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名付けの意味と正式な使い魔



「お帰りなさいませ」



 ポツンと1人、廊下で待っていたロンルカストと合流する。

 廊下にはロンルカスト以外、誰もいない。儀式を終えた他の子たちは、もうとっくに帰宅したようだ。

 


「簡単な儀式だなんて、嘘ばっかりじゃないですか。すごく大変でしたよ!」


「そちらは私がお持ちいたします。神事の間でのお話を、お伺いしても宜しいですか?」



 私の文句を聞き流したロンルカストは、板を受け取ると、どこからか取り出した布をサッとかぶせた。

 むぅっ! 怒ってるのに、なんか流された! 不満を募らせながら、終わったばかりの七冠くぐりについて報告する。



「まず陽の輪は、光った後薬草園の蝶々がヒラヒラ出てきて驚きました。次の風の輪なんて、竜巻が起こって窓から飛んでいったんですよ? ガラスを割ってしまって、怒られるかと冷や冷やしました! それに水の輪は、水が蛇みたいな形になって輪の周りをクルクルしたり。あ、でも陰の輪は、輪がちょっと光っただけでした。大変だったのは、土の輪から大量の蔓が生えてきてお部屋をめちゃくちゃにして、それがポメラになったと思ったら、ルディーが出てきてーー」



 廊下を歩きながら、ロンルカストは静かに私の話を聞いている。

 神事を終えた開放感もあり、興奮気味に次々と輪の話をするも、月の輪のことだけは言えなかった。誰にも言うなと言っていたレオ様のセーフゾーンに、ロンルカストが含まれているのかどうかが、分からなかったからだ。

 


「それはそれは、大変でしたね。輪のそばにいた講師たちは、何か仰っていましたか?」



 ロンルカストは、不自然に飛ばした月の輪に関して、特に何も言わなかった。どう言い訳をすればいいか分からなかったので、ちょっとほっとする。

 かわりに、講師とのやりとりについて聞かれた。


「講師の言葉ですか? えーっと、陽の講師からは“イリスフォーシアの慈悲? か何かに感謝を” と、あとは “南の講義で待っている” と言われました。風の輪ではーー」



 そういえば、大体みんな同じようなことを言ってたな。輪に関係した精霊の名前プラス貴族的な言い回しと、あとは、講義で待ってるとかなんとか。

 頑張って思い返しながら報告を終えると、神妙な顔をしたロンルカストが、口を開く。



「そうですか、承知いたしました。 ……ミアーレア様、先日私と春から始まる南の講義で、どの講義を取るべきか、という話をしたのを覚えていらっしゃいますか?」


「もちろんです! この儀式で精霊との相性が判明したら相談して決めましょう、と言っていましたよね?」


「さようでございます。大変申し上げにくいのですが、その件につきまして、こちらの選択権はなくなりました」


「はい? どういうことですか?」


「講師から直々に、講義を受けるようにとの声をかけられたのです。拒否することは非礼に当たるため、少々ご負担かと思いますが、春からは月以外の6つの講義を受けていただきたく存じます」


「あ、あれはそういう事だったのですね。わかりました」



 おぉっと、知らないうちに6講座の強制受講が、決定していた。

 ロンルカストは申し訳なさそうな顔をしているが、私としては、特に問題はない。そんなに気にしなくてもいいのに。

 むしろ、ただでさえ知識不足なのだから、受講できるものは全て受講したいとさえ思っていた。


 あっ、なんだか急に、大学に入学した当初のことを思い出してきた。不意に、こっちの世界に来る前の記憶が蘇る。





 ※※※※※ ※※※※※ ※※※※※ ※※※※※





 大学合格通知を受け取り、入学準備をしていた頃の事だ。

 念願の薬学部に入学が決まり、少々浮かれていた。大学生になったら、好きな講義を選択して、敢えて講義がない曜日とかを作って、その曜日にはバイトを入れてー………… なんて、ゆるふわ大学生活を夢見ていた時期が、私にもありました。


