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私の中身と思考矯正の難しさ



「いいえ。リスペリント先生、聞いてください」


「 ……。」



 リスペリント先生は何も言わずに、やっと口を開いた私を落ち着かせるように、今度はポンポンッと頭を撫でてくれた。


 ふぅーと、息を吐く。大きく息を吸い込み、吐いた分と同じ量の新しい空気を肺に取り込んだ。

 口を一度結び、そして開く。勇気を出して、言葉と一緒に胸の中の想い全てを吐き出した。



「わ、わたしっ、わたしはっ、立派な貴族になって、お世話になった平民街の薬屋のみんなや冒険者の常連さんたち、ギルドや屋台や工房の皆んなを、恐ろしい魔から守りたいんですっ! それに私が頑張ると喜んでくれるロンルカストやセルーニににも、もっともっと誇ってもらえるような主になりたくて、いざという時には守られるだけじゃなくて、2人を守れるようにもなりたくて、だからたくさん勉強して立派な貴族になりたいとっ、はぁっ、はぁっ、なりたいと、思って、いるんです……」



 一息に話すつもりが、息切れとともに私の勇気は失速した。

 最後は絞り出すように言いきったが、勢いを落とした言葉は床に落ちる。

 はぁ、はぁ……。呼吸が乱れて苦しい。私はギュッと目を瞑って下を向いた。

 


 貴族にとって平民の印象は良くない。信じられないけれど、同じ人間とも思っていないかもしれない。

 そのような相手を想う私の考え方は、貴族からしたら異質そのものだ。

 それに、主が側近を守るなどという心構えも本末転倒、貴族としては不要で正しくないだろう。


 理解し難い理由を聞かされたリスペリント先生は、きっとがっかりしているに違いない。


 なんで、本当のことを言ってしまったんだろう。

 どう考えたって、ほとんど初対面みたいな人に、ましてや貴族相手に話す内容じゃなかった。

 適当な建前でも嘘八百でも言えば良かったと、今更ながら気が付く。私は本当にバカだ。


 リスペリント先生は、私のことを貴族失格と軽蔑しただろうか。頭がおかしい子レッテルも、ペシリと貼られてしまったかも。


 あの薄い緑の瞳に、違う色が見えてしまったら、落胆(らくたん)(あなど)りを浮かべていたらと思うと、顔を上げることが出来なかった。

 反応が怖い。胸元で組んだ震える両手を握りしめ、有罪判決を受ける被告人の気持ちで審議を待った。

 


「……君は本当に優しい。君が守ろうとしているもの達も、守るべきものを持つ君も、それはとても幸せなことです。誰もが持てる軸ではありません。たとえグラーレの強い羽ばたきが、大きな冬を連れてきたとしても、中身のある君ならば、きっと立つことができるのでしょうね」



 独り言のようにポツリと呟いたリスペリント先生は、スススと私の髪を撫でる。



「あ、ありが…… 」



 言葉を言い切ることができなかった。

 パタリと、涙が床に落ちたからだ。え? 私、なんで泣いてるの? 

 感情よりも先に溢れ出した頬を伝う涙に、戸惑う。その間も涙はポロポロとこぼれては、床の染みを増やしている。


 

 初めて自分の思いを、身内以外の誰かに伝えることができた。

 絶対に分かってもらえないと、どこかで諦めていた。それなのに、貴族側の価値観を持っているはずのリスペリント先生に、私の気持ちは間違っていないと、受け止めてもらえた。


 ……先生は、認めてくれたんだ。なんでだろう、胸の中がとてもジンジンする。



 涙から遅れて、津波のようにやってきた感情に襲われた。私の心には、満開のポメラが花開く。

 咲き乱れるポメラは、気持ちを吐き出して空いた分のスペースにおさまりきらず、全ての感情を覆うように胸の中を埋め尽くした。

 

 そっか。私はこの想いを否定されるのが、怖かったんだ。それなのに、本当はずっと誰かに聞いて欲しいって思ってた。

 わたし今、嬉しくて泣いてるんだ。


 

