七冠くぐりの儀式と陽の輪
ガコンッ、ギギッ キギーー
遠くから、重い扉が開く音がした。ゾロゾロと列が前に向かって歩き始める。列の両脇にいる子ども達の付き人とは、ここでお別れらしい。その場から動かず、見送っている。
「いってらっしゃいませ」
私の前に並ぶ女の子が歩き出したのを確認したロンルカストも、大きく頷くと笑顔で見送ってくれた。ふぅっと息をつき、前に進む。
列の長さからして私の順番はまだ先だが、遠くに見える扉の向こう側では、七冠くぐりの儀式が始まったようだ。一人ずつ扉の中へ入っていく。
ロンルカスト曰く、儀式と言ってもとても簡単なものらしい。ザッと説明を聞いた感じだと、扉を抜けたらとにかく赤い絨毯の上を真っ直ぐに歩いて、最後に領主一族に挨拶をすればいいっぽい。
廊下の左側に寄り、前の子に続いてゆっくりと歩く。大人しく順番を待っていると、今度は扉の向こうから子供たちがでてきた。ゾロゾロとこちらに向かってやって来る。
どうやら、儀式を終えたようだ。さっき、列が動き出したばかりなのに、割とすぐに終わるんだね。
子ども達は、私の右側を通り過ぎて行く。
あ! あれが、ロンルカストが言っていた印かぁ。
精霊との相性が良い場合は、春の講義を受け持つ其々の講師から、色のついた石を印として貰えるそうだ。
皆んな、赤い布を張った薄い板を床と並行にして持ち、その上に宝石を乗せていた。
すれ違う子たちが持つ板を、チラチラと横目で見る。板の上の宝石は、1個だけの子もいれば、複数の子もいる。大きさや形も人によって違った。
細かいことは分からないけれど、石がもらえたら合格判定ゲットみたいなことかな。ふむふむと一人で納得した。
皆んな大事そうに板を持ち、さっきまでのお澄まし顔と違って、子どもらしい笑顔で付き人のもとへ戻っていった。迎え入れる付き人の顔も晴れやかだ。
そんな喜びムード満点の中、私はというと、友達大作戦が失敗して意気消沈している。なんだかもう、儀式も終わった気分だ。
だって、あとは前に歩いて最後にお偉方に挨拶して終わりでしょ? やる気も低下して自然と俯いてしまう。
下を向いてトボトボと歩いていると、危うく前を歩く女の子とぶつかりそうになった。
「おっとっと……」
急ブレーキして、難を逃れる。良かった、前の子の背中にゴッツんこしそうになったことは、周りにバレてなさそうだ。
もう少し距離を取ろうと、顔を上げて前の女の子を見る。長い髪が、列のゆっくりとした歩みに合わせてサラサラと揺れていた。ブラウン髪の毛先にピンクメッシュが入った、なんともお洒落な髪色だった。
ブラウンとピンク。あ、ロンルカストとセルーニの瞳の色だ。
そう思った時、ついさっき私を勇気づけるように大きく頷いてくれたロンルカストと、笑顔で玄関から送り出してくれたセルーニの、2人の姿が頭に浮かんだ。
杖結びで、血を吐きながらも杖を得るための木を魔から守ってくれたロンルカスト。儀式が失敗して杖無しになりかけた時も、貴族になるための細い細い糸を掴むため、資料集めに奔走してくれた。
セルーニは、私の杖結びの成功をまるで自分のことのように喜んで、ご馳走を用意してくれた。一回目が失敗した後も、貴族として認められると信じて、時を止める魔術具を使ってまでお料理を保管してくれていた。
最後に、面倒くさそうに私を見つめる金色の瞳が見えた。
ミアはどうしたいの? また、自分の道を忘れちゃった? ルディーの声が頭に響く。緩んでいた頬を、バシリと叩かれた気がした。
……そうだ。私、立派な貴族になるって2人に約束したんだ。落ち込んでいないで、ちゃんとしなきゃ!
