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風の講義



「持ち物は…… 特にないですよね」



 今日は風の講義だ。

 重い足取りで南塔へ向かう。講師からの手紙を確認すると、例の如く指定されていた席は教卓の前だった。


 前回の悪口陰口がトラウマとなっていた私は、誰とも目を合わせないようにして、ササっと自分の席まで行く。

 絶対に気づかれないように、微かに視線を動かして左右の席を確認したが、最前列にハリーシェアの姿なかった。


 ふぅ、風の講義は取ってないのかな。安堵と落胆が混ざった、自分でもよく分からない感情のため息を吐く。


 彼女が本当に私なんかとお友達になりたいのか、未だに半信半疑だ。

 それに、あんなにお友達が欲しかったのに、今は拒絶されるのが怖くてたまらない。

 会ったところで、なんて話していいのか分からないし。ましてやお友達になりましょうなんて自分から言う勇気は、心の奥の奥のさらに奥の方で膝を抱えて丸まっている。


 だってまだ、ロンルカストの情報収集待ちだもん。勝手に動くなって、言われたんだから。


 自分に都合のいい言い訳を並べながら、前と同じように膝を一心に見つめることで、講師が来るまでの時間を耐えた。



アエラスティウス(風の精霊)の羽を追う皆さん、風の講義へようこそ。私はリスペリントと申します。本日は基礎魔法である、伝令の呪文を伝授致します」



 襟足(えりあし)の長い緑髪を揺らしながら講義室に入ってきたリスペリント先生は、教卓に着くや否やそう挨拶をした。


 今日も襟のボタンを、首元まできっちり締めている。真面目スタイルだ。

 (そで)のボタンも全て止められてパリッとノリがかかっていた。


 目の前に立つ、細身で几帳面そうな出立(いでたち)の男性講師の顔を、真っ直ぐに見つめる。

 長い前髪が、顔の半分以上に影を作っていて、良く見えなかった。

 儀式での風の輪くぐりを思い出す。あの時は、この人に見つめられて顔が熱くなったり心臓がバクバクした。あれは、なんだったんだろう?


 

「先ぶれ、面会の取り付け、安否の確認、緊急時の速報。様々な場面において用いられる伝令は、生活において必要不可欠なものです。説明するまでもないことですが、男性は大型、女性は小型となることが多く、しかし厳密には、そのような規則はありません。そしてーー」



 リスペリント先生は、伝令魔法について、とつとつと説明をはじめた。

 声を張らず静かに話すため、みんな聞き漏らさないように真剣だ。

 身動きも(はばか)られるような静けさの中、数歩先の人に向かって話すテンションと音量で、リスペリント先生の講義がつづいていく。



 集中と緊張が張り詰める講義室。

 そんな中、私は心の中の首を90度にひねっていた。

 リスペリント先生は、当たり前のように話しているが、男性は大型で女性は小型って、なんのこっちゃ。

 両隣の子たちの顔色をチラリと伺うも、なんの反応もしていなかった。私だけがさっぱり分からない。


 うーん、大型郵便、小型郵便のことかな? いやいや、緊急時にも使う伝令っていうくらいだから、そんな大層なものじゃないか。手紙や電報みたいなものなの? そうすると、大型小型の意味がさらに分からなくなる。


 あっ! そういえば前に、自称一流見た目はチャラいでお馴染みの冒険者アトバスさんが、魔を見つけたら貴族から借りた道具を使って連絡するって言ってたっけ。それのことかもしれない。

 くぅぅっ、お薬だけじゃなくて、その道具についてもっと聞いておけば良かった。

 今更ながら、自分の興味の偏りを反省する。

 


「ーーそれでは、目の前のものを確認してください。今回はそれぞれの魔力が移りやすい特殊な素材をーー」



 わわっ! ちょっと後悔している間に、講義が進んでいた。机の上に置いてあったペンを掴み、その横の紙を睨む。

 お手紙? なんだか懐かしい。小学生の時とか、授業中に先生の目を盗んで友達同士で手紙のやり取りをしてたなぁ。


 メッセージを書いた紙は、折り紙みたいにいろんな形に折ってから友達へ回していた気がする。牛乳瓶、ハート、封筒、お花……あれ? どうやって作るんだっけ? ずっと前のことだから、やり方忘れちゃった。

 確か、ポメラみたいな薔薇の形に折る強者もいて、休み時間になるとやり方を教えてもらおうと、皆んながその子の席に集まっていた。

 


