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お貴族様の来店



「ふふーん、薬研(やげん)ー! 薬研(やげん)ー!」



 ウキウキと、片道15分程度の距離にある工房へ、スキップしながら向かう。


 先日、薬草の粉砕作業での筋肉痛をなんとかするために考えた薬研製作の許可を、ミグライン店長からもらった。別名で、薬卸しともいう。

 その日の午後、早速を注文をしたのだが、ついさっき出来上がったと発注先の工房より知らせが来たのだ。



「こんにちは、ザリックさん! 薬研、とりに来ました」


「お、来たか嬢ちゃん。そこにできてるから、持ってきな」


「はい、ありがとうございます! ……うっ、重っ!?」



 出来上がった薬研を持ち上げようとして、まさかの事実が発覚する。薬研、思ってたよりも重い。一瞬、乗っかっている台にくっついてるんじゃないかと思った。

 

 やばい、一人では持って帰れなそうだ。

 ザリックさんの苦笑に見送られながら、しょうがなく手ぶらで店へと戻る。来る時はあんなに軽かった足が重い。

 まだ夏の暑さは健在だ。ギラギラと元気な太陽のもと、無駄な一往復で、30分ウォーキングをして汗だくになった。



「作業中にすみません、サルト先輩。薬研運ぶのを、手伝って欲しいんです」


「 ……。少し待ってろ。ミグライン店長に許可をとってくる」



 もう、今日は諦めて取りに行くのは明日にしようかと思ったが、楽しみにしていた薬研にいてもたってもいられない。

 調剤部屋で薬草を刻んでいたサルト先輩にしおらしく頼みこむ。


 手のかかる後輩ですみません、先輩。

 店長の許可を得て工房まで来てくれたサルト先輩は、実は細マッチョなのか、エルフのポーカーフェイスなのか、汗一つかかずに重い薬研を薬屋まで運んでくれた。



「サルト先輩、作業中だったのに、手伝ってくれてありがとうございます」


「 ……あぁ」



 自分の調剤スペースへ戻っていく頼れる先輩の背中に深く一礼した後、サルト先輩への罪悪感と共に店へやってきた薬研の前に座り直す。


 よし! まずは確認だよね!

 ふんふん。薄い円盤状の薬研車の中央には、木の棒がしっかりと通してある。受け皿も、注文時に説明した通りV字型だ。


 うん、見た目は問題ないね。注文通りちゃんと出来てるみたい。ありがとうザリックさん!


 いかつい見た目だが、実は優しい工房長のザリックさんに感謝を捧げつつ薬草を受け皿にいれる。試運転の開始だ。

 ワクワクしながら、両手で薬研車についた軸棒の両端を持ち、前後に動かしてみた。




 ゴロゴロ



 ゴロゴロ



 ゴロゴロ




 ドキドキしながら円盤の下の薬草を、チェックする。

 

 あれ?粉砕できてない??おかしいな、ゴロゴロが足りなかったのかな?もうちょっと続けてみよう。



 ゴロゴロ



 ゴロゴロ



 ゴロゴロ




 薬草を確認する。どうしよう、やっぱりうまく粉砕できていない。


 失敗したかもしれない。ツゥーっと、冷や汗が背中を伝う。隣で作業している、サルト先輩からの視線が痛い。


 まずい。使えないものを作ったとバレる前に、なんとか改良点を探らねばならない。内心焦りながらも、何食わぬ顔で薬研車を動かす。


 ん? ここだけ出来てる??

 何故か一部だけ、ちゃんと粉砕出来ている事に気付いた。




 ゴロゴロ



 ゴロゴロ




 薬草を、確認する。




 ……!!




 ゴロゴロ



 ゴロゴロ




 もう一度、薬草を確認する。うん!きっとそうだ!




 ゴロゴロ



 ゴロゴロ




 よしっ!!

 そして謎は解けた。なに、簡単な事だよワトソンくん。

 薬研の構造に、問題はなかった。改善するのは薬研車の動かし方、ゴロゴロのやり方だったのだ。


 なんということでしょう!最初は、まったく粉砕が出来なかった薬草。しかし、薬研車の重みで押し潰すのではなく、受け皿の側面に擦り付けるように、刀を研ぐようにゴロゴロする。

 すると、あっという間に綺麗に粉砕ができるようになったのです。



 まさに、劇的なビフォーアフター!ありがとう、匠の技!!


