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七冠くぐりの儀と風水陰の輪



 美人に当てられ赤らんだ頬を冷ましながら赤い絨毯の上を進む。次の輪の前に着いた。

 2つ目は、風の精霊との相性確認だ。輪の側には、細身の男性が少し疲れた表情で立っていた。

 今度は、気を抜かないようにしよう! 平常心、平常心……。一発目の反省を生かし、暗示のように自分に言い聞かせる。


 大丈夫、何があっても冷静に。貴族の品位、持った。動じない心、持った。忘れ物無しです、先生。うん。よし、行こうっ!


 最終確認を終え、気合を入れた後、片足を踏み出し輪を跨ぐ。輪を中心に突風が巻き起こった。


 ひぃぃっ!?


 まるで、耳元に掃除機の吸い込み口を当てられているかのような恐怖だ。鼓膜に響く轟音と振動にぞわぞわして鳥肌が立つ。思わず叫びたくなったが、板を持つ手にググッと力を込めることで、喉までせり上がっていた悲鳴をなんとか飲み込んだ。

 唇を噛みながら、必死に冷静なフリをする。もう片方の足を無理やり動かし、輪を潜り抜けた。

 


「はぁっ、はぁー」



 ほんの数歩の移動だが、全然違う。近距離での騒音と突風から解放されて、大分楽になった。

 一息ついて振り返る。蛇のように輪に絡みつき、唸り声をあげて渦巻いていた突風が、スルリと輪から離れた。小さな竜巻となり、上へ上へと上っていく。



 パリンッ!



「あ…… 」



 窓を突き抜けて、空へと帰っていく竜巻を、ポカンと見上げた。遅れてステンドグラスの破片が、天井から落ちてくる。


 ガシャガシャ、ガシャンッーー!


 ガラスが割れ、破片が散らばる硬質な音が聖堂中に響き渡った。無意識に首をすくめたことで、意識がハッと現実に戻る。


 どどど、どうしようっ!? 神聖な大聖堂の一部を壊してしまった。これって、神と精霊への冒涜(ぼうとく)!?


 ヘラの暴走事件で家の窓を壊し、ロンルカストに怒られた時の比ではない。完全なやらかしだ。バクバクと心臓が早打ちをし始める。

 どうしたら……えっと、えーっと、とにかく、謝る!? 今すぐ領主一族の元へ走って、土下座した方がいいの!?


 パニックになりながら青ざめていると、ぽふんと誰かの手が肩に置かれた。腕を辿り、上を向く。長めの前髪の間から覗く、優しい瞳と目があった。



「君は確か…… そう、フィエスリント家のミアーレア、だったかな?」


「あっ、は、はい! あのっ、すみません! これは、私、わざとじゃなくて! その、窓は弁償致しますので、どうかーー」


「大丈夫。ほら、見ていてごらん」



 そう言うと、肩から左手を離し私の頭に乗せた。子どもをあやすように髪を数回撫でる。私が落ち着いたのを確認すると、今度は空いている右手に杖を出した。



「カタラ ティージア」



 静かに呪文を唱えスイと杖を振る。杖の動きに合わせ、床に散らばったガラス片が上へ飛んでいった。

 色ガラスは窓枠にはまると、パキパキと硬い音を鳴らし、まるで動画の逆再生のように修復する。あっという間に大聖堂の天井は、元の一枚の美しいステンドグラスへと戻った。



「あっ…… 良かった……」



 どっと力が抜ける。安心しすぎてジワリと涙が出てきた。

 サルト先輩に比べてずっと暗い色の緑髪を揺らした男性は、フッと杖を消すとその手をカゴに入れ、大きな黄緑色の石を取り出す。  



「これを貴方に。アエラスティウスの運ぶ喜びに感謝を」


 私が差し出した板の上にコトリと置かれた石は、不思議な形をしていた。なんだろう、翼? あ、グラーレから生えた翼に似てるかも。



「……そうですね。貴方が、彼らの自由な羽ばたきに触れたいと願うのならば、私は南の講義で待っています」



 そう言うと、緑髪男性は透けてしまいそうなほど薄い緑色の目を細めた。寂しくて泣いているような笑顔だった。

 緊張から解放されたはずの心臓が、再びバクバクと音をたてはじめる。あれ? なんだろう、おかしいな。突風は飛んで行ったはずなのに、胸の中だけがさざめいている。体の中がギュッと苦しくて、顔もまた熱くなってきた。



「あ、ありがとう、存じます」



 鼓動が早まった理由が分からず混乱する私は、優しく細められた瞳を直視することができず、キッチリとボタンが留められた首元を見ながら、細切れのお礼を述べるのが精一杯だった。







 そそくさと逃げるように、風の講師の元から離れる。



「ふぅーふぅ……。 簡単な儀式って言ってたのに、ロンルカストの嘘つき! もう心臓が持たないよ」



 まだ心臓の音は荒いが、文句を言いながら3つ目の輪の前へ進んだ。今度は水の精霊との相性確認だ。

 輪の横には、真っ直ぐな水色の長い髪をストンと腰まで下ろした女性が立っていた。切れ長の瞳と長い睫毛。凛としたクールな雰囲気が、高嶺の花感を演出している。身長も高くて、振袖を着たらお人形さんみたいなりそうだ。

