陽の講義
「忘れ物とか、本当に大丈夫ですよね?」
ガタゴトと揺れる馬車の窓から顔を出して、御者席のロンルカストに尋ねる。
「何度も確認なされていたではないですか」
「そうですけど、不安で…… 」
「心配なさらずとも、全て整っております。私も確認致しましたので、ご安心ください」
青髪を風で揺らしながら振り返ったロンルカストは、頼もしい言葉を返した。だが、私のソワソワは治らない。
だって、今日は初めての講義だ。馬車が向かう先の南塔では、陽の講義が待っている。
講師からの手紙を何度も読んで、用意するものに漏れがないかチェックしたり、今度こそ友達を作ろうと意気込んでみたりと、ここ最近はずっと心が落ち着かなかった。
「分かりました。はぁ、緊張します。 ……お友達も出来るでしょうか?」
「そうですね。ご友人に関しまして、ミアーレア様は伯爵家でございます。ですので、伯爵家以下ものにこちらから話しかけることは、お控えいただきたく存じます」
「えっ、そうなのですか!? あのぉ、私、誰がどの身分かなんて、分からないのですが」
「はい。ですので本日は、挨拶を受けたものに対してだけ、交流するよう心がけてください」
「そっ、そんな! こちらから挨拶してはダメってことですか!?」
「伯爵家としての体面もございますが、礼を欠くと最悪、家と家との問題に発展する可能性もあります。ミアーレア様はこちらへ来て日が浅く、また他の家とも交流がありませんでした。ご友人との交友関係は、今後少しずつ深めていきましょう」
「……はぃ。分かりました」
ショックだが、渋々と返事をした。私のわがままで、お世話になっているトレナーセンのフィエスリント家に迷惑をかけてしまうのは避けたい。
新しいブレスレットや服も、送ってもらったばかりだし。
はぁ、身分差は貴族の中でさえも存在していた。
友達作りの壁の高さに辟易としていると、馬車が止まる。南塔に着いた。
塔の前には、私たち以外にも沢山の馬車が止まっていた。
「うわぁ、すっごい!」
馬車から降り、目の前の南塔の扉をしげしげと眺める。開け放たれた大きな扉には、高そうな装飾がこれでもかと爆盛りされていた。
レオ様がいる真っ黒で質素な東塔の扉は言うまでもないが、ディーフェニーラ様がいる西塔の煌びやかな扉とも比較にならない。
豪華絢爛を具現化したらこうですよ! と言わんばかりのギラギラ扉だった。
主張の激しい扉に気後れしつつ、ロンルカストと城の中へ入る。
「次回からは、お一人で講義室へ向かっていただきます。私は塔の前でお待ちしておりますので、本日はしっかりと道順を覚えてください」
「はい、分かりました!」
角を右、左、右。階段を登ってまっすぐ、そして左……。 廊下を歩きながら、心の中でしっかりとメモを取る。
周りには私と同じく、側近に連れられた同い年くらいの子たちが歩いていた。
うんうん、万が一迷ってしまっても、周りの子たちに付いていけば、大丈夫そうだ。途中まで書かれた道順のメモは、くしゃくしゃと丸められ、心の片隅にポイされた。
「行ってらっしゃいませ。本日は、こちらでお待ちしております」
茶色でシンプルなデザインの扉の前で止まったロンルカストは、そう言ってにっこりと笑った。講義で使用する素材を手渡される。この中が、講義室なんだ。
「はい! 頑張ってきますね!」
元気に返事をした。扉を開けて中に入る。
「おぉっ、広い!」
思いの外、大きく立派な室内に驚く。
1番奥に教卓があり、教卓と私がいる扉の間には、長い机が横向きの平行に、何列も並んでいた。
机の前には、等間隔で椅子が配置されている。椅子は広めに距離を空けてあるが、もっと詰めれば、100人くらい入れそうだ。
緩やかな階段型フロアで、後ろへ行けば行くほど高くなっているため、1番後ろの席でも前の教卓が見やすく設計されている。
ぶっちゃけ、子どもの勉強部屋と聞き、小学校の教室を想像していた。
でも、これはどちらかというと大学の講義室って感じだ。あー、懐かしい。大学生の時は教授の話がよく聞こえるように、いつも1番前に座ってたなぁ。
教室にはまだ講師は来ていないが、すでに数十人もの子どもたちが席に座っている。女子率高めで、両隣と前後を女子に挟まれた男子が、居心地悪そうに俯いていた。
私も講師からの手紙を取り出し、自分の席を確認する。
「一列目の左から3番目だから…… あっ、うわぁー」
