ポメラアロマの献上と精霊石と魔法の関係性
あっという間に日々が通り過ぎる。冬の背中が遠ざかり、春の気配を感じることが増えた。
少し暖かくなってきたせいか、庭の木に大量発生していた鳥たちも、いつの間にかいなくなっている。
ポメラ採取に行こうと、玄関の扉を開くたびにビクビクとしていたので、本当に良かった。
ポメラといえば、先日無事に春の社交用に必要な分のポメラアロマを作り終えた。今日は西塔のディーフェニーラ様の元へ、納品にいく。
ルディーは平静を装っているが、朝ベッドに花をもらいにきた時も、ソワソワとせわしなく耳を動かしていた。ディーフェニーラ様と会うのが楽しみなようだ。
馬車で西塔へ向かう。扉の前で待っていたベルセ案内のもと、サクサクとディーフェニーラ様の部屋に着いた。
部屋の真ん中まで歩き、片足を斜めに引く。もう片方の足の膝を曲げて跪いた。スカートの両端を軽くつまみ、頭を下げ教わったばかりの時候の挨拶をする。
「ごきげんよう、ディーフェニーラ様。ヒュールーンが喜びに舞う日も、近づいてまいりました」
ヒュールーンとは、陽の精霊イリスフォーシアの眷属だ。冬の間は力を落としていた陽の精霊に、再び力が満ちることを喜んで舞い踊ることにかけた、春直前に用いられる挨拶だとロンルカストが言っていた。
「ごきげんよう、ミアーレア」
「お会いできまして、嬉しゅう存じます。本日は、ポメラから作成致しましたアロマを、献上したく存じます」
例の如く身体強化したロンルカストが、大きな箱を持って前へ進む。時を止める魔術具だ。パカリと蓋を開け、一つを取り出す。板に乗せてから、ベルセに差し出した。ベルセは毒確認を行うと、ディーフェニーラ様の前にコトリと置く。
「あぁ、素晴らしいわ。春の社交界でのお披露目を楽しみにしていらして?」
大量のポメラアロマを無事に渡せたことと、合格点をもらえたことに安心する。ふぅ、大きな一仕事を終え、肩の荷も降りた。
ディーフェニーラ様は、私から視線を下にずらし、ルディーに目を向けた。
「ごきげんよう、テーレオ。それとも、ルディーと呼んだほうが宜しいかしら?」
「随分とグラーレが近いな。ベルセに鳥除け魔法を聞かなかったのは、失敗だったみたいだ」
「うふふっ、春の訪れは近くてよ。小鳥達も新しい実をついばみに、他の塔へ向かったのではなくて?」
「切に願うよ。囀りが煩くてたまらなかったんだ」
「小鳥とはそういうものですわ。そういえば、先日の神事では、随分と静かでいらっしゃいましたわね?」
「君こそ、まさかあそこで口を出してくるとは思わなかったよ」
「もの言わぬ貴方が、可愛らしくおありでしたので、つい……」
「無口な彼ならば、見慣れているだろうに」
「えぇ、そうね。ふふっ。ですが、わたくし、少々欲張りになってしまったようですわ」
「聡明な君にしては珍しくも、初手を間違えたようだね」
「あら、そう思われて? スコダーティオの影から手を取ったのは、他ならぬわたくしですのよ。貴方はきっと、イリスフォーシアの光が眩しくて、目を閉じていらっしゃったのね」
「たとえ目を閉じていても、僕のグラーレが羽を休めたことはなかったよ。どうやら忘れているようだけれど、エーダフィオンの蔓を誘ったのも、他ならぬ君じゃないか」
「まぁ、心外ですこと。そんなつもりは、ございませんでしたのに」
ルディーとディーフェニーラ様の会話は、精霊の名や貴族的な言い回しが多い。会話のテンポも早くて、相変わらず何を話しているのか、さっぱり分からなかった。
だがしかし、言い合いをしながらイチャイチャしていることだけは分かる。
私は2人の邪魔をしないように存在を無にして、ロンルカストと同じく静かに壁の花を務めたのだった。
