風の追加講義
「トレナーセンは、今もなお伝統が息づく古都と聞いていましたが、噂に違えずとても古い魔法を使うのですね。このようなものを、文献以外で見たのは初めてです」
そう言いながら、リスペリント先生は私を見た。透けるように薄い緑色の瞳だ。
普段は物静かだがキレたら1番怖いで知れ渡っていそうな裏ボス、ドヤンキーと目が合い再び喉の奥がひゅんっと細く締まるも、私を庇ってくれてるんだと一瞬遅れて気がついた。
「も、申し訳ございません! わたくし、つい故郷を思い出してしまい、そのっ……」
リスペリント先生のフォローに、全力に乗っかる。
「謝罪は不要です。恐らく、トレナーセンでも限られたもののみが扱える特別な魔法でしょう。我々こそ、アエラスティウスの羽にエーダフィオンが蔓を伸ばす姿を見ることができた僥倖に、感謝を捧げます」
フォローの重ねがけをしてくれたリスペリント先生の、かきあげられた前髪の全てが額に落ちきる。長めの緑髪により、顔色が再び隠された。
リスペリント先生は話終えると、上に構え続けていた杖をスッと下におろす。講義室を漂っていた灰緑のモヤが薄まり、やがて消えていった。
服が擦れる音、椅子と床のギシリとした摩擦音が聞こえる。
同時に自分の声が戻ってきたことにも気付かされたが、再び騒ぎだすものはいなかった。
静かに講義が再開される。
「自身の名を記した伝令を、私の元まで飛ばすように。合格の伝令を受け取ったものから、扉を出る許可を与えます」
本日の最終試験が告げられる。
自身の名をカリカリと紙に書く音、呪文を唱える生徒たちの声、パタパタ、バサバサと教室内を飛び交う鳥たちの羽音。
我先にと合格を勝ち取りたい生徒達の執念が込められた大小様々な鳥たちが、リスペリント先生の元へと向かう。
教卓の上は、羽を震わせ降り立った鳥達がギュウギュウ詰めになりながら、限られた面積を奪い合う戦場となった。
「ケーリュクス!」
私もポメラを飛ばす。
短かい距離を低空飛行したポメラは、鳥団子状態の教卓の上をシレッと素通りし、リスペリント先生の掌にストンと収まった。
あっ、順番をガン無視してしまった。
背後から生徒達の視線が刺さるのを感じる。とても気不味い。うぅっ、わざとじゃないんです、ごめんなさい。
「リスペリント先生、ミアーレア・フィエスリントです」
呑気な声でポメラは私の名を告げる。
掌のポメラが消えたのを確認したリスペリント先生は、教卓の上の増え続ける鳥渋滞を特に気にした様子もなく、一羽ずつ手紙を受け取っていった。
左手で新たな手紙を開きながら、手元を見ることもせずに右手の杖をサッと軽く振り、返信用の鳥を次々と飛ばしていく。
何もないところから無限に鳥を生み出す姿は、さながら新進気鋭の若手マジシャンだ。
スマートな手腕に見惚れていると、大きな鳥がバサバサと私の机の前に降りた。
手を差し出す。大鳥は嘴からコトリと手紙を落とした。
手紙を受け取るって嬉しい。それに、折りたたまれた手紙を開ける瞬間って、なんでこんなにワクワクするんだろう。
これで帰れるという期待感と、自分宛のお手紙を受け取ったことによる軽い興奮感。
私は胸を膨らませつつ、カサカサと小さな手紙を広げた。
「先程のやり方は決して間違いではありません。しかし、アディストエレンの基本的な伝令も覚える必要があります。ミアーレア、残りなさい」
内容を確認して慄く。それはまさかの居残り命令だった。
落第点を突きつけられ、後頭部にズドンと重い衝撃をくらった。
精神的なものと分かっているが、ミグライン店長の懐かしの鉄槌を思い出し、二重の意味で涙目だ。
うぅっ……。出来がいいと喜んでくれたトレナーセンの仮両親にも、顔向けできないよ。
私は光の当たり方で奥の方が虹色に輝く、不思議な銀色玉が連なる高級ブレスレットを見つめながら、大きく項垂れたのだった。