 ザリックさんに心からの感謝を捧げる。これで、今後の私の腕は守られた。もう、筋肉痛で枕を濡らす夜は来ないのだ。

 るんるんと鼻歌を歌いながら、私は残りの粉砕作業に精を出したのだったのだった。









「卸! だから薬卸しっていうんだ!!」



 薬研が届いてから数日が経った。

 今日もせっせと、薬研のおかげで前よりも楽にこなせるようになった粉砕作業を行う。

 そして、不意にこの世の真実に近づいてしまった私は、つい大きな声を出してしまった。


 おっと。興奮して立ち上がってしまったみたいだ。調剤部屋で作業する先輩方の目線が痛い。すごすごと定位置に座り、薬研を抱え直す。


 隣でトトトンッと薬草を刻んでいたサルト先輩からの視線を、ビシビシ感じたので、チラリと横を見る。わぉ、見るんじゃなかった、こちらを睨んでいらっしゃる。


 この前、サルト先輩に「妬いてるんですか? うふふ!」と言ってから、私に対する態度がぞんざいになった気がする。



「エルフが同族以外に懸想することは、有り得ない」



 と、冷たい緑の目で淡々と説明された。

 すみません。ただの、冗談のつもりだったんです。

 エルフ、冗談、言っちゃダメ、私は心のメモに追加した。



 最初は、能面のような顔だと思っていたサルト先輩や、他のエルフの先輩達も、結構いろんな表情をすることに気がついた。

 基本、顔の表情筋は動かない。無表情がデフォルトだ。そのかわり、口程にものを言うのは目である。


 一見無表情なサルト先輩と、よく見ると冷たい目をこちらに向けていたり、訝しげな目で見られたり、呆れた目をしていたり、生暖かい目で見守られていたり、胡散臭げな目をこちらに……

 そういえば薬研を運んでもらった時も、サルト先輩は面倒かけやがってと、言わんばかりの目をしていた。


 あれ? 私、ろくな感情を向けられてないな。


 悲しい事実から目を背けるために、私は考えていた薬研に思考を戻した。


 えーっと、そうそう! 薬を卸すように、受け皿の側面に擦り付けるから、だから、別名で薬卸しって呼ばれてたのか!


 道具の名前には、由来があるもんだ。薬研が届いてから結構経つが、時間差で気付いた新事実に納得し、なるほどとポンッと手を打った。

 今度は先輩達の集中を削がないように立ち上がったりしないで、胡座(あぐら)の間で小さくだ。


 でも何故かこちらを見ているサルト先輩に気づき、薬研車の軸棒を掴み直す。ゴロゴロ薬研を動かしながら粉砕作業とサボってないですよアピールを続けて、午前中の仕事が終わった。



