書類仕事と派閥の憂鬱
「うーん…… 寝た気がしない」
ガッツリと夢を見てしまった。初講義で疲れていたから熟睡したかったのに。
あーぁ、夢くらい明るいものが見たかったなぁ。夢はメンタルを反映するっていうけど、私って根暗で陰湿な性格だったんだ。しょんぼり。
夢を通じて、自分で自分にダメージを与えてしまった。悲しすぎるマッチポンプだ。
着替えと食事を終えて、午前中の座学に精を出す。
南の講義が始まったとはいえ、今までの生活ルーティンは、さほど変わらなかった。
講義は週に一度しかなく、7柱の講義が陽、風、水、陰、土、月、火の順番で、その曜日に行われる。なので、次に南塔へ行くのは来週の風の日、もちろん風の講義だ。
前世では学校といえば月曜から金曜までの週5通学だったので、まさかの週に一度しかない貴族の講義に、そんなもんでいいのかと気が抜けた。
でも、残りの6日間も遊んでいるわけではなく、各々の家で勉強したり技術を身につけるために励んでいると聞き、納得する。
最低限の共通講座は南塔で受ける必要があるが、門外不出の家の伝統や、秘術の魔法などは、こっそりとそれぞれの家で語り継いでいるんだね。
午前中のお勉強とセルーニ特製ランチを終えて午後は書類仕事、主に計算作業を行う。
「はぁ…… 無限地獄」
机に積み上がっている紙束を、目を細め見上げる。
やってもやっても減らない書類。おかしい。
もしやレオ様からの嫌がらせとして、無限に増え続ける魔法でもかけられているのではと、疑い始めていたのだが、どうやら書類は勝手に湧いていたわけではなかった。
処理済み書類をロンルカストがレオ様に献上し、代わりに未処理のものをもらってきては追加していることが発覚したのだ。
書類の受け渡しのために、わざわざレオ様に会わなくてもいいのは諸手を挙げて喜ばしいが、終わりの見えない無限ループに落ちている気もする。
「あっ、またなんか変なとこがあるなぁ」
私の前任者は、雑なタイプだったようだ。
粗というか計算が変になっていたり、例年に比べて数字の変動のおかしい項目が多々あった。
筆跡がバラバラなので、大人数で手分けして行い、それぞれがちょいちょい間違えていると推測する。
やっぱり、どんなに忙しくても確認は怠っちゃダメだね!
二重チェックの大切さを再認識しながら気になる箇所に、お手製の付箋をぺッと貼る。
特に何かを言われたわけではないが、最近は書類に直接訂正を書き込むのではなく、付箋を貼るようにしていた。
こっちの方が確認する方も分かりやすいだろう。
あと、グルグルと大きな丸をつけて数字の誤りを指摘されるより、嫌な気持ちがしないんじゃないかという、私からの配慮だ。ふっふっふっ、私、なんて出来る女っ!
因みにこの付箋は、モルテの枝から出るベタベタした樹液を薄めたものを、小さく切った紙の端に塗って作っている。
モルテは回復薬の材料である、星型の黄色くて可愛い実だ。実をとった後の松みたいな枝と葉は、アロマを作る時にお世話になった。
回復薬のために実をとった後、もうアロマは作らないが、だからといって捨てるのは気が咎めてしまい、その結果完全に持て余していたモルテの枝と葉。
部屋の隅に転がっていたこれらをなんとか活用できないかと思い立ち、なんとなくベタベタ樹液をノリがわりに使ってみたら、想像以上に良い感じだった。
樹液を水で薄めれば付箋の出来上がり。普通の付箋と違って剥がすと跡が残るが、そこは魔法でなんとかしてくれるだろう。
私がこの家の窓を壊した時も、七冠くぐりの儀式でステンドグラスや儀式の間を盛大に破壊した時も、あっという間に魔法で修復していたし。 ……あれ? 私、ちょっと壊しすぎ?
