陽の講義の合格と不思議な夢
「……聞き間違い? 私とお話しがしたかったって聞こえたような。でも、そんなわけない、よね?」
ハリーシェアと呼ばれた子の言葉が、頭の中でぐるぐるしていた。
ぶつぶつと大きめの呟きを床に向かってこぼしながら、教卓のユニフィア先生の元へ向かう。
気持ちがふわふわする。足も覚束ない。
「うぅーっ…… 頭が追いつかない。だって私、皆んなから嫌われてるはずなのに。ん? あっ、そっか、分かった! きっとこれ、夢なんだ!」
「ミアーレア、イリスフォーシアの光が幻を見せることはありませんわ」
「あっ! も、申し訳ございません、ユニフィア先生。つい混乱してしまって……」
独り言に返ってきた答えに驚いて顔を上げる。目の前には笑顔のユニフィア先生がいた。
いつの間にか、教卓の前まで到着していたようだ。
わちゃわちゃする頭の整理に必死になっていたから、気がつかなかった。
「隠された真実を照らすイリスフォーシアの光は、必ずしも祝福となるわけではないわ。慈悲深い彼女が、影を作る理由を考えなければいけませんね」
「あの、ユニフィア先生。では、さっきのハリーシェア?様?は、本当に私と、そのぉ…… お、お友達になりたかったということですかっ!?」
「そうね、その答えはイリスフォーシアの力を借りずに、貴方自身の力で聞いてみてはいかが?」
勇気を出して聞いてみたものの、ユニフィア先生は穏やかな笑顔で、答えをはぐらかした。
コテリと首を軽く傾げたことで、緩くまとめてアップにしている金髪が、少しだけ揺れている。
「……はい。分かりました」
「よろしくてよ。では、改めてベルクムの粉を、見せていただけますこと?」
「あっ、はい! これです」
「……。あらあら、困ったことだわ。少々埃が混ざってしまったようね」
頬に手を当てて眉を下げるユニフィア先生にそう言われて、袋の中を覗く。
「へっ? あ、ほんとだ」
金粉に混ざって黒い埃が見えた。あちゃぁ、お片付け魔法で金粉を回収した時に、教室の汚れも集めてしまったようだ。
「きちんとできていたことは、先ほど確認済みですので、特別に合格を差し上げましょう。これは埃を取ってから、お守りにすると良いですわ。貴方にちょうど必要なものなのですから」
「私にちょうど必要なもの、ですか?」
「うふふっ。ミアーレア、貴方は自分が必要と思う量のベルクムを摘んだのでしょう? ですからこれは、貴方にちょうど必要なものなのですわ」
どういう意味? 分かるような分からないような説明に、困惑した。
ユニフィア先生に詳しい説明を求める前に、人の気配がして、なんの気無しに後ろを振り返る。私の後ろには、生徒たちがズラリと並んでいた。
うわっ!? いつの間にこんな大行列がっ!? 予想外な光景にギョッとする。全然気がつかなかった。
あっ、そっか。みんなも早くユニフィア先生にベルクム粉の査定をしてもらって、帰りたいんだ。
これ以上講師を自分1人のために拘束するのが申し訳なくなった私は、喉まで出かかっていた質問を引っ込める。後ろからの圧力に負けたともいう。
ひとまずお情けだが合格を貰えたことを良しとして、ユニフィア先生にお別れの挨拶をした。
ベルクム粉袋を胸にギュッと抱きしめながら、教卓から扉までの緩やかな階段状になっている道のりを、今度こそ転ばないように気をつけてのぼり、私は速やかに講義室を後にしたのだった。
「お帰りなさいませーー」
「聞いてください、ロンルカスト! とっても大変なことが起こったのですっ! 実はーーーー」
扉の近くで待っていたロンルカストの言葉を遮り、講義で起こった大事件を早口で説明する。
金粉を隣の子にぶっかけたり、周りに巻き散らかした事は、ほんの少しだけマイルドに伝えておいた。
塔の出口に向かって廊下を歩きながら、私の話を静かに聞いていたロンルカストは一瞬、眉を顰める。
だがそれは金粉飛散事件について怒っているというよりは、考え事をしている様子だ。
不慮の事故とはいえ、人様に迷惑をかけてしまったことをお説教されなくて、こっそりと安心する。
「……そうですか、ユニフィア先生が初日から魔法を教えるとは、興味深いです」
「えっ、そうなのですか?」
「はい。例年、講義始めは座学が中心でしたので、とても珍しいことかと存じます」
ふーん。ユニフィア先生、今年から内容を変えますだなんて、何も言ってなかったけどなぁ。
講義も手慣れた感じに見えた。何年も前からカリキュラムが変わっていたのに、ロンルカストが知らなかっただけじゃない?
