七冠くぐりの儀と火の輪
次の輪の元へ進む。これで最後だ。もう、ここまで来るのすっごく長かった。
火の輪に着く。輪の横には、見覚えのある紫紺髪の大柄な男性が立っていた。
「アルトレックス様? もしかして、アルトレックス様が火の講師をされるのですか?」
「ミアーレア嬢か、久しいな。あぁ、私が春からの火の講師を務める」
アルトレックス様は、キリッとした紅い瞳でこちらを見ながらそう言った。今日は鎧も大剣も身につけていないのに、溢れ出る体育会系オーラで、騎士感がすごい。
「そうなのですね。実は、知り合いがいなくて講義が少し不安だったのです。面識のあるアルトレックス様がいると分かり、とても嬉しいです」
アルトレックス様とは、失敗した森での杖結び以来の再会だ。あの日は途中で意識が切れてしまったため、魔から守ってもらったお礼を言えていなかった。
やっと感謝が伝えられると思い、口を開こうとすると、真剣な顔をしたアルトレックス様が、私より先に言葉を発した。
「……ミアーレア嬢、ロンルカストからは不要だと断られたが、私は直接其方に伝えたかった」
「はい、えぇっと、何のことでしょうか?」
「……いや、申し訳ない。そうだな、其方のいう通りだ。よもや神事の最中に話す内容では無かった」
「どうしたのです?」
「あぁ、すまなかった。さあ、輪を潜ってくれ」
真面目な顔をして何かを言いかけたアルトレックス様は、中途半端なところで言葉を濁した。なんかモヤモヤするなと思いながら、促されるがままに輪の前へ行く。
輪をくぐろうとした瞬間、ふいにあることに気がついた ……これ、もしかしてシュシュートが出てくるんじゃ無い? 慌てて踏み出した右足を引っ込める。
思い返せば、陽の輪から出てきたのは薬草園でよく遊んでいた蝶だったし、風の石は杖結びの時に見た、グラーレの翼型だった。
水と陰と月はよく分からなかったけど、土はポメラとルディーだ。つまり、輪からは私に関係しているものが現れる可能性が高い。
火で私に1番関係していると言えば、仲良しだった炎のシュシュートだろう。
悪戯好きのシュシュートのことだ。この晴れ舞台では、気合を入れていつも真似をしていたアルトレックスの形で出てくるに決まっている。
まずい。これは、かなりまずい。背中にツツゥーッと冷や汗が伝った。
このままだと、よりにもよってご本人の目の前に、あの生まれたまんまの姿のミニアルトレックスが出現してしまう。炎でできているので、若干輪郭が揺らめいているとはいえ、私が思わず赤面するほどのクオリティーはある。
そんなものがもしこの火の輪からぶわりと出現しようものなら、この先一生私は変態のレッテルを貼られてしまうだろう。アルトレックス様にも何と思われるか……。どうしよう。最後にして最大級のピンチだ。誰が助けてっ!
「ん? ミアーレア嬢、どうしたのだ?」
アルトレックス様は少しかがんで、輪の前で立ち竦む私を覗き込んだ。目線が私と同じ高さに来たことで、その瞳がよく見える。紅い瞳は心配そうに揺れていた。曇りのないアルトレックス様の瞳に、私の中の罪悪感がむくむくと膨れ上がる。
アルトレックス様は、二回も杖結びに付き合ってくれたし、森では体を張って魔と戦ってくれた。
なのに私は、そんなアルトレックス様を便利なライト扱いして、わざとじゃないにしても燭台のモチーフにしてしまった。そして今は、シュシュートのことを隠そうとしている。沢山お世話になってるのに、自分はなんて薄情なんだろう。
「あ、いえ、申し訳ありません。少し考え事をしていたのです」
「そうか、ならば良いのだが」
アルトレックス様に笑顔で返事を返しながら、もうコソコソ隠すのはやめようと心に決める。
シュシュートを見たアルトレックス様には、きっと不快な思いをさせてしまうだろうが、誠心誠意謝ろう。そんな決意を胸に、さっき引っ込めた右足を踏み出す。
お願いします、服を着てください! 鎧とかなんでもいいので身につけてください。神様仏様精霊様、シュシュート様お願いです! どうかどうか、服を! 服を着てから出てきてくださいっ!
