聞いていましたので、講師として此方へ戻ってきたと聞いた時は驚きました」
「中央に行ったものが戻ってくるのは、珍しいことなのですね?」
「かなり稀有な事です。また、喜ばしいことではないかと存じます。それよりも、原因は彼ということで宜しいでしょうか?」
「だから、違いますって! ロンルカストが心配するようなことは、何もありませんでした! 話の流れで、リスペリント先生の妹さんのことを聞いて、少し悲しくなってしまっただけなんですっ!」
「リスペリントの、妹? ……あぁ、思い出しました。確か名はリリスティア、でしたか? 数年前にエーダフィオンの元へ帰ったと、聞いたことがあります」
「そのぉ、ロンルカストもそのリリスティアさんと、仲良くしていたんでしょう?」
「リスペリントはともかく、彼女と話した記憶はあまりありません。南塔への登城中は多くのものと交流を持つよう意識しておりましたので、私の記憶違いかもしれませんが」
「えっ? そ、そうなのですね」
ロンルカストから見たら、リスペリント先生の妹さんは、大勢の中の1人だったようだ。
我が側近は、真面目そうに見えてタラシだった。
確かにロンルカストは、物腰が柔らかいのに加えて、顔も人当たりもいい。
時々出る威圧感たっぷりの笑顔を知らなければ、爽やかモテメンかもしれない。
うーん。若かりし日のロンルカストは、南の講義でその顔面を生かして、女子たちを侍らしていたのか。なんて、罪な男。
大切な妹さんを弄んで、リスペリント先生に合わせる顔がない。
「そうですね。彼らは、同じ蕾でありながら、見た目も性格も全く異なっていました。言葉数の少ない彼女よりも、快活で他家との交流の多いリスペリントの方が情報が得やすく、その量も多かったと記憶しています」
「情報の得やすさ……」
おおっと、弄んだどころか、ロンルカストにとって同級生は、ただの情報源扱いだった。
アルトレックス様とは、普通に仲良さげに見えたのに、意外だ。どう線引きしてしているんだろう。
「話を戻しましょう。リスペリントにリリスティアの件を聞き、あのようなお顔をなされていた、という認識で宜しいですか?」
「えぇっと、ちょっとだけ違う話もしたような……?」
「私は先ほど、全てをご説明下さいと申し上げました。それとも、ベルクムの粉が必要でしょうか?」
ひぃぇっ!? ハリーシェアに振りかけた私が言うのもあれだけど、ベルクム粉ってほぼ自白剤じゃんっ!? そんなのかけられたら、たまらないよっ!
「いいい、いりませんっ! そんな、たいした話ではないのです! その、私が、貴族としてみんなを守りたいという話をしたら、リスペリント先生が優しいねって言ってくれて、それでその…… 嬉しくてちょっと泣いてしまっただけですっ!」
「ミアーレア様、先ほど申し上げた通り、彼は中央の人間です。注意すべき南よりも情報が少ない分、危険視せねばなりません」
「……この前のユニフィア先生もそうですが、リスペリント先生は、そんな危ない人には見えませんでした。ロンルカストだって、知っているでしょう?」
「確かに彼はその属性と違え、裏を作ることを好みませんでした。しかし、リスペリントもこの街へ帰ってきた理由を終えた後は、いずれ中央へ戻るでしょう。はぁ……。こんなことになるとは、アルトレックスの鳥を追い出したことが悔やまれます」
「アルトレックス様の鳥を追い出した? ロンルカスト、なんの話ですか?」
「いえ、失言でした。お気になさらず」
最後に、ため息とともに吐き出されたロンルカストの言葉に首をひねるも、はぐらかされている間に馬車は東の家へと着く。
「むぅー! ロンルカスト、ベルクム粉を使いますよ!」
「ピィッ! ピィッ!」
私には全部話させておいて、自分だけ隠し事をするなんてずるいっ!
最終手段として、私も自白剤をチラつかせた。ピンク鳥もパタパタと羽を動かし、頭上から甲高い鳴き声で援護射撃をする。
「どうぞ、ご自由にお使い下さい」
脅しも虚しく、流し目のロンルカストに軽くいなされる。
帰ってきたのはドリンクバーを案内する店員の定型文のような言葉のみで、結局答えを得ることはできなかったのだった。
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