七冠くぐりの儀と月の輪
「レオルフェスティーノ様、先程はありがとう存じます」
おずおずと月の輪の前に行き、レオ様にさっきの助言…… 助言、だったよね? うん、多分、助言のお礼を述べる。
「全く、素晴らしいな」
「はっはい!? 勿体無いお言葉で、ございます?」
なんか褒められたぁ!? 全く身に覚えがないんですけどっ!?
腕を組み月の輪の横に立つレオ様からは、まさかの称賛が返ってきた。嫌味と命令以外の言葉をかけられるなんて、すごくレアな気がする。つい、驚きで声が裏返ってしまった。
喜ぶところなのかもしれないが、全くそんな気にはなれない。なぜならば、目の前に立つレオ様は、いつもと変わらない蔑むような目つきで私を見下ろしているからだ。
怖すぎる。そして、言葉と態度のギャップが凄まじい。……もしかしてこれ、新手の罠かな?
「謙遜する必要はない。其方の神をも貶めることへの忌避の無さは、もはや感嘆に値する。神聖な儀式の間を2度も破壊するとは、前例がないことだ」
はい、やっぱり罠でした! ただの、物凄い皮肉でした! うん、知ってた。いつもと違う方向からの攻撃に、ちょっとびっくりしただけ。嫌がらせのレパートリーの多さに、こちらこそ感嘆です!
レオ様は、私が聖堂をめちゃめちゃにしたことに、かなりご立腹のようだ。
そりゃそうか。教会を壊されたどこかの国の信者が暴徒化したなんて、前世のニュースでも見たことがある。
貴族は精霊と精霊を作った神への信仰が厚いようだし、わざとじゃ無いにしても、私がしてしまったことは完全な冒涜行為だろう。宗教観ゆるゆるの日本人には理解しにくい、かなりナーバスな問題だ。
聖堂修理費の法外な請求書は、本当に覚悟しておいた方がいいかも……。借金生活を想像し、生唾を飲み込む。セルーニに、節約料理をお願いしようと決めた。
「大変申し訳ございません。ですが、決して故意ではございません。神事の場をこのようなーー」
「口を閉じろ。さっさと輪へ進め」
「はっ、はいぃっ!」
謝罪の言葉すら、最後まで言わせてもらえなかった。さっきの土の講師が優しかっただけに、レオ様の無慈悲な態度が余計辛い。
急いで月の輪の前に立つ。監視するように私を見る蒼い瞳にビクビクしながら、輪をくぐった。陰の時よりももっと微かに、ほんのちょびっとだけ輪が光る。そして、すぐに消えた。
ふぅ、何事もなく終わってよかった。
また根っこウニョウニョ大発生が起こって、3度目の聖堂破壊をしてしまったら、今度こそレオ様に首をはねられていたかもしれない。無意識に自分の首を触った。うん、まだちゃんとある。良かった。
一安心して振り返る。なんの反応も無くなった輪の横に立つレオ様は、輪と同じく無反応だった。
「 ……。」
沈默が辛い。なんで何も言わないんだろう。
レオ様は腕を組んだまま指先だけを動かし、タカタン、タカタンと楽しくないリズムをとった。あれ、執務室でもよくやっていたやつだ。考えるときの癖なんだろうな。
「 ……。」
いつもより距離が近い分、不機嫌オーラがビシバシと肌に突き刺さって痛い。
チラリと視線を動かしたレオ様は、持っているカゴの中を確認すると、眉間のシワを深めた。だが、何かを言う気配はない。
レオ様は、いったいなに待ちなのでしょうか? 何もないのでしたら、もう次の輪に行ってもいいですか? 口から飛び出すことの出来ない本音が、私の胃の中でグルグルと回る。胃壁が削られウッとなった。
「勿体ぶらずに、早く渡せば?」
足元から急に聞こえた声に、ビクリとする。下を見ると、ルディーがしらけた表情でレオ様を見あげていた。あっ、そうだった。ルディーがいたんだった。すっかり忘れてた。
そして、ルディーの言葉で今の状況を理解する。なるほどね、レオ様は私に石を渡すのが嫌で、出し渋っているのか。
「 ……口外を、禁じる」
やっと口を開いたレオ様は、私ではなくルディーをギロリと睨む。口外って石のこと?