「ーー手元の紙に伝えたい内容を書いてください。届けたい人を思い描きながら、こう杖を動かし唱えます。 ……ケーリュクス」



 パタパタとなにかが飛び去る羽音が聞こえ、ハッと顔を上げる。またやっちゃった! 今日、ボーッとしすぎだ。



「「「ケーリュクス」」」 「「「ケーリュクス」」」 「「「ケーリュクス」」」



 一斉に呪文を唱える声が聞こえ、私も慌てて杖を出す。



「ケーリュクス!」



 何も書いていない紙に向かって、とりあえずみんなと同じ呪文を唱えた。

 杖から紙に向かって発せられた光は、白い紙を包みふわりと光る。

 光はすぐに消え、代わりに白紙の中心から赤色が滲み出した。私が瞬きをする間に紙を染めていく。

 色は均一ではなく、紙の中心は濃い赤、端にいくほど薄くピンクに近いグラデーションとなった。


 色の動きが止まると、紙の端がほつれクルンと丸まる。それぞれが曲線を描き、みるみるうちに何枚もの花弁が織りなす一輪の花の形になった。

 見覚えのあるポメラだ。心なしか、薄らと甘い香りまで漂ってきた。


 口を開けて呆気にとられていると、ポメラは重力を無視して机から浮かび上がる。



「あっ!!」



 慌てて掴もうと手を伸ばすも、もう遅い。

 クルクルと回り、明らかに元の紙の総面積を超えた量の花弁を散らしながら、上へと飛んでいくポメラを目で追う。

 講義室の天井に着くと、しばらくは花吹雪のように花弁を講義室中に降り注いでいたポメラだが、ゆっくりと後方へ向かって移動をはじめた。


 真上に向けていた首を戻す。その動向にハラハラしながら、ポメラを目で追うために体を捻って後方を振り返った。そして自ずと目に飛び込んできた光景に、ピシリと固まる。

 みんなの机の上には、ズラリと鳥が並んでいた。男子の前には鷲が、女子の前には小鳥だ。


 えっ! 鳥がいっぱい!? 

 あっ、そういえばさっきボーッとしてた時も、家でセルーニが講義への招待状を受け取ってた時も、鳥の羽ばたきが聞こえた。


 貴族の手紙って鳥を使うんだ。小型大型は小鳥か鷲かってことかと繋がったところで、もはやどうしようもない。

 天井に沿うように、講義室の真ん中辺りまで移動したポメラは、今度はゆっくりと高度を落としはじめていた。


 横向きに回転しながら、ポメラは真っ直ぐに一定の速度で落ちてくる。

 1人の女の子の目の前で、ピタリと移動を止めた。その場に留まり、空中でクルクルと回る。

 女の子がおずおずと両手をお皿の形にして、前へ伸ばす。ポメラはその掌の上にストンとおさまった。ふわりと花びらが解ける。



「わ、わたくしと、その、あの…… おっ、お友達になってくださいませっ!」



 静まりかえった講義室に、震えるような小さな叫び声がしっかりと響く。

 その声の主である私とポメラを受け取ったハリーシェアが顔を真っ赤に染める中、バサバサと誰かの鳥が飛び去る羽音だけが、やけに大きく聞こえていた。




 




「今の見たっ!? まるで、ディミゴルセオス()からハリーシェア様への贈り物みたいじゃなかった!?」


「あぁ、凄かった! 花が飛んでいって、喋ったよな!?」


「あのトレナーセンのしわざよ! 私、見てたわっ!」




 誰かの声を皮切りに、次々と口を開いた子供たちが騒ぎ出す。静かだった講義室は一転して混乱に陥った。

 どうしよう、どうしよう! 当事者の私もパニック寸前だ。



「トランクィッルス」



 背後から低い声が聞こえた。反射的に教卓の方へ振り返る。

 前髪のせいで表情のわからないリスペリント先生が、杖を上に向けて構え立っていた。杖の先からは、灰色がかってくすんだ緑のモヤが吹き出している。

 モヤは講義室全体へと薄く薄く広がる。その面積が増えるに連れてざわめきはおさまり、講義室は異様なほどの無音になった。

 口をパクパク、手足をバタバタしながら混乱状態になっている子が何人かいる。



「彼らに奪われた声を取り戻したくば、その口を閉じることです」



 リスペリント先生の声だけが、音のない世界ではっきりと響いた。

 鯉のように口をパクパクしていた子どもたちの表情が、ハッとする。口を閉じ、姿勢を正した。

 ひょぇっ! さっきのモヤ魔法で、強制的に声を奪ったんだ! 私も慌てて姿勢をピッとした。真面目そうに見えて、やること怖い。


 講義室を見回した後、ふぅっと軽いため息をついたリスペリント先生は、右手の杖を上に向けたまま、左手で長い前髪をかきあげた。


 オールバックになった前髪が、パラパラとまばらに額に落ちる。幾筋かが伏し目がちな切れ長の瞳にかかった。

 たったそれだけのことなのに、真面目なリスペリント先生の雰囲気は消え去り、代わりに現れたのは、ヤンキー達を裏で牛耳る知能派ボス様だった。


 突如(とつじょ)として(かも)し出しはじめた危険なオーラ。

 能ある鷹は爪を隠す宜しく、鋭い爪をギラリとチラ見せしたリスペリント先生のドヤンキー感を至近距離で浴びてしまった私は、首を絞められた小鳥のようにキュィッと喉の奥で鳴った聞き馴染みのない音を、まるで自分のものではないかのように感じたのだった。


 


 お読みいただき、ありがとうございます。


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