もちろん心の中では、必死に全ての神に呼びかけながら、ゆっくりと輪を跨いだ。
ゴウッ!
「ひえっ!?」
轟音とともに、輪の左右から炎が吹き出した。サーカスで火の輪くぐりをするライオンも、尻尾を巻いて逃げだすほどの勢いだ。炎が生み出す熱風が両側から迫り、呼吸するだけで喉が焼けそうになる。
左右の炎は、輪を包むように全体に燃え広がっていく。あっという間に私の足元にも迫ってきた。ひぃー! 焼死するっ!? 必死で足を動かし、輪を潜り抜ける。数歩前に進むと、板を持ったまま床に膝をつき、ペタリとその場に蹲った。
顔を後ろに向けて、炎が迫ってきていないか確認する。ちょうどルディーがピョンとジャンプして、炎がゴーゴーと吹き出す恐ろしい輪を軽やかにくぐっていた。わぉっ。
私とルディーが輪を通り抜けると、輪の全体に燃え広がっていた炎は輪の天辺に集まり、一塊に収束した。大きな炎の形になり、ゆらゆらと揺れる。
「 ……シュシュート?」
何となくそう思って呼びかけると、炎はより一層大きく揺れた。
「シュシュート! 戻ってきてくれたんだね! また会えて嬉しい」
さっきまでは、裸のアルトレックス型シュシュートが出てきたらどうしようと散々不安だったが、会えると嬉しい。冬呼びにゴックンされて、突然のお別れとなってしまった心残りが、ふわりと溶けた。
シュシュートは、輪の天辺でググッと屈伸した後、大きくジャンプした。一回転しながら、空中でその形を等身大のアルトレックスに変える。私の横に片膝をつく格好でスタッと着地すると、床にへたり込んでいる私の右頬に優しくキスをした。
ふふっ、大きさは全然違うけど、冬呼びの時にミニアルトレックスでしたことと、同じことをしてくれてるんだ。本人だよ! という粋なアピールに、自然と頬が緩む。
因みに、今回のシュシュートはちゃんと鎧を着ていた。私の祈りは届いたようだ。神よ、感謝いたします! 私の体裁は保たれた。
またシュシュートに会えた嬉しさと、尊厳死を免れた満足で、アルトレックス型シュシュートを見つめる。シュシュートは、スクッと立ち上がると、大きくバック転をした。着地することなく、炎を散らすようにして、宙に消える。
「相変わらず、キザなやつだな」
いつの間にか足元にいたルディーが、ベッと小さな舌を出しながら言った。
「ふふっ、かっこいいでしょ?」
そんなルディーに満面の笑顔を返しながら、立ち上がる。前を向くとアルトレックス様と目があった。
「いや、何と言ったら良いのか……。とにかく、これを受け取ってくれ」
シュシュートに会えた興奮で頬を赤らめた私に、なぜか私以上に赤い顔をしたアルトレックス様が、気まずそうに大きな石を手渡す。
「ありがとう存じます」
板を差し出し受け取ると、真っ赤な炎の形だった。
「フォーティアーノの揺らめきに魅せられた我々の、……ふぅ。ミアーレア嬢、南の講義で待っている」
視線を泳がせながらモゴモゴと話していたアルトレックス様は、途中で言葉を切る。一息つくと、真っ直ぐに私を見ながら、はっきりとした口調で待っていると言った。アルトレックス様に見つめられて、さっきの場面を思い出す。
「はっ、はい! あの、大変、申し訳ございません!」
かなり恥ずかしいことをしていたと、時間差で気付いた。どんな炎よりも真っ赤に頬を染めた私は、ギクシャク歩きで逃げるようにその場を立ち去ったのだった。
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