「レオ、僕に命令出来るとでも?」
私だったら一発KOの目力攻撃だが、ルディーはどこ吹く風だ。耳を倒し、煩いよアピールをしはじめた。
うーん、さすがは守りの土持ち。ピラフィティーリの悪戯には弱いが、防御力は高い。
「 ……契約だ」
「そんな面倒なことをしなくとも、お得意の影で隠せばいいじゃないか」
「それでは足りぬ。重要なのは、板の上ではなく、渡されていないことだ」
「ふーん、まぁそれもそうか。でも、僕は興味ないね」
「ふむ。嘆かわしいことに、祖父上はここの管轄をご存知ないようだな」
「はぁー。君は嫌なやり方をするね」
「さようであるか。昔、それはそれは丁寧にこのやり方をご教授してくださった方がいたのだ。勿論、其方は預かり知らぬところであろう」
「何か勘違いしているようだけど、あいつが勝手にやった事に、僕が責任を取る必要なんてあるのかな?」
「なるほど。主の意に介さぬ働きをすることが領主側近の勤めとは、誠に存じ上げなかった。さて、今回の祭事における責任者は誰で合ったか」
「 ……レオ、止まる枝を決めた僕の制約は思いの外多い。これは、今回限りだ」
ルディーは鼻にシワを寄せながら低い声でそう言った。レオ様は、そんなルディーをチラリと確認した後、右手をサッとカゴに入れる。何かを掴み、小さな動作で放り投げた。
小さな小さな銀色の石が、放物線を描きながらこちらへ向かってくる。
突然のことに驚き、慌てて一歩前に踏み出した。キャッチしようと手を伸ばす前に、足元から飛び出してきたルディーが、目の前をヒュンッと通り過ぎる。すれ違い様に、飛んできた石を空中でパクリと食べた。少し遅れてゴックンと、飲み込んだ音が響く。
「えっ? 石、食べちゃった!?」
喉を鳴らし、ぺろりと小さな舌で口元を舐めたルディーを確認したレオ様は、サッと杖を取り出した。
「カタラ ティージア プロス シューコマーニィ アニスト ティーミアス…… 」
早口で次々と呪文を唱える。
ズズズズズ…………
真っ黒な霧がレオ様の、周りに立ち上った。
ひゃーーー!? もはや、召喚された悪魔にしか見えないっ! お願いです、今すぐ魔界に帰ってください。引きつった笑みで願っていると、ぶわりと強い風が吹き、レオ様の周りの黒い霧が聖堂中に広がった。
「はぅっ!」
つい目を瞑る。体に悪そうな霧を吸い込まないように、息も止めた。少しして風が止んでから、恐る恐る目を開く。
「えぇ!?」
目の前には、全く元どおりになった聖堂があった。崩壊して見る影もなくなっていた壁の彫刻達は見事に復活し、ガタガタでボロボロの床はまっさらで傷一つない。この数秒で、なにが起こったの!? 目の前の光景が信じられない。
「行け、このことは口外を禁ずる。あぁ、命を惜しまぬのならば、好きにすれば良い」
「はいぃっ! 承知いたしました!」
呆気にとられていると、レオ様からデフォルトになった脅し文句を受けた。シャキシャキと返事をする。逃げるようにその場を去った。
元どおりになった赤い絨毯の上を進む。ルディーもテトテトとついてきた。
さっき2人が話していた契約云々のこと、すごく聞きたい。石を私に渡さない代わりに、レオ様が聖堂を修理したってこと? なんのために、そんなことしたんだろう? でも、今聞いても教えてくれないんだろうな……。今度、ルディーの機嫌の良い時に聞いてみよう。
湧き上がってきた疑問を、既にギュウギュウの後で考える用ボックスに、無理やり詰め込む。不意に、まだレオ様が恐ろしい視線でこっちを見ている気がした。不穏な妄想にブルリと震え、背中にピリピリと嫌な気配を感じながら、私は早足で次の輪へと進んだのだった。
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