罪悪感を振り払うようにチャッチャカ計算をして、ペペッと付箋を貼る。あっという間に時間が過ぎた。
落ち切ったスライム時計と五の鐘の音が、休憩の時を告げる。
「うぅーーん!」
椅子の上で、大きく背伸びをした。
食事部屋に移動して、セルーニの作ってくれたお菓子をつまむ。サクサク……。んー、美味しくて止まらない。
腕を伸ばし、ポットのパピーにカップを近づけた。お代わりを要求しつつ、次のお菓子に反対の手を伸ばす。
ポットの注ぎ口をやれやれと大げさに振りながらも、嬉しそうにパピーが注いてくれた紅茶をコクリと飲む。ふぅ、落ち着くなぁ。
一息ついて、膝の上で気持ちよさそうに寝ているルディーの黒い毛を、背中に沿ってゆっくりと撫でた。
暖炉で絶えず燃えていた薪と火はいつのまにか消え、一つだけ暗かった柱の燭台には、炎が戻っていた。
ここが僕の定位置だよとでも言いたげに、炎は半裸のアルトレックス像にねちっこく絡みついている。
暖炉の上のルディー……じゃなくてヒュールーン用の菓子小皿も消えていた。そっか、春がきたから片付けたんだ。
ふふっ、ルディーはこっそりつまんでたおやつが無くなって、寂しがってるかもね。
膝に視線を落とし、寝息に合わせて上下する背中に向かって意地悪を思っていると、ロンルカストがやってきた。
「ミアーレア様、昨日のベルクム粉です。量が多いため、勝手ながら二つの袋に分けました。袋には冬呼びから得た糸が編み込まれております。お確かめください」
「わっ、早い! ありがとうロンルカスト! ん? 袋に冬呼びの糸を編み込んだのは、何故ですか?」
袋を開けて中を確認する。中には埃が綺麗に取り除かれた、混じり気のないキラキラ金粉がギッシリと詰まっていた。
二つだと重いから、取り敢えず一個を肌身離さず持ち歩こう。
「はい。今回得た糸は大変質が良く、守りの力も強くありました。服に仕込むのはもちろん、お守りの効果を相乗するため、セルーニの提案で袋にも編み込んであります」
「はぁー、糸に守りの力があるのですか」
「彼らは性質として気分屋ですので、ただの糸の場合もあります。今回これを得られたのは、かなり稀有なことです」
ロンルカストは、苦笑しながら私の膝で惰眠を楽しむ誰かさんを見る。
「気分屋…… 確かにそうですね」
私も実感を込めた苦笑を返した。
「さて、お話は変わりますが、南塔の講義のことで確認したいことがございます」
「はい、なんですか?」
なんだろう。ハリーシェアの情報がもう集まったのかな?
あの時の金粉撒き散らし粗相を今更怒られるのは、勘弁してもらいたい。
「ミアーレア様、レオルフェスティーノ様の言葉を覚えていらっしゃいますか?」
「レオルフェスティーノ様の言葉? あっ、えーっと…… 月の輪くぐりの時に、あることを話すなと口止めをされました」
「……恐らくですが、それ以前の言葉かと存じます」
「わわっ! い、今のは忘れてください! ええーっと、じゃぁ、そのぉ…… あっ! 薬草園の杖結びについての箝口令ですか?」
「その一つ前の言葉です」
「うぅーーん……」
なかなか正解を出せない私に、眉を下げたロンルカストは口を開く。
「……南のものとの接触を極力避け、交流も最低限にするようにとのお言葉を、お忘れですか?」
「あ、うーん、そんなことも言われたような?」
正直、その後の言葉のインパクトが強く、あまり覚えてない。
だって、薬草園の杖結びも輪くぐりでの月の精霊石パックンも、話したら殺すって言われたんだよ?
「どうぞ、心にお留めください。例外もありますが、昨日のユニフィア先生を含め、講師は基本的に南の派閥です。油断すれば、東に居を構えるミアーレア様に何を仕掛けてくるか分かりません。どうか必要以上の交流は持たぬよう、お願い致します」
「……分かりました」
また派閥の話か。仲間内で争うのって、なんか嫌だな。同じ領地、同じ街にいるんだから、みんな仲良くすればいいのに。
ユニフィア先生は、ハリーシェアとのことを仲裁してくれたし、優しく接してくれた。なのに今度からは、距離をとったり警戒しなきゃいけないんだ……。
東の恥を見せたくないというレオルフェスティーノ様の外聞も、私を案じてくれているロンルカストの気持ちも理解できる。
でも、理解はできてもまだ飲み込むことが出来ない私の心の中は、どうしてもモヤモヤしてしまった。
陽の講義で瓶の中に閉じ込められていたはずの黒い霧が、じんわりと滲みだす。
今朝の夢で見た黒に近い灰色の感情が、あっという間に私の心に戻ってきた。
「……フォティーゾ」
小さく唱えてみたものの、イリスフォーシアの力を持ってしても、心の霧が晴れることはなかった。
濃度を濃くして重量を増やした霧により、私は否が応でも自分の心の場所と、ズシリと感じる嫌な重みを思い知ったのだった。
お読みいただき、ありがとうございます。