「って、そんな事はどうでもいいのです! 私と話したいと言った子がいたんですよっ!」
「はい、ハリーシェアですね。確かあの家は、どの派閥にも属さない中立派かと存じます。詳細な家柄、家族構成、財政事情、親しくしていものたちとの繋がり、取る予定の講義など、早急に情報を収集いたします」
「えっ、あ、はい。宜しくお願いします」
思いの外、ロンルカストは私の友達作りにやる気を出してくれた。
勢いにちょっと引きつつ、ありがたくお願いする。
「ところで、そちらが先ほど仰っていた、講義で作成したベルクムの粉ですか?」
おっと、すっかり忘れていた。
抱きしめていた埃入り金粉袋の口を開いて、ロンルカストに見せる。
「あ、はい、そうなのです。お守りになると言われたのですが、転んだ時にこぼしたのを魔法で回収した時に、埃が入ってしまいました。取り除いてから使うようにと、ユニフィア先生から言われましたが、どうすればいいですか?」
埃だけを取り除くって、どうすればいいんだろう、ふるいにでもかけるの?
「……さようでございますね。こちらは、私が処置を施しましょう。取り除く物のみに作用する魔法を用いますので、金粉に私の魔力が混ざることも、お守りの効力が落ちることもありません」
袋の中を覗いたロンルカストの言葉に、胸を撫で下ろす。良かった、埃の処理はお任せできそうだ。
最後にユニフィア先生から言われた“これは貴方にちょうど必要なもの”という言葉。
こんなに大量のお守りが必要だなんて、なんだか少し不吉に感じてしまった。気休めだろうけど、一刻も早くお守りを完成させて肌身離さず持ち歩きたい。
「ありがとう、ロンルカスト。お願い致します」
私は喜んで埃入りベルクム粉袋を、ロンルカストに渡したのだった。
その日の夜。
はじめての講義で精神的に疲れただろうと私を気遣ったロンルカストの勧めで、少し早めにベッドに入った。
相変わらず心配症だなと思ったが、ロンルカストの読み通り意識はすぐに夢の中へ溶けていく。
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夢の中で私は、講義室にいた。
扉に近い場所にいるようで、高い位置から講義室全体を見下ろしている。
まだ講師は来ておらず、視線の先の子供たちはザワザワと雑談をしていた。
特に最前列の教卓の前の席には人だかりができていて、大勢の子が我先にとその席に座る子に向かって話しかけている。
凄まじい人気だ。あの子は、このクラスのアイドル的な存在かもしれない。
残念なことに、角度的に私の位置からはアイドルのご尊顔を確認することはできず、辛うじて後ろ髪の薄い水色だけが見えた。
……同じ席に座っているのに、私とは全然違うんだね。
慣れない講義で疲れていたからだろうか、それとも夢の中だからだろうか。
羨望、悔しさ、嫌悪、惨めさ、嫉妬。自分の中の嫌な感情が、いつもよりダイレクトに主張してきた。吐きそうになる。
(嫌い、嫌い、ずるい、嫌い、すごく嫌い、あんなやつ、消えちゃえばいい)
留まっていられなくなった黒い気持ちが、心の中から飛び出す。ズルズルと床を這って水色髪の後頭部へと向かっていった。
吐き出し尽くして胸の中は空っぽになったはずなのに、間髪をいれずまた違う感情に襲われる。
(……関係ないよ。羨ましがるなんて、手を伸ばそうとしたなんて、どうかしてた。あんなの、私には全然関係のないことなんだから)
諦めという名の思考放棄が、先ほどの黒い気持ちをも上回る。圧倒的な速度で、心を埋め尽くしていった。
限りなく黒に近い灰色の感情。モヤモヤと広がり、分散しては消えていくだけ。
私の心は、陽の講義で瓶の中に詰め込まれていた、霧の中に囚われてしまったみたいだ。
無の心で前列を見つめていると、カサリと隣から音が聞こえた。
音につられ、私の意思とは関係なく視線が左側にずれる。
少し離れた場所に、背中を丸めてぽつんと1人で座る子どもが見えた。
前傾姿勢で、腰に届くほど長く真っ白な髪がベールのように前に落ちているため、顔は見えない。
身動ぎもせずに、俯いて自分の膝を一心に見つめている姿が今日の自分と重なる。ズキンと胸が痛んだ。
この子もあの時の私と同じで、早く講師が来てこの惨めな時間が終わってくれることだけを、ひたすらに祈っているのかもしれない。
私は、抱きしめてあげたくなるほど小さく細いその体を見て切なくなると同時に、自分と同じ境遇のものがいることに、不思議な安心感と親しみを覚えたのだった。
お読みいただきありがとうございます。
新年、初投稿です。
皆様の初夢が、ミアと違いイリスフォーシアに照らされた、素敵で明るい未来を示唆するものであることを切にお祈り申し上げます。




