頭痛の種
ミグライン店長が店に戻ってきた。五の鐘が鳴ってから、落ち切ったスライム時計(改)をクルリとひっくり返すこと5回目、落ちかけた太陽に空が茜色に染まり始めた頃だった。
「お帰りなさい、店長!」
「ただいま」
店長は少し疲れた声で返事をした。
日暮と言ってもまだまだ外は暑い。ミグライン店長は首に薄らとかいた汗を拭い、ゴクゴク冷たい水を飲んでから口を開く。
「留守中、何か変わったことはあったかい?」
ミグライン店長からの問いに対し、私が口を開くよりも先に、サルト先輩が答えた。薬の在庫状況、不足しそうな薬草、留守中に仕上がった薬、そして貴族が店を訪れたことを報告する。
ふむふむと聞いていた店長だが、最後の報告を聞き終わる頃には、眉間にくっきりと皺が刻まれていた。そして、店内に特大の雷が落ちる。
「ミア! あんた何を考えているんだい!」
突然の落雷に体がビクッとした。サルト先輩も、その衝撃に目をギュッと瞑って耐えている。
物凄い剣幕で怒る店長に対して、どうして怒られているのか分からなくて目を白黒させたが、店長のお説教を聞くうちに理解できた。
どうやら、貴族にはこちらから、話しかけてはいけないらしい。それは、不敬な事であり、罪にもなると。
私達平民は、貴族様に問いかけられたときにしか、口を開いてはいけないのだ。
「あちらの機嫌が悪ければ、その場で捕まって、縛り首にされることだってあるんだよ。全く、あんたは運が良かったさね」
なにそれ、怖い!無意識に自分の首を手で押さえる。
貴族にとって平民の命は、虫の居所次第で簡単に切り捨てられるほど、軽いらしい。
私はしらぬ間に、大分危険な橋を渡っていたようだ。身分社会の実情を知って震える。
「……今度から貴族様が来店しても、堅く口を結んでなにも話さないようにします。」
「私達のためにもそうしな」
私の宣言に、ミグライン店長は生気のない声で答えた。怒り疲れたのかな。
「そういえば、ギルドは何の用事だったんですか?」
お説教が一段落した後、恐る恐る尋ねてみた。ミグライン店長は、少し遠くを見ながら答える。
「あぁ、そうだった。……幾つかの薬に大口注文が入ることになったのさ。皆にはまた残業で頑張ってもらう事を伝えないとね」
アトバスさんが言っていた、大規模な調査隊派遣の関係かもしれない。ピンときたが、秘密を守るため私は別の事を口にした。
「そうですか。分かりました。私も粉砕、頑張ります!!」
「ミアは店番をやりな。あんたがやるよりも、他のみんなが作業した方が早いからね。それから、この前作った妙な道具だが、サルトや皆に貸してあげな。サルト、使い方わかるかい? ミアに教わるように」
「はい……分かりました。店番をします。あ、薬研ですか!? 喜んで! サルト先輩、後で使い方を」
「分かりました、ミグライン店長。新しい道具の使い方は把握しているので問題ありません。」
珍しく出したやる気は、素気無く却下された。しょぼん。
だが、意外にも薬研は、店長に評価されているようだ。
ウキウキで使い方を説明しようとするも、食い気味でサルト先輩が、説明不要だと返事をする。
むー! せっかく調剤部屋の皆んなに、薬研の使用方法と素晴らしさを語って、普及に努めようと思ったのに!