「ケーリュクス!」
艶やかなポメラが、リスペリント先生の手元に届く。
私はガックリと肩を落とした。失敗だ。もう何度目になるのか、数えるのもやめた。
「そう憂いを抱く必要はありません。それにこれは、補習というより追加講義に近いかな」
生徒たちが出て行った後の講義室。
特別講習を受けるも全く成果の出ないことに絶望を感じはじめた私に、リスペリント先生の優しい声が染み渡る。
「 ……お気遣い、ありがとうございます。ただ私、トレナーセンの両親や皆んなに申し訳なくて。 ケーリュクス!」
新しいポメラが花ひらく。はぁーー。私のため息も咲き乱れた。
誰もいない講義室を恨めしく思う。私以外に居残りをさせられた生徒はいなかった。そのことが、余計に辛い。
まるで、ダメダメの大きなバッテンを押されたような気持ちだ。
『クスクス…… 僕の言った通りじゃないか』
頭の中の意地悪ルディーが、鼻で笑っている。
うーっ! もぉ朝のお花、あげないんだからっ! 脳内のミニルディーに、人として小さすぎる八つ当たりをするも、虚しさしか残らなかった。
「うーん、癖がついてしまったようだね。そうだ、次は杖の角度を少しだけ変えてみましょうか」
講義が終わったからか、リスペリント先生の口調はややフランクだ。
襟や袖のボタンも外し、前髪も少しだけかきあげたカジュアルスタイルになっている。
近所に1人はいる、ちょっとヤンチャな兄ちゃんみたいだ。この人、こっちの方が素なんじゃないかな?
「杖の角度ですか?」
「些細なことですが、呪文は同じでも違う魔法だという意識づけになるかもしれません。杖をこう構えてごらん」
背後に回ったリスペリント先生の大きな手が、杖の角度を調整するために私の右手を包む。
……背が高いと、手も大きいんだ。杖よりも大きな右手に意識づけさせられてしまった私は、恥ずかしくて顔を赤らめた。
「こ、こうですか?」
「うん、いいね。肩の力を抜いて……そうそう。そのまま呪文を唱えてごらん」
リスペリント先生の手との接着面が、異様に熱い。
杖の角度はもう分かったから、お願いです、その手を離してくださいっ! 振り払いたくなる衝動を、かき集めた理性でググッと抑える。言われるがままに、呪文を唱えた。
「ケ…… ケーリュクス」
弱々しい私の呪文に反して、今までよりも勢いのよい光が杖から吹き出す。
光がおさまった時、私の熱を持った肌と同じピンク色の小鳥が、チョコンと机の上に鎮座していた。
「あ、ローズフィンチ?」
珍しい色の鳥に、ついその姿を模した英名が口をついた。
ローズフィンチは美しい冬鳥で、雪原に佇む姿は、まさに雪の中に咲くバラのようだとも言われている。
「ピィッ ピィッ!」
ピンク鳥は、私の声に短く甲高い鳴き声で反応した。4本足の下にある手紙が、カサカサと1人でに折りたたまれる。
もう一折りしたい手紙に、その足退けてとツンツンつつかれたピンク鳥が、チョコチョコと小刻みに横に移動する。羽より薄めピンク色のまん丸お腹が、モフモフと揺れた。 ……うちの子、可愛いすぎない?
希望通り小さく折りたたまれた手紙は、スィッと浮かび、ピンク鳥の顔へ向かった。
小さな嘴でパクリと手紙を咥えたピンク鳥は、パタパタと短い距離を飛び、私の後ろに立つリスペリント先生の薄い肩に止まった。
「よく頑張りました。合格です」
カサカサと手紙を開く音の後、優しい声が頭の上から落ちてきた。
杖を持つ燃えそうに熱くなった私の右手を包んでいた手を離し、その手で私の髪をススッと撫でる。
リスペリント先生は、頑張った子どもへの軽いご褒美のつもりなのだろう。
しかし、異性どころか同性にすら髪を触られることへの耐性のない私の心臓は、再びバクバクと、大きな音を立てはじめた。
おおお、落ち着け私の心臓っ! こんなの、ただのご褒美、そんなに動揺することじゃないからっ!