 

 貴族としての常識を学ぶにつれ、自分の中での根本的なズレが鮮明に浮かび上がっていた。

 考え方が間違っていることは、自分でも重々分かっている。


 前世での常識が染みついている私の意識と、この世界の常識は、あまりにも違う。

 特に身分差、差別思想の色濃い貴族社会で、私の存在はただただ異様だ。

 同じ世代の子どもが集まる講義に出ることで、その異質さはよりはっきりとした。



「お友達、できるかな? なんて話しかけようか?」



 こんな子どもじみた考えでさえ、身分差、派閥を(かんが)みて動く貴族社会から見れば、あり得ない思想だった。

 同年代の子ども達は、呼吸と同じくらい当たり前に理解している。



 単純な知識不足ならともかく、無意識に前世の常識から突飛(とっぴ)なことをやらかす私は、はたから見ればただの変人、狂人。

 ロンルカストやセルーニに対しても、こんな主人を持って申し訳ないと、たびたび卑屈(ひくつ)に思っていた。



『悲しいことに、私達の頭は想像以上に頑固で、囚われてしまう性質なんだろうね。一度ついた癖や思考を矯正するのは、とても難しいことです』



 さっきのリスペリント先生の声が、頭の中でリフレインする。

 私ほどこの言葉の悲しさと、ままならなさを理解している人が、はたしているのだろうか。



 私だって、私だって引かれた枠の中から、好きではみ出しているわけじゃないっ!

 こっちの常識に染まりたいけど染まりきれずに、ジタバタと境界線で足掻いて苦しんで、溺れながらも、やっと息継ぎをしていた。

 


 貴族として真っ先に持つべきものが何かなんて、分かっている。貴族としての誇り、この世界を作った精霊たちへの敬いだ。

 それなのに、私の持つ心構えは貴族としてのあり方に反し、全く正しくない。


 みんなを守りたい。貴族になって、私の大好きな人たちを、守ってあげたい。

 囚われているこの気持ちが、不正解だと頭では理解していても、矯正ができなかった。

 


 レオ様が私を嫌悪するのも、すれ違う貴族たちから(あざけり)を受けるのも当然だ。

 けれどもこの考え方は、私の中での大きな大きな核となっていた。

 ここで生きる意味でもあり、リスペリント先生のいう私の軸で中身だ。手放すことはできない。だって、それを選択したら、私自身が崩壊してしまう。



 前世に縛られた歪な思想、もはや私自身ともいえる考え方。

 どうしようもないこの不正解を、側近としての忠誠心や同情からではなく、本質的に理解し、それでいいんだよと抱きしめてくれる一言を、私は心の奥で求めていたのかもしれない。

 


「うっ、ふぐっ…… すみま、せん…… ひっく」



 いつまでも溢れ続ける涙。

 そんな人、いるわけがないと諦めながら、この世界と前世との境界線で溺れている私の手を取ってくれる誰かを、渇望していた。

 時折りしゃくり上げる小さな声が止まるまでの間、リスペリント先生の優しい右手は、私の髪をそっと撫で続けてくれたのだった。



 


 



「ミアーレア、急ぐ必要はないよ。時間は有限だが、どう使うかは私たちに(ゆだ)ねられています」


「ぐすっ……ありがとう、ございます」


「……そういえばロンルカストは今、君の側近なんですね」


「はい、そうです? あっ、先生は、ロンルカストとお知り合いですか?」



 おさまりかけた涙を無理やり飲み込もうとする私に、焦らなくていいと声をかけてくれたリスペリント先生は、私の気を紛らわすために雑談を始めた。

 泣いてしまった恥ずかしさをごまかすように、話題にのっかり質問を返す。



「あぁ、私は彼と同じ年の蕾でした。彼が君の前に支えていた主人もそうだね」


「ロンルカストが私の前に支えていた人……? あっ、レオルフェスティーノ様ですか。 って、えぇぇえっ!? レレレ、レオルフェスティーノ様はリスペリント先生やロンルカストと、同い年ということですか!?」



 衝撃の事実が発覚した。涙もひっこむ。レオ様は逆エルフだった。

 何という年齢詐称。いつもしかめっ面だし偉そうにしているから、ずっとずっと年上かと思っていた。

 ロンルカストと同じってことは、20代前半とか? まさか10代ってことはない……よね?