 午後からは店番をしなと店長に言われ、食い気味で返事をした私は、カウンターの定位置に座る。

 粉砕作業が楽になったとはいえ、やっぱりお薬情報がゲットできて、さらに基本的に調剤部屋にいる店長の目を逃れてのんびり出来る店番は大好きだ。


 因みに今は、サルト先輩が緑髪を揺らしながら商品の不足を確認するため、棚の大瓶を見ているので、コピっと背筋を伸ばし真面目に店番をしている。



「失礼する」



 ふいに、声が聞こえ、カウンターから目をあげる。

 店の入口から入ってきたのは、3名のお客さんだった。


 3名とも、見慣れない格好をしている。

 1人は深緑の執事服のようなもの、あとの2人は装飾の多い服の上から白いマントをつけている背の高いノッポとやや小柄の人だ。


 2人の汚れひとつない純白のマントには、金色の細かな刺繍が施されていた。

 3人とも頭に布のベールのようなものを被っているため、顔が見えない。



「ミグライン店長に、お目通しは可能か?」



 のっぽマントが、高そうなマントをぶわりとさせながらツカツカとカウンターまで歩いてくると、私の目の前に立ちそう言った。低く、よく通る声だ。


 困った。いつもは店にいるミグライン店長だが、今日に限ってはいない。少し前、急にギルドからの使いが来て、そっちに向かったのだ。


 そっと彼らをみる。いつも来る冒険者達とは明らかに違う、高級そうな服装。洗練された佇まいに、丁寧な言葉遣い。滲み出る、高圧的な雰囲気。


 これはもしや、この前アトバスさんが言っていた、お貴族様というやつなのではないだろうか? 少し考えた後、なるべく丁寧に返事を返した。



「大変申し訳ございません。ミグラインは只今席を外しております。差し支えなければ、どういったご用件かお伺いしてもよろしいしょうか?」


「ふむ、不在か」



 カウンターに来たのっぽマントの彼は、後ろの2人をチラリと振り返った。小柄マントと頷き合うと、3人はくるりと踵を返した。そのまま、スタスタと店を出て行こうとする。


 慌てて彼らに声を掛ける。用件が分からないまま返したら、後でミグライン店長に、怒られるかもしれない。



「どのようなお薬をお求めでしょうか? お体に不調がおありですか?」



 先ほど頷いた、小柄マントがピタリと止まった。続いて2人も、足を止める。



「……この店の痛み止めを使用したのだが、すぐに痛みが戻ってくるのは何故か」



 返ってきたのは、意外にも女性の声だった。それも年配の女性の声だ。

 だから周りの2人に比べて、小柄なのか。ベールを被っているから、見た目では性別も年齢も判断がつかない。



「当店の薬をご使用いただきありがとうございます。大変嬉しく存じます。差し支えなければ、痛みのある箇所と、効果が切れるまでの時間を、お伺いしても宜しいですか」



 女性は手の甲を布越しに顔に当て、少し考えてから答えた。



「痛みのある箇所は頭、時間は鐘一つ分ほど」



 鐘一つ分ということは、効果は3時間か。うん、問題ないかな。



「頭痛でお悩みなのですね。大変お辛い症状かと存じます。効果時間が鐘の音一つ分という事ですので、商品の不備はないかと思われます。大変申し訳ございませんが、当店の痛み止めは、対処療法ですので、頭痛の原因を直すわけでは無いのです」



 申し訳なさそうな顔を作り、答える。


 新患さんは、どこに地雷があるか分からない。突然怒鳴り出すことだってある。

 初期対応は、なるべく下手に出るのがポイントだ。謝った後、少し考えてから、私は続けて口を開いた。



「なにか、頭痛の心当たりは、ございますか?」


「頭痛の心当たり?」


「そうですね……痛むのは頭の両側と、片側どちらですか? 動くと痛みは強くなりますか? 痛みが出る頻度はどのくらいでしょうか?」


「……両側で、痛みは動いても変わらない。頻度は毎日」


「毎日痛みがあるのですか」



 そう答えた後、息を吸い込み、心を決めて告げた。



「おそらくですが、緊張型の頭痛だと思われます。最近、大きな心の負担や、デスクワークが増えたなどの、生活の変化がございませんでしたか?」



 女性は、横にいる深緑の執事服に少し体を向け、口を開く。



「……確かに、書類仕事がふえた」



「頭痛を根本的に解消するためには、同じ姿勢を続けないことが大切です。 お仕事で大変かと存じますが、鐘の音一つ分の間に三回程度休憩をいれ、このような簡単な運動を短時間することで、症状が和らぐ可能性があります」



 背伸びや、肩をぐるぐる回す動作をして見せる。



「あとは、そうですね。体を清めるためにお湯に浸かる習慣はありますか? 可能であれば、ぬるめのお湯にゆっくり浸かっていただくと、肩の強張りが和らぐかと思います」



 じっと私の話を聞いていた女性は、コクリと頷き言った。



「貴方の提案を採用します。痛み止めを10本ここに」



 採用と言ってくれたのに、薬を10本も買うのは何故なのか?あまり信用されてないのは、見た目が幼女だからかな。首をかしげたくなるのを、グッと我慢して笑顔をつくった。



「少しでも、お辛い症状の軽減に繋がりましたら、幸いです」



 お辞儀をしたあと、薬を用意しようと立ち上がる。既にサルト先輩が、サッと10本の小瓶を渡していた。


 対応早っ!サルト先輩、いつからいたんだろう。

 あ、そういえば、品出ししてたから最初からいたんだった! 何でだろう、全然気づかなかったな。



「世話になった」



 会計を終えたお貴族様達は、男の声でそう言い残し店から出て行った。



 「お大事になさってください。」



 再度、深々と頭を下げる。見えない角度でニヤリと微笑んだ。よし!慢性型緊張頭痛と、鎮痛剤の使いすぎによって起こる、薬物乱用頭痛を未然に防いだ!


 よくやった私! と、大満足して3人を見送る。

 そして、少しして帰ってきたミグライン店長に後からめちゃくちゃ怒られたのだった。




お読みいただいて本当に本当にありがとうございます。

感謝でいっぱいです。


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