やっと、本来の目的を思い出した私は、丸まっていた背筋を伸ばし、前を向く。
曇っていた目を覚ましてくれた、目の前のお洒落女子のサラサラヘアーに、手を合わせ深く感謝を捧げた。
いつの間にか列は進み、扉は目の前に来ていた。お洒落髪女子が、鼻先をツンと上に向けながら、扉の中へ進んでいく。私の順番が来た。
「フィエスリント、ミアーレアです」
「フィエスリント家 ミアーレア様ですね…… 確認致しました。どうぞ七冠くぐりの儀式へ、お進みください」
名前を告げて神経質そうな女性から板を受け取る。扉の奥へ進んだ。
「うわぁっ、すごい!」
中に入ると、つい声が漏れた。
そこは大聖堂だった。とても広く、真っ白な壁一面には神々やら精霊やらの彫刻がびっしりと刻まれている。立ち並ぶ柱には、グルグルと蔓が巻きついたデザインが施され、それぞれ不思議な形の花で装飾されていた。
高い位置にある窓は、繊細なステンドグラスで、まるで万華鏡のようだ。いつかのテレビで見た、ノートルダム大聖堂の薔薇窓に似ている。色ガラスを通して差し込む太陽の光が、穏やかにキラキラと聖堂の中に溢れていた。
大聖堂の荘厳な雰囲気に圧倒され、扉の前で立ちすくんでいると、儀式を終えたらしい男の子がUターンして戻ってきた。私よりも3、4人くらい前に並んでいた子だ。そう思っていると、男の子は私を見て顔を顰めた。
「あ、ご、ごめんなさい」
扉の前で、通せんぼをしてしまっていた。
男の子が部屋から出られるよう、数歩進み、扉の前にスペースを作った。
前を見る。扉からは真っ直ぐに赤い絨毯が敷かれ、その上には直径2メートルはありそうな大きなフラフープが自立していた。
なんの支えもないのに、なんであの輪っかが立っていられるのか、不思議すぎる。床に強靭な根っこでも生やしているのだろうか。
輪は2、3メートルおきの等間隔に7個並び、各輪の近くには、大きな籠を持った貴族が一人ずつ立っていた。
ロンルカストの説明を思い出す。この輪が、7柱の精霊との相性を確認する魔術具で、側に立つ貴族はその講義を受け持つ講師らしい。
1番奥の輪の更に奥には、領主一族が横並びで高そうな椅子に座っていた。
恐っ! 貴族がズラリと並んでいると威圧感がすごい。ただ、遠目ではっきりとは分からないが、レオ様は居ないようだ。ちょっとホッとする。
あ、ディーフェニーラ様だ! 目があうと、軽く首を傾げ微笑んでくれた。右手で板を持っているので、左手だけスカートの端っこを軽く摘み、ペコリとお辞儀を返す。
「ふぅー、よしっ!」
気合を入れ直し、赤い絨毯の上を進む。
ええっと最初は確か、陽の精霊との相性確認だったよね。
輪の前に着く。ふんわりウェーブのかかった金髪をゆるく纏めた女性が、輪の横に立っていた。
うわぁ、キラキラ美人! 陽の講師って感じがするっ!
「どうぞ、お進みになって」
美人なお姉さんに尻込みしていると、見た目通りの柔らかい仕草で、輪を通り抜けるように促される。
「はい!」
輪を目の前にして、なんか”大祓いの茅の輪くぐり”みたいだなと思った。年末になると、突然神社の境内に現れるあれだ。
いや、知ったかしてごめんなさい。私も通勤前に、神社で参拝するようになるまでは、全然知りませんでした。
そんなことを思いながら、片足を踏み出し輪を跨ぐ。ぶわりと輪が輝き出した。
「ひゃぃっ!?」
なにこれ、聞いてないよっ! 突然盛大に光り出した輪への戸惑いとともに、木が光ったあとに恐ろしい魔が出てきた最初の杖結び事件が、トラウマとして蘇る。恐怖の記憶とリンクして、ドバッと背中に冷や汗が出た。
溢れる眩しい光から逃げるように、急いで輪を通り抜ける。パンっという軽い破裂音が聞こえ、光が弾けた。
恐る恐る後ろを振り返る。発光がおさまった輪は、ただの自立する巨大フラフープに戻っていた。そのフラフープに、弾けて散り散りになった光のカケラが、透明な羽の蝶たちとなり、ヒラヒラと舞い降りる。
あ、薬草園の蝶だ! そう気が付き、恐怖により緊張していた体の力が抜けていく。光の偏光で羽を虹色に輝かせる蝶たちは、しばらくヒラヒラと私の周りで遊んでいたが、やがて雪が溶けるようにすぅーっと消えていった。
「ーーーーこれを貴方に贈りましょう」
掌にのせていた蝶が消えた後も、口を半開きにしたまま、自分の手を眺めていた私は、急に声をかけられてビクッとする。
しまった! 緊張が解けた安心感と、いつもの薬草園気分が相まって、ついぼぅっとしてしまった!
”ミアーレア様、貴族としての品位は如何なされましたか? まさか、私の言葉をもうお忘れですか?”
心の中で小さなロンルカストが、笑顔と早口で詰め寄ってくる。目が笑っていない。
ご、ごめんなさい! 気を抜いていましたぁっ! これ以上、地理の時間を増やさないで下さいっ!
「申し訳ございません、少々、驚いてしまって…… 」
さっきとは違う冷や汗をかきながら、顔を上に向け、声をかけてきた金髪美人を見る。
「ふふっ、そんなに緊張しなくとも大丈夫でしてよ? 大変素晴らしい祝福でしたわ。これを貴方に贈りましょう」
先程と同じ言葉を繰り返した金髪美人は、何かを差し出していた。髪と同じ金色の瞳が、真っ直ぐに私を見ている。紡ぐ言葉も柔らかく、まるで歌を歌っているようにも聞こえた。
美人に見つめられて、顔がバッと熱くなる。時間差で、印の石をくれようとしているのだと気づいた。
「あっ、ありがとう存じます」
慌てて横に抱えていた板を、前に突き出す。
「イリスフォーシアの慈悲深い導きに感謝を。わたくし、南の講義でお待ちしておりますわね」
コトリと板の上に置かれたのは、大きな金色の宝石だった。あ、蝶の形をしている。
にっこり笑顔で、講義のお誘いも受けた。後でロンルカストに言わなくちゃ。うん、口半開きの件は黙っておこう。怒られ案件をわざわざ報告するようなヘマはしない。
軽く膝を折り金髪美人に挨拶を返した私は、頭を下げ、両手で持っている板を少し上に掲げるポーズを取ることで、顔の赤みを誤魔化したのだった。