「えぇ、そうです。私の妹も、ロンルカストにはよく世話になったと言っていましたよ」


「そうなんですか、ロンルカストに伝えますね! きっと喜びます。妹様はお元気ですか?」



 食い気味に質問をする。

 ついにロンルカストに女の影が見えた。これを逃す手はない。側近いじりの種は、主人として、しっかりと回収しなくてはいけない。

 


「……彼女は、花びらを落としました」



 花びらを落とす? 何だろうと疑問に思う前に、目を伏せたリスペリント先生から、一瞬だけ悲痛な表情が見えた。 ……あっ、そうか。妹さんはきっと、死んでしまったんだ。



「あの、辛いことをお尋ねして、申し訳ありませんでした」


「いや、私の方こそ不必要な話題の選び方でしたね。それに、もう何年も前の話です。家族も前を向いていますから」


「それはそれで、悲しいことですね。うっ、グスッ……」


「ミアーレア、君が悲しむことではありません。彼女は望んで向こう側へ行ったのですから」



 そうなのかな。自分のせいで、いつまでもうずくまり、悲しみにくれて前を向けない家族を見るのと、自分のことなどすっかり忘れて、明るく歩き出した家族を見るのとでは、どちらが辛いんだろう。


 もちろん、涙が枯れない家族の姿を見るのは辛いだろう。

 でも、本音と建前を取っ払って考えると、家族や大事な人に忘れ去られる悲しさは、やっぱり耐えがたい気がする。

 その悲しみは、やがて憎しみや恨みにも繋がるかもしれない。



「でもっ、だって! 私は、私が死んでしまった後も笑っているみんなを見て、耐えられるか分かりません。ごめんなさい、ごめんなさい。残されたリスペリント先生の方がずっとずっと辛いのに、こんなこと言って困らせて……」



 遺族よりも、人生を終えて旅だったものに同調してしまう。私の感情は、明らかに混乱していた。

 こんな気持ちになってしまうのは、私が前世の記憶持ちだからだろうか。


 

 この世界に来る前、はっきりと死を迎えた記憶はなかった。

 だが、電車での通勤中から突然この世界にぶっ飛んだ記憶を考えると、あの世界の私はきっと死んでいるのだろう。

 事故に巻き込まれたか、心筋梗塞かなにか突然の病気かもしれない。


 両親は私の死を悲しんでくれているかな? それとも、もうすっかり私の事なんか忘れて、2人で笑いながら暮らしているのだろうか。



「ピィッ ピィッーー」



 どこかでローズフィンチが鳴いている。手紙を運び終えたのに、まだ消えていなかったんだ。

 顔を上げる。リスペリント先生の肩には、首を傾げて私を見る、ピンク色の小鳥が乗っていた。

 小鳥は顔の向きを変えながら、パチパチと数回瞬きをする。人間とは違い、下から上に目蓋が閉じた。


 何の疑いもない澄んだ瞳に見つめられ、泣いたばかりで不安定な私の心が、またグラグラと揺れだす。

 動揺からか顔も思い出せない両親を勝手に恨み、涙がぶり返してきた。ローズフィンチの輪郭が滲む。



「うっ、ヒック…… 」



 先ほどの自分自身を認めてもらえた喜びと、今の自分でも掴みきれない悲しみ。漠然(ばくぜん)とした不安と、焦り。リスペリント先生に泣き顔を見られている恥ずかしさ。


 ぐちゃぐちゃになった心そのままに、再びしゃくり上げモードに突入した私を、リスペリント先生は宥めるようにそっと抱きしめてくれた。

 ふわりと鼻をかすめた懐かしくて甘い匂いに、私は不思議な安心感を感じたのだった。




 お読みいただき、ありがとうございます。

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