 そんなクール美人にジッと見つめられ、自然と背筋がピッとなる。クール美人は私から視線をはずさず、スススと掌だけを動かし、輪の中へ進むよう促した。


 もう何があっても、動揺しない! 洪水が起きたって上品ぶって潜り抜けてやる! 陽と風の輪くぐりで、緊張と弛緩を繰り返し、テンションのおかしくなっている私は、戦場に赴く女戦士の気分で輪に向かった。



 ポチャンーーーー。



 片足を踏み出し輪を跨ぐと、一雫の水滴が頭の天辺に落ちる。



「あっ、冷たいっ」



 水滴は、当たり前のように体の中へ染み込むと、熱くなっていた私の頭と、興奮気味の心を冷やした。

 最後に胸の中の池にストンと落ち、波紋が広がる。理由の分からない風に吹かれ、ザワザワと波打っていた水面には穏やかさが戻った。


 とても静かで、心地良い感覚に包まれる。不思議と焦りや不安も消えた。サラサラと耳障りの良い音が聞こえ、横を向くと、輪の表面に水が流れはじめていた。

 水流は重力に逆らい輪の上方へ駆け上がると、スルリと下へ落ちる。落ちた後は螺旋状に輪に絡みついたかと思えば、再び輪の輪郭を辿りグルグルと回った。まるで、遊んでいるみたいだ。


 ゆっくりともう片方の足を動かし、輪を潜り抜ける。水流は、名残惜しそうに輪の天辺まで上がると、最後に大きくジャンプをした。水しぶきが上がり虹がかかる。

 一瞬懐かしい香がした気がする。んー、なんの匂いだったんだろう? 虹が消えるのを見つめながら、考えるも分からなかった。



「大変、宜しくてよ。オケアノードルの悲嘆にくれた涙に最後の輝きを祈り、これを貴方に授けます」



 考えにふけっていると、クール美人から大きな水色の石を差し出された。



「あ、ありがとう存じます。」



 板を顔の高さまで持ち上げ、恭しく石を受け取る。とても歪な形だった。全くなんの形か分からない。丸みを帯びた二等辺三角形のなり損ない? でも、先端の角が凸みたいになってるから、三角形じゃないか。

 


「わたくし、香り高くも麗しい彼女の流れを受ける機会を逃すことほど、浅短なことはないと思いますの」



 クール美人は、最後にそう言うとにっこり微笑んだ。



「は、はい」



 美人の笑顔には、威圧効果があることを知る。私は引きつった笑顔で言葉を返したのだった。

 






 赤い絨毯の上を進む。次は陰の精霊との相性確認だ。

 輪のそばに行くと、黒に近いグレーヘアーのひょろりとした男性が立っていた。20代に見えた前の3人の講師に比べると壮年だ。50代くらい? 男性は、枯れ木のような手をぱっぱっと雑に振り、輪をくぐるよう示す。


 水の輪のお陰で気持ちが落ち着いた私は、今日一の冷静さで足を踏み出した。さっきのやけっぱちとは違う。本当に、何が起きても大丈夫。どんとこい気分で輪を跨いだ。 ……あれ? 何も起こらない? 


 なんだ、気合を入れて損した気分だ。ホッとして輪を通り抜ける。ほんの微かに輪が光り、すぐに消えた。一瞬だが、ふわっとヒーターをつけたような暖かさも感じた。



「ふむ、なるほど」


「はい?」


「君は、それを望むか?」


「えっと、すみません。それとは、その――」


「そうか、怖いか。まぁ、とても珍しいことだが、果たして喜ばしいとは限らない」


「あの、どういう意味でしょうか? 私、全くお話が分からなくて――」



 質問の意味がわからず混乱していると、ひょろりとした黒髪男性は、グイと顔を近づけて私の板を覗き込んだ。

 受け取ったばかりの3つの石を確認すると、顔の角度を変え、私を見る。真っ黒で底の無い瞳と目が合い、ぞくりとした。

 私を見ているようで、見ていない。何を考えているのかも、全く分からない瞳だった。焦点の合わない冬呼びの瞳孔を思い出す。 ……この人も口が裂けたりなんて、しないよね?

 あらぬ妄想をして固まっていると、黒髪男性が口を開く。



「君は私に、どういう意味かと聞いたな。知らないことは罪なのか、知ろうとすることが罪なのか。だが、君が知りたいと望むのならば、私はその門を開こう。……あぁ、忘れていた。スコダーティオの影を掴む勇気を君に」



 一息にそう言うと、黒髪男性は拳を突き出す。落としてしまわないよう、板を差し出し慎重に受け取った。

 石は小指の爪ほどの大きさで、これ以上ないほどの黒さをしていた。


 ……これ、受け取って、良かったのかな?


 キラキラと輝く他の3つと違い、小ささとはかけ離れた不穏な輝きを放つ小石に得体の知れない不安を感じた私は、一人ぶるりと震えたのだった。



 お読みいただきありがとうございます。


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