 ふっふっふっ、(あなど)るなかれ薬学部。

 入学初日のオリエンテーションを終え、曜日ごとの時間割表を受け取った時の衝撃は、今でも覚えている。そこには、講義と実習の予定が1限から6限までみっちりと隙間なく組まれていた。

 震える手で進級に必要な単位数をチェックして、更に驚く。どの講義を履修するか、その選択権が無いどころの話ではない。寧ろ、一つでも落としたら留年リーチだ。


「高い授業料を払って、まさか甘い大学生活を送ろうなんて、馬鹿なことを思っていないよな? お前らはここに勉強しにきてるんだ。6年間で、詰め込めるだけ知識を詰め込め!」


 手に持っているはずのペラペラの紙はそう叫びながら、明らかに私たち新入学生の緩んだ横っ面を引っ叩くために、存在していた。


 そうして始まる大学生活。

 1限の8時50分から、教授の理解させる気があるのか疑わしい小難しいお話が始まり、机にかじりつきながらノートをとる。

 唯一の救いはお昼休憩ばかりで、18時までは校舎から出ることなど出来ない。しかも、講義ごとの教材はーーーー

 




 ※※※※※ ※※※※※ ※※※※※ ※※※※※





「ミア、いつあいつに魔力なんて渡したの?」



 華やかなキラキラ大学生時代を懐かしんでいると、下からルディーの声が聞こえた。

 タイムスリップしていた意識が、この世界に戻ってくる。



「へっ? あいつって誰のこと?」


「火の輪から出てきた、あいつだよ」


「あぁ、シュシュートのことね。シュシュートには、お家の廊下で顔を合わすたびに、揶揄(からかわ)われてただけだよ?」


「んー、おかしいな。冬呼びの時のあれじゃ少なすぎるし。 ……もしかしてだけど、輪をくぐる時に、あいつを呼んだりなんて、していないよね?」


「えっ、そんなことしてな……あっ! えーっと、そのぉ、シュシュートに裸じゃなくて、何か着てから出てきてくださいって、祈ったような?」


「思いっきり、呼んでるじゃないか」


「うっ、ごめんなさい……。って、それの何がいけなかったの?」


「はぁーぁ」



 大袈裟なため息をついたルディーは、顔を上げてロンルカストが両手に持つ板を睨む。

 角度的に見えないはずなのに、まるで板が透けて上に乗っている石が見えてるような目つきだった。



「ねぇ、なんでそんな顔してるの?」


「別に。いくら君が浮気したって、僕は構わないけど?」


「浮気っ!? なな、なんの話!?」



 大変だ! 自分でも知らないうちに、大人の火遊びをしていたようだ。恋人もいたことがないのに、どうして!? え、いないよね?

 あわあわしていると、そっぽを向いて答える気のないルディーの代わりに、苦笑気味のロンルカストが教えてくれる。



「精霊に名と魔力を与えることは、“使い魔”としての契約となります。余程相性が良い場合に限るので、あまり多くはないことですが」


「使い魔? あっ、そういえば、土の講師がルディーのことを、そう呼んでいました! 契約だなんてそんな大事なこと、どうして教えてくれなかったのですか?」


「申し訳ございません。幼い子が、遊びの中で小さな精霊に名付けをしてしまうことは、よくあることなのです。ただ、その場合はごく僅かな魔力ですので、使い魔というほどのものでもなく、また縛る期間もほんの僅かなものです」


「では、ルディーも短期間限定の使い魔ということですか?」


「いいえ、輪から現れるほどです。彼はミアーレア様の正式な使い魔かと存じます。まさかこれ程強い縛りが出来ていたとは、想定外でした」


「んー、そう言われても、なんだかピンときませんが。まさか、シュシュートも私の使い魔ですか?」


「彼は、冬呼びとの契約がありますので、厳密にはミアーレア様の使い魔ではありません。そうですね、こちらの呼びかけに応えたということは、まだ繋がりが残っているということでしょう」



 ふーん、なるほど。シュシュートは違うけど、ルディーは私の使い魔らしい。いや、全然分かんない。そもそも使い魔ってなに? そう思いながら、足元を見る。

 ルディーは尻尾と耳をツンツンさせながら、廊下を歩いていた。

 見られていることに気づくと、目を細めてジロリと私を見上げる。ひゃっ、まだ怒ってる!? 