そうだよっ、前世で親に褒められたときのことを思い出そう! テストでいい点をとった時とかあったでしょ? えーっと、えーっとぉ…… わぁあぁん、ダメだぁーー! 心臓の音が煩くて、全っ然思い出せないっ!
両親の思い出の代わりに、風の輪くぐりでの頭撫で撫でがフラッシュバックする。
バクバクッ、バクバクッ、……。心臓が二つに増えた。胸が痛くて、張り裂けそうだ。
目もグルグルしてきた。自分の狼狽ぐあいが恥ずかしい。この音、先生に聞こえてないよね!?
「あああ、ありがとうございますっ!」
やけっぱちで返事を返すと、リスペリント先生は手の動きを止めてくれた。
ふぅ……。私の平常心がちょっとだけ帰ってくる。
「本当に、よく頑張りましたね。ご両親に届く成績も心配する必要はありません。悲しいことに、私達の頭は想像以上に頑固で、囚われてしまう性質なんだろうね。一度ついた癖や思考を矯正するのは、とても難しいことです」
「せ、成功したのは、リスペリント先生のおかげですっ!」
「謙遜も不要ですよ、ミアーレア。 ……そういえばさっき、失敗するのはご両親に申し訳ないと言っていたね?」
「あっ、はい。そのぉ、両親は講師の先生方から講義への招待を受けたことを、とても喜んでくれたんです。なので、私の出来が悪いと悲しませるかなって思って……」
「ミアーレア、君は彼らの気持ちを大事にしているんですね。それはとても素敵なことです。でも大切なのは君の中身ということを、忘れないように」
「私の中身、ですか?」
「そう。いいですか、必要なのは君自身の軸を持つことです。 ……そうだね、不躾でなければ、君の中身を尋ねてもいいかな?」
「はい、もちろんですっ! 私は、立派な貴族になりたいです」
「うん、とてもいい心がけです。そしてとても表面的だ。大事なことは軸であり中身と伝えたね。ミアーレア、君は何のために立派な貴族になりたいのか、もう一度尋ねましょう」
「あ、その、私の答えは、リスペリント先生が求める模範解答では、ないかもしれないです。えぇっと、貴族らしくないと言いますか……」
「ミアーレア、追加講義は終わりました。これはただの雑談だから、心配する必要はありません。それに、講義を終えた私も今は講師ではない。理不尽に怒ることも、落胆もしないよ」
「はい、あの、お気遣いありがとうございます。私は、私は、そのぉ……」
「……あぁ、配慮が足りなくてすまなかったね。確かに、不埒なもの達がこっそりと盗み聞きしているかもしれません。不安ならば、周りに音が漏れないように、また無音の呪文を唱えてあげましょう」
「だだ、大丈夫です! そんな、リスペリント先生のお手を煩わせるような、大したことではないんですっ!」
「 ……。無理強いを、してしまったかな?」
背後から正面に移動したリスペリント先生は、心配そうに私を覗き込む。
長い前髪をくしゃりと掴み、後ろへかきあげながら、その奥の瞳を細めた。
あぁ、どうしよう。私がウジウジしているせいで、リスペリント先生を困らせてしまっている。申し訳なさから、胸の奥がぐっと詰まった。
でも、私はなんでこんなに言い淀んでいるんだろう。
貴族らしくないことを、口にするのが怖いから? 優しい先生をガッカリさせるのが怖いから? 変な子だって、嫌われるのが怖いから? でも、先生は大丈夫って言ってるのに、なんでこんなに怖がっているの?
既に心臓のバクバクはおさまっていた。
代わりに胸を埋め尽くす言いようのない不安感と戸惑いに、なんで戸惑っているのかすら分からない私は、答えを探すようにリスペリント先生の薄い緑色の瞳の奥を見つめたのだった。
お読みいただき、ありがとうございます。