明くる日、朝食を終えてお茶を飲んでいると、いつものようにロンルカストがやってきた。
「本日の予定でございます。午前は座学、午後からは書類仕事を行っていただきます。そして、主にポメラの作成に充てていた夕刻ですがーー」
「はいっ! 私、また魔法理論の勉強をしたいです!」
ディーフェニーラ様から頼まれていたアロマ制作分の時間が空き、1日のスケジュールに余裕ができた。
その空いた時間に、私は魔法理論の勉強をしたいとロンルカストに提案をする。
魔法理論とは、私が杖結びを失敗した時に杖なしでも魔法を使えるようにと、ロンルカストが掻き集めてくれた大量の資料のことだ。
割とニッチな考え方らしく、学問として日の目を浴びることは少ないらしい。
一時期は、執務室で幅を利かせていた魔法理論の本や資料たちだが、2度目の杖結びで杖を得てからは、学ぶ必要性が無くなってしまった。
それに春が近づき、アロマ作成の優先度が増したこともある。気がつけば、すっかり部屋の片隅で埃をかぶっていた。
そんな、ご無沙汰になっていた魔法理論だが、せっかくの本達を部屋の飾りにしておくのは勿体ない。
ロンルカストの好意を無駄にしたく無いという気持ちもある。あと、私の性格的にも理論を学ぶのは結構好きだ。ガチガチの理系脳は、理由づけが大好物なのである。
あぁ、数学の授業が懐かしい。好きだったなぁ、特に高校の数学の時間。
その数学教師は少し変わっていて、授業の最初に公式の説明をした後は、ひたすら問題集を解かせる独特のスタイルだった。
分からなければ質問に来なさいと言うが、理系の選抜クラスだったため、教室にはカリカリとペンを走らせたり、パラリとページをめくる音だけが響く。
時折り、応用の難問に苦戦する生徒が教師の元へ行き、質問したりヒントをもらうために、ボソボソと話していた。
私はその静かな空気感や、邪魔されずに1人で問題集に向き合う勉強方法がとても好きだった。
ノートの上で、先人たちが見出した公式を一度分解してバラバラにする。自分で考えながら組み立て直し、その公式の仕組みを理解した。
その上で、問題集を解き始める。幾千通りもの問題たちも、美しい公式を前にすれば、一つの正しい答えとなる。
問題集の中に含まれる某有名私立大学や、某最難関大学の小難しい過去問さえも、分解して分解して公式に当てはまれば、ちゃんと導き出されるものがあった。
明らかな理屈と定理、証明された公式の完璧さ。
古典の五段活用を丸暗記で覚えるよりも、自分の頭で理解した完全な公式を使って、一つの答えを探したい。数字の波に埋れながら、無数の問題を解いて…………
「 ーーーレア様? ミアーレア様? 聞いていらっしゃいますか?」
「は、はいっ! あっ、ごめんなさい。少しばかり定理と数字の波に埋もれていました」
「テイリと、数字の波? ……そうですね。お疲れのようですので、数字を扱う午後の書類仕事は、時間を減らしましょう。代わりに座学をーー」
「えぇっ!? そんなっ、大丈夫です、ロンルカストっ! すごく元気ですから、午後は書類仕事をさせてくださいませ!」
「……承知いたしました。再び数字の波がやってくるようでしたら、お伝えください」
心配がてらシレッと座学の時間を増やそうとするロンルカストから、慌てて奪われかけた書類仕事の時間を取り返す。はぁー、危ないところだった。これ以上座学が増えたら、頭が沸騰しちゃうよ。
なんとか座学の講義時間延長を防ぎつつ、食事を終える。
執務室へ行き、ロンルカストから出された座学の課題に勤しんだ。
んんー、貴族の名前、全然覚えられない……。ややこしい貴族名にうんうんと唸っていると、ルディーがやってきた。