私は頬を膨らませながら、店番をするためカウンターの椅子によじ登った。
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さっき店長には、心配兼、めちゃくちゃ怒られてしまった。
だが、貴族様への対応は後悔していない。
私は目を細めて、薬剤師時代の記憶を遡った。
私達は患者の診断をしてはいけない。当たり前のことだが、この掟は薬剤師を縛る枷でもある。
薬剤師の仕事は、患者の持ってきた処方箋を見て、医師の処方に問題がないか、チェックをする。
そして、その薬から症状や病名を推察して、薬を渡す際に服薬指導を行う。
患者を診るのは医師の仕事、薬剤師にその権限はないのだ。
私が働いていたほしの薬局から、少し離れた場所に、とあるクリニックがある。
この名も〝内藤グリーンクリニック〟である。時々、その処方箋を持った患者さんがやってくるのだが、そこの医師が曲者なのだ。
副作用の危険性が高まる、同じ種類の薬を複数だしていたり、絶対に一緒に出してはいけない併用禁忌の薬を、平然と処方していたり。この人、ヤブなの? っと思ったこともある。
処方箋に内藤グリーンクリニックの名前を見つけると、調剤室では、まずは間違い探しを開始する。
今回はどこがおかしいのか。え? どこも間違ってない? そんな、先生調子悪いのかな? と、病院へ薬の変更を求めるための電話の子機を片手に、処方の問題を探すのが、暗黙の了解になっていた。
そして、その医師が一時期よく処方していたのが、偏頭痛の薬である。なに? 今、それがあなたのブームなの? と言わんばかりによく出ていた。
トリプタン系呼ばれる偏頭痛薬は、同じ痛みを抑えるといっても、体や歯が痛いときに使うNSAIDsとは全く違う種類の薬だ。
効き目も弱くない。頭が痛い、と患者に言われたからといって、ポイポイとだしていいものではないのだ。
問診でよく患者さんの話を聞き、いくつかの質問をする。その答えから頭痛のタイプを見極め、偏頭痛であると診断した時にだけ、処方することができる薬だ。
そもそも、日本人が悩む頭痛で最も多いのは、緊張型頭痛で、罹患率は5人に1人とも言われている。頭痛専門外来でもないのに、偏頭痛の患者ばかりが頻出する事がおかしいのだ。
同じ頭痛でも、偏頭痛と緊張型頭痛では、タイプが違う。症状も違う。罹患しやすい年齢や性別も違う。
脳の血管が広がることによって起きる偏頭痛と、肩や首の血流が悪くなって起こる緊張型頭痛では、使う薬も違う。
トリプタン系の偏頭痛に使う薬を、緊張型頭痛の患者さんに使用しても、全く意味がないのである。副作用の危険性だけが高まる。
その内藤グリーンクリニックの医師から、偏頭痛の薬を処方された患者さんの話を聞くと、ほんとに偏頭痛か? と、首を傾げたくなる事が多々あった。
だが、私達は表立って、医師の処方に異を唱えることはできない。
薬の用法用量や、併用などに問題があればすぐさま医師に提言をするし、しなければならない。
だが、その診断にケチをつけることは、一介の薬局薬剤師に出来ることではないのだ。
私たちは大声で患者さんに「誤診だよ!」 と叫びたいのを我慢して、緊張型頭痛の可能性があることや、他の病院に行ってみるのはどうでしょう、とさり気なく忠告するに留まっていた。
あとは患者さんが私たちの意図を汲み取り、違う病院へ再受診してくれることを願うばかりだ。
今回の患者さん、貴族様も話を聞く限り、緊張型頭痛の可能性が高い。
それも、連日頭痛が発生していると言っていた。痛みが続けば、やがて慢性緊張型頭痛に発展する可能性もある。
痛みを抑えるために痛み止めを使用し続ければ、逆に薬の服用し過ぎによって痛みが起こる、薬物乱用頭痛が起こるかもしれない。
医師ではない私が診断をするなど、出過ぎたマネなのは分かっていた。
分かっていた。分かっていたが、口を出してしまった。
だって、あの内藤グリーンクリニックの処方箋で味わった、苦い思いが、頭に過ぎってしまったから。
貴族様達は、結局痛み止めをたくさん買っていったし、完全に私の意見を聞いてくれたわけではなさそうだった。それでも聞く耳は持ってもらえた。それだけで充分だ。
危ない橋を渡って、ミグライン店長とサルト先輩へかけた寒心は申し訳ないと、心から反省している。
だが、反省はすれども、後悔はしていないのだ。
まぁ、次からは貴族様に余計な口は、聞かないけどね!
