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七冠くぐりの儀と土の輪



「陰の精霊の石…… なんか凄く縁起が悪そうなんだけど、貰ったらアウトとかじゃないよね?」



 不穏な考えが頭に過ぎったが、取り敢えず後で考えるボックスにポイした。うん、帰ったらロンルカストに聞いてみよう。


 前に進み、次の土の輪の前へいく。

 小柄な女性が立っていた。丸顔でニコニコとしている。朗らかな様子に、力が抜ける。陰の講師の印象が悪すぎた効果もあるかもれないが、土の講師は今までで1番親しみが持てた。

 陽のふんわり美人、風の切ない系男子、水のクール美女と、綺麗どころが続いた先にいた、陰の不気味みなおじさま。なかなかのインパクト、かつ不意打ちだった。

 


「どうぞ、お進みになって」



 土の講師はそう言いながら、輪の方へ体を向けた。動きに合わせて外ハネボブの赤みを帯びた黄色の髪が、ピョコピョコと揺れている。

 この人の講義なら受けてみたいな。そう思いながら、右足を踏みだし、輪を跨いだ。



 ズルズルズルズル…………



 盛大な地響きとともに、輪から無数の根が伸びる。ウネウネと這うように床に広がり、あっという間に元の床が見えなくなった。

 床を埋め尽くし行き場のなくなった根は、突き当たった壁を垂直に登り始める。



「はわっ!?」



 その間も、輪からは新たな根が次々と伸び、這いずり回っていた。先に伸びた根を覆い尽し、その高さを増やしていく。

 聖堂が根に埋め尽くされ、左右上下から押しつぶされた自分が、圧迫死する未来が見えた。



「愚か者がっ! 何のための足だ! 即刻、輪から離れろ!」



 ジャングル化していく光景に目を白黒させていた私の鼓膜に、聞き覚えのある冷たい声が突き刺ささる。



「はいぃ! も、申し訳ありませんっ!」



 反射的に返事をした。なんでレオ様の幻聴が聞こえたかなんて考えている余裕はない。膝まで根に埋もれている左足を、無理やりズボッと引き抜く。

 大量の根を発生させ続けている輪は肥大化し、どこが元の輪の境界線か変わらなかった。先に輪を超えた右足の先を見ながら、限界まで大きく一歩を踏み出し、輪をくぐった。



 不穏に響いていた地響きが、ピタリと止んだ。聖堂内は静寂に包まれる。

 壁を見ると、うねりながら占拠面積を増やしていた大量の根は、あと少しでステンドグラスに到達するという間際で、その動きを止めていた。

 2度目の窓パリンを免れ、ふぅっと一息つく。自然と目に入ってきた私の右足は、太ももの半分程まで根に埋もれていた。



 あ、危なかったぁ! あと少し遅かったら、完全に動けなくなってたよ!



 心の中で叫んでいると、パンっと音が鳴り、唐突に根が弾ける。クラッカーのように、花弁が勢いよく飛び出した。ポメラだ。

 ポメラたちは風のない聖堂中をクルクルと舞い踊る。甘く芳醇な香りが広がった。

 無数のポメラで前が見えない。だが、ポメラの色は徐々に薄くなり、ついには全ての花弁が目の前から消えた。

 視界が復活する。土の輪は、あれだけの惨事を起こしたというのに、まるで何事もなかったかのようにスンっと自立していた。

 あれ? 輪の天辺に、なんか黒い毛玉が乗っかっている? 不思議に思いながら見つめていると、その毛玉はパカリと赤い口を開いた。



「くわぁーぁ…… 神聖なお昼寝を邪魔するなんて、酷いじゃないか」


 