ヒョイっと机に乗り近くに来ると、腕につけている新しいブレスレットをちょいちょいと触る。柔らかい前脚がモフモフと当たった。ふふっ、くすぐったい。
「このブレスレットが気になってるの? 前のが壊れちゃったから、またトレナーセンの仮両親が、送ってきてくれたんだって。服も一緒に届いたみたい」
「 ……一応言っておくけど、悋気じゃないから。過保護だなって思っただけ」
「過保護? うーん、そうだよね。私も新しいのが届くとは思わなかったかな。しかも見て、ここ。なんかキラキラの石が増えてたの。ねぇ、これってやっぱり高価なものかな?」
「まぁ、春の講義を6柱も受けるんだから、良いんじゃない? 精霊石の大きさも文句なかったし、講師からの誘いまであったんだから、トレナーセンの面子も保たれたでしょ」
「えっ、そうなんだ! ふふっ、私って優秀ってこと? あと、あの石、精霊石って言うんだね」
知らなかった。私はこの前の儀式で、仮両親が誇れるほどの結果を出していたらしい。
ロンルカストからは前に、儀式で講師から貰う石は、その講義に出席するための資格だと教わった。元々は、石を得た講義の中で、どの講義を受けるか相談しましょうと話していたのだ。
ルディーの言い方から察するに、大きな石と講師からの直々の招待を受けた私は、特待生扱いなのだろう。この新しいブレスレットと服は、トレナーセンの株をあげたご褒美、もしくは御礼ってことかな。
「んー。それ、よく勘違いされてるんだよね。確かに、七冠くぐりで得た精霊石の大きさは、精霊との相性の良し悪しを示しているよ? 実際、輪が反応しなくて講師から石が貰えないと、講義に出る権利が得られないし。でもね、精霊との相性が深いことと、魔法の上手い下手は関係がないから」
「えっ、なにそれ罠じゃん、こわいっ! 喜んで損しちゃった。 ……講義で恥をかかないうちに、トレナーセンにお礼に行ったほうがいいかな?」
「あそこは、古い街だよ。頭の硬い奴らも多いから、春の講義と同じくらい僕は行きたくないかな」
「えっ? ルディー、南の講義には一緒に来てくれないの?」
「子どもたちにじろじろ見られるのは、好きじゃない。それに、僕にハシバミの藪の中へ突っ込めって言うの?」
「あー、そっか。きっとみんな、ピラフィティーリ対策で、枝を持ってきてるよね」
「石の大きさと、魔法不出来の関係性を証明する布石にならないといいね? 呼んでくれた講師たちの顔が曇らないように、僕はここから慈悲深いイリスフォーシアに祈っててあげるよ」
ルディーは机から体を伸ばし、私の膝の上にストンと着地した。
前足をグーパーしながら、トレナーセンから届いたばかりの新しいワンピースの上でふみふみする。爪は立てていないので服へのダメージは問題ないが、太腿を肉球でマッサージされてくすぐったい。
「あんまり、プレッシャーかけないでよ…… 」
春が近づき、講義への不安と楽しみで膨らみ始めていた私の心の中は、意地悪ルディーの言葉のせいで不安の割合を増やし、ちょっとだけ重くなったのだった。
ルディーとディーフェニーラ様の会話は、今はまだ読み飛ばしていただけますと幸いです。遠からず、答え合わせがございます。
何故ルディーが意地悪を言ったのかも、どうぞ同様に。
お読みいただき、ありがとうございます。
24日ということもあり、ルディーとディーフェニーラ様のイチャイチャ(貴族的な応酬)、ミアとロンルカストのイチャイチャ(学習カリキュラムに対する攻防)、ミアとルディーのイチャイチャ(ただの一方的な意地悪)をお届けしました。
皆様におかれましても、良い聖夜をお祈り申し上げます。