気分で人を殺しちゃうなんて、貴族怖すぎ!
貝のように押し黙って、対応はサルト先輩に丸投げしよう、そうしよう。
次に貴族様が来店したら、命大事に作戦で店の裏に引きこもろうと、私は深く心に決めたのだった。
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その後の店番では、パルクスさんが「ちわーっす」と呑気な声と共に来店したり、ギルドの使いが数名来店して、回復薬と痛み止め、火傷の薬なんかを根こそぎ持って行ったり、そのギルド関係者の中の一人がすごく美人でついガン見してしまったり、すっからかんになった棚を見上げる先輩たちの目が虚無になっていたりと、時間はあっという間に過ぎていった。
店の営業が終わり、近くの屋台街へ夕飯を買いに行く。
歩いて10分ほどの場所にある屋台街は、夕食時で家族連れや冒険者でワイワイと賑わっている。
人混みを潜るようにそそくさと歩くと、最近はまっている謎肉の串焼きを数本と果物を一つ買い、近くの水汲み場で飲み水をゲットした。
串焼きの甘辛い匂いにホクホクしながらお店に戻り、お店の外についた半分腐ったような階段を登る。
立て付けの悪い扉をキギッと無理やり開いた。お店の二階にある、少しばかりアンティークな我が家だ。ボロボロの屋根裏部屋ともいうが、住めば都だ。
買ってきた串焼きと果物をモグモグと食べる。
食べ終わるとベッドにゴロンと横になり、膨れたお腹をぽんぽんしながら今日の午後のことを思い出した。
パルクスさんは、いつもと変わらない軽い笑顔で来店した。私が「大変な依頼でしたね」と声をかけても「お? やっぱり届いちゃってるかー、俺の武勇伝」と、戯けた調子で返事が返ってくる。
あの事件で生き残った護衛は、パルクスさんだけだったと、アトバスさんは言っていた。
他の冒険者の客達も同様に、滅多にない大きな事件だった、と口を揃えていた。
きっと、一緒に依頼を受けた冒険者達は全員、命を落としたのだろう。その中には、友人や仲の良い人だっていたかもしれない。
聞くところによると、パルクスさん本人も結構な怪我を負いながらの、辛勝だったらしい。
いくら冒険者が命がけの職業で、心構えがあるとはいっても、心の負担にならないはずがない。
パルクスさんは、そんなふうに見せないけど、辛くないはずがないと思うのだ。
「そうそう、大変だったぜー。護衛の依頼が終わってからも、ギルドで散々聴取を受けたり、祝勝会が朝から夜中まで続いたりさー。それに俺のランクアップ祝勝会なのに俺が金を払うって、よく考えたらおかしいよな? もう財布がすっからかんだぜー。ファンもまた増えちゃって、これ以上人気が出たら困るよな?」
野郎ばっかだけどさ、とペラペラと話すパルクスさん。どこか無理をして、明るく振る舞っているようにも見えた。
「無理をしないでくださいね」って、言いたかったけど言えなかった。なんか言っちゃいけないような気がして言えなかった。
「何か、力になれないかな……」
暫く真剣に考えていたが、本日はなかなかにハードな1日だった。高貴なお方々の接客に加えて、店長からの落雷や、午後のバタバタも疲れた。
あっさりと睡魔に白旗を振った私は、すぐに枕によだれを垂らしながらぐっすりと眠りについたのだった。
頭痛の種のお話。
ミグライン店長、サルト先輩、ミア、、、それぞれが持っている頭痛の種は違うようです。
きっと、綺麗な花が咲くよ、うん、きっとね!
ブックマークが増え、嬉しくて、興奮して、夜なかなか眠れませんでした。
今日が日曜で良かったです。
本当にありがとうございます!とても励みになります!!
皆様のおうちの場所が分からないので、全方向に向かって感謝を捧げます!
お読みいただきありがとうございます。
次回は明日の夜、更新いたします。