 赤い口からは、張り詰めた雰囲気に、まるで似つかわしくない欠伸と文句が漏れた。続いて金色の二つの瞳が出現し、シパシパと瞬く。



「えっ、あ、ルディー?」


「うーん? ミアは、僕以外の黒猫に知り合いがいるんだ?」


「いや、いないけど……」


「そう? じゃぁ、これは僕だろうね」


「あら、まぁまぁ。御機嫌よう、エーダフィオンの恵みが紡ぐ御縁に感謝を」


「……公式な場への呼び出しならば、先ぶれくらい出すのが礼儀じゃないのかな」


「思慮が足りず、申し訳ございませんわ。まさか使い魔がおられるとは、わたくし存じませんでしたの。次回からは、必ずご用意致しますので、今回はお許しくださいませ」



 土の講師はコロコロと笑いながら謝罪をした。ルディーの嫌味に動じないなんて、小柄だが心の器が大きい。

 その器、ルディーと顔を合わせれば喧嘩ばかりしているレオ様にも、少し分けてあげてくれないだろうか。


 ルディーはつまらなそうに尻尾で輪をペシっとすると、立ち上がりジャンプした。シュタッとしなやかに床に着地して、テトテトと私の元へ来た。

 気分屋さんは、土の講師に返事をする気は無さそうだ。そういうところだと思うよ、ルディー。



「うふふっ。それにしても、随分と元気な蔓を伸ばしたようですわね」



 土の講師は、失礼なルディーに気分を害した様子もなく、そう言って周りを見渡す。私もつられて、ルディーを見ていて下がっていた視線をあげた。



「あ…… 」



 床や壁を埋め尽くしていた無数の根は、綺麗さっぱり無くなっていた。だが、本来植物が育つべきではない場所に、無理やり根を張った後遺症は至る所に残っている。被害は甚大だ。

 傷一つなかった床は崩壊してガタガタ。真っ白で美しい彫刻が施されていた壁は、崩壊して見る影もない。



 遠くの方で女の子が、ペタンと床に座っているのが見えた。どうやら腰を抜かしたようだ。

 あ、あの子、私の前に並んでたお洒落髪女子だ。ちょうど儀式を終えて、Uターンしてきてたんだね。驚かせて、本当にごめんなさい。

 お洒落髪女子は、近くにいた紫紺髪の騎士に支えられながら、何とか立ち上がると、扉に向かってヨロヨロと歩いていく。あれ? あの騎士、アルトレックスじゃない?

 


「これを貴方に差し上げますわ。春の講義では、たっぷりと恵みを用意してお待ちしておりますわね。うふふっ、先ぶれもお出しした方が宜しいかしら?」



 土の講師は石を差し出しながら、オレンジにも近い赤みのかかった黄色い瞳で私とルディーを交互に見た。



「僕は行かないよ。必要ないからね」


「あらあら、残念ですわ。でわ、彼女の廻りを離れ、共に同じ時を過ごす豊かさに感謝を」



 プイっとそっぽを向いたルディーに、土の講師は名残惜しそうに言葉をかける。



「あの、申し訳ありません。ありがとう存じます、謹んで頂戴します」



 最後までにこやかな土の講師から石を受け取った。琥珀色の大きな石は、ポメラの形をしている。

 根による圧迫死は免れたが、ルディーの失礼な態度に申し訳無さで心が押しつぶされそうになりながら、私は土の講師の元を離れたのだった。



 




 ガタガタの絨毯の上を進む。ルディーもテトテトとついてきた。

 ガラガラと壁の一部が小さく崩れる音が聞こえ、うっ、、となる。弁償とか言われたらどうしよう。土の講師は何も言わなかったけど、薬屋でも新しい調剤道具の精算は後出しだった。


 どう考えても巨額の建設費用だったであろう聖堂だ。宗教的な縛りでバフもかかりまくっているかもしれない。地鎮祭とか、建設前の祭典費用とか……。

 途方もない請求額を想像し、胃がキリキリとしてきた。今度は請求書の山に押しつぶされるのだろうか。

 大量の根と、土の講師への申し訳無さにはなんとか耐えられた私の心だが、さすがに金銭問題はどうにもならないかもしれない。

 帰ったらロンルカストに相談しよう。後で考えるボックスは、もうパンパンだ。そんなことを思いながら、次の輪に近づく。







 月の講師はどんな人だろう。お腹を摩りながら気持ちを切り替え、輪の横に立つ人の姿を確認する。心臓がヒュンッと縮み上がった。



 なな、なんでレオ様がいるのっ!!?



 月の輪の横には、まさかのレオ様が立っていた。顔をしかめ酷く嫌そうな表情だ。いや、いつも不機嫌なんだけど、いつもよりもずっとずっと険しい顔をしている。

 領主一族の立場なのに、なんで講師の立ち位置にいるのか。さっきのレオ様の声は、幻聴ではなく本物だったのか。

 パニックという本日4度目の圧迫に押しつぶされそうになった私の心は、いつもより更に温度の低い氷点下の視線を受けて、ついにピシリと凍りついたのだった。




 お読みいただき、ありがとうございます。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 輪くぐりが予想以上に面白いです 他の子は根っこに巻き込まれなかったのかしら そして。。レオ様は小さいのじゃなかった
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