なぜか1番前の列だけ椅子の数が少なく、5個しかない。既に3人の女の子と1人の男の子が座っていて、空いてる椅子は真ん中の一つだけだった。
手紙を確認するも、間違いはない。私の席は1番前のど真ん中、教卓の目の前だった。講義中、おさぼりは厳禁だね。
自分の席へ向かう。ドキドキ、両隣は女の子だ。
何故か、既に上映が始まったシアターで、遅れて自分のシートに向かう時のように、そそくさと背中を丸めて移動した。
もう座っている子たちの後ろを通り、席に座る。そして、困った。
さっきロンルカストから、自分から話しかけるなと言われたばかりだ。うーん、クラスメイトとのファーストコンタクトは、どうすればいいんだろう。
よし、話しかけやすそうなオーラをつくってみよう! そう思い立ち、緊張でひきつり気味の口元を、無理やり緩める。
どうぞ、ご自由に話しかけてください。他力本願を全面にだして、チラリと左の子を盗み見る。たまたまこちらを向いた水色の瞳と、バチリと目があった。
「あっ、あの!」
まさか目が会うとは思っていなかったので、びっくりして素っ頓狂な声をあげてしまった。
女の子は一瞬大きく瞳を見開いた後、きょどる私から目を背け、プイっとそっぽを向く。そして、逆側の席の子と会話を始めた。
「見て、あの子の髪色と瞳! もしかして、噂のトレナーセン?」
「まさか! トレナーセンがその席だなんて、おかしいわ」
「でも、ほら。また野蛮な手を使ったのかもよ?」
「あぁ、そういうことね! ふふっ、小鳥に大きな荷物を持たせた、とか?」
「クスクス…… 田舎の鳥って大変ね!」
あっ、これ陰口だ。鳥のくだりの意味は分からないが、話している内容、声のトーンや嘲るような話し方で、直感する。
ドキドキしていた気持ちは一瞬でしぼみ、かわりに石が詰まったように内臓が重くなった。
私、同い年の子たちにまで嫌われてたんだ。自然と下を向いた視線の端に、俯いたことで顔にかかった自分の金色の髪が見えた。
2人はコソコソと内緒話のていをとりながらも、私に聞こえる音量で話す。
小さな笑い声と悪口が耳に響く中、反対側からパラリと音が聞こえた。頭を上げずに、チラリと視線だけを動かして右側を見る。
右隣の女の子が、何かを落としたようだ。
拾ってあげたい。でも、みんなに嫌われているらしい私が触ったら、お前が触ったものなんてバッチいと、いじめられるかもしれない。
床に落ちた紙を見つめながらどうすればいいのかと迷っていると、隣の子は落としたことに気がついたようで、サッと腕を伸ばして自分で紙を拾った。……ふぅ、良かった。再び視線を膝の上に戻す。
お願いです、陽の講師さん。早く来てください。
左側から聞こえ続ける陰口に体を固くして耐え、ひたすらに講師の来訪を待ちわびる時間が続く。
ガチャリと、扉が開く音が聞こえた。
ガヤガヤとしていた話声がピタリと止み、室内が静まる。私への陰口も止まった。
陽の講師だ、やっと来てくれた! 悪口から解放された嬉しさと安心感から笑顔で後ろを振り向くと、見覚えのある女性が歩いていた。女性の後ろからは、大きな箱が浮かびながらスゥーっとついてきている。
「アディストエレンを遍く照らす、イリスフォーシアの講義へようこそ。わたくし、講師を務めるユニフィアと申します。どうぞ、お見知りおきを」
教卓の前に立つと、陽の講師はゆっくりと講義室全体を見回し、柔らかな笑顔で自己紹介をした。
儀式の時に、陽の輪のそばにいたふんわり美人だ。ウェーブのかかった金髪を、今日もゆるく纏めてアップにしている。
ユニフィア先生は横に浮かんでいる箱に向かって、小さく杖を振った。箱の上にかかっていた布がパサリと取れる。
もう一度、今度は大きく杖を振った。箱の中から沢山の瓶が飛び出し、散り散りに講義室内へと飛んでいく。
その中の一つが、ヒュンッと私の目の前まで飛んできた。コンッと軽い音を立てながら、机に着地する。
他の子たちの元へも瓶が届いているようだが、私は目の前の瓶をじっと見つめる。
間違えて左側を見てまたあの子と目があってしまったら、2度目のメンタルダメージを受けるかもしれない。
コンッコンッと後ろから響く、瓶が配られる音を聞きながら、私も気を抜いて左側を見てしまわないように、細心の注意を配ったのだった。
お読みいただきありがとうございます。
また、いつも誤字脱字をいただき、とてもありがたく思っています。本当に感謝です。