 慌ててルディーから目を逸らす。代わりに前を歩くロンルカストに、聞いた。



「あのぉ、今更ですが、使い魔ってなんですか?」


「私は使い魔を持ったことがありませんので、なんとも言えませんが、大変珍しい存在で、所有者により関係性も様々と聞いたことがあります。そういえば、アルトレックスは剣につかせているようですね」


「あぁ、あの松明(たいまつ)! ……っじゃなくて、剣の炎はアルトレックス様の使い魔だったのですか。そういう魔法かと思っていました」


「魔法より火力が出るそうですよ。あれでも彼は、炎の騎士部隊を束ねる長ですから」


「はぁー、アルトレックス様は、偉い人だったんですね」



 杖結びのことを思い出す。

 確かに、森の中では巨大ビルみたいなムカデに、1人で大立ち回りしながら戦っていたし、最後の一撃もすごかった。炎の大剣で縦に真っ二つにしてたもんね。裂けた断面から、大量の腕が這い出てきたことを思い出し、ウッとなる。


 忌まわしい記憶を振り払うように、さっきの火の輪くぐりのことを考えた。自然と、本人の目の前でアルトレックス様の形になったシュシュートに、頬キスされた光景が蘇る。

 あぁぁー! せっかく封印して忘れてたのに、ばかばかっ!! 心の中で恥ずかしさが一瞬で燃え上がる。バッと顔が赤くなった。


 顔を横に振り、心の黒歴史から目を背ける。

 気持ちを無理やり切り替えるために、まだ白けた目をしているルディーに話しかけた。



「私の使い魔になったこと、ルディーは気がついてたの?」


「その呼び方は、ちょっと無粋じゃないかな? 付属品みたいで、嫌な気分になるよ」 


「えっ、ごめん。じゃぁ、ルディー先輩?」


「 ……ねぇ、僕のお皿はまだ? 前に作ってくれるって言ってたよね?」


「うっ。だって、それは平民街に行く許可が出ないとーー」


「はぁーぁ」


「わー、ごめんって謝ってるのにっ! ……ルディーって、大人っぽいのか子供みたいなのか、時々分からなくなるよね」


「悪いけど、僕はミアの魔力を飲み込んでこの形を得たんだよ? この性格の半分は、喜ばしいことに誰かさんから過分な影響を受けたせいかもしれないね」


「えぇっ、子どもっぽいのは私のせいってこと!?」


「さぁね? 浮気癖もうつってなきゃいいけど」


「そ、それはっ、名付けが契約だって知らなかったんだってば」



 言い訳も虚しく、それっきりルディーは黙ってしまった。ありゃりゃ。完全にそっぽを向いて、目も合わせてくれない。困ったなぁ、うーん、どうしよう。


 私は立ち止まりその場に屈むと、拗ねモードが収まらないルディーに手を伸ばした。チラリとこちらを見て、大人しく歩みを止めたルディーだが、自分から来る気は無さそうだ。

 そのまま中腰でひょこひょこと近づいて、ふわふわの体を抱っこする。嫌がるそぶりが無いのを確認し、ゆっくりと立ち上がった。



「もう他の子にはしないから、許してくれる?」


「ふんっ、どうかな?」



 言葉とは裏腹に、先っぽをくねらせ始めた尻尾の機嫌は良い。私の恋人は、存外に嫉妬深くいらっしゃるようだ。

 私は真っ黒で暖かい背中に頬をつけてスリスリとしながら、ディーフェニーラ様も、結構大変だったんじゃないかな、と思ったのだった。




 お読みいただき、ありがとうございます。

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