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閑話17 とある神社職員の平穏

 第三章の始まりです。

 ミアの世界が、またほんの少し広がり、それに伴い関わる人や物事も増えていきます。社会という名のサークルは、果たして小さいほど悲しく大きいほど豊かなのでしょうか。

 また、何やら不穏な足音も聞こえ始めてきたような、、


 今章も、スパイスがわりに少々のミステリーを添えました。1人の少女の成長ファンタジーを、どうぞお楽しみくださいませ。



 いつも応援いただき、深く感謝申し上げます。




 紅葉を終えた木々の間を、柔らかな秋風が通り抜ける。

 僅かに揺れた赤茶けた葉は、あっさりと乾いた枝から離れ、たった今掃除したばかりの参道にハラハラと舞い落ちた。



「はぁー。もお、落ちるなら落ちるで、一気に全部落ちてくんねぇかな」



 掃けども掃けども終わらない境内の掃除に、ポロリと悪態まで落としてしまった。

 まぁ、うちの神様は、これくらいでバチを当てるような狭量じゃぁ無いだろう。



「日本人としての、情緒のかけらもない発言ね」



 独り言に思わぬ返事が返ってきた。ビクッとして、後ろを振り返る。

 いつの間にか、呆れ顔の真里が立っていた。

 肩ごしに、彼女が分担していた奥の水神社を見る。

 参道は綺麗に整えられていた。仕事が早い。流石、物心ついた時からやっていただけのことはあるな。


 

「いやいや、朝当番でもないのに、朝の清めに精を出すなんて、勤勉な日本人の鏡だろ」


「そんなの、当たり前でしょ? この前は康二の朝当番を、私が手伝ってあげたんだから」


 

 朝当番とは、俺たちの職場であり真里の実家でもあるこの神社の、清掃シフトのことだ。

 当番の日は、6時に起きなければいけない。

 通勤前にやってくる参拝者のため、6時半までに本殿の開扉を行う。

 そして、境内の掃き掃除や御末社を水拭きで清めてる。

 全てを終えたら、神社の裏にある家に戻り、休憩と朝食をとり、改めて9時に出勤するのだ。



 都会のど真ん中、首都高速道路沿いに位置するこの神社で働く神職は、俺と妻の真里、そして真里の親父の3人しかいない。

 おのずと朝当番は3日に1度の持ち回りでやってくる。


 だが、秋も深まったこの時期に、一人で大量の落ち葉と格闘するのはかなりの重労働になる。

 そのため俺と真里は、互いの朝当番を手伝おうと、今週から協力体制をとったのだ。

 当番の日が3日に1度から、3日に2度に増えるが、これはもうしょうがない。甘んじて受け入れている。

 ここが実家の真里はともかく、ここに来て1年と少ししか経っていない俺は、1人でこの山のような落ち葉たちをどうにかするスペックなど、まだ獲得できていないのだから。

 


 俺が来るまで真里とお義父さんは、このルーティーンを交代制の隔日で行っていというから、本当に頭が下がる。

 神社を守るっていうのは、大変なことなんだな。


 チラリと右腕を確認する。

 腕に巻かれたデジタルな時計の針は、7時20分を指していた。



「なぁ、真里。キリがないからさ、一旦ここでやめて、また出勤してから続きをしようよ」


「昨日、確認したでしょ? 今日の午後には、七五三の御祈祷が3件もあるんだよ」


「まぁ、そうだけどさ。ほら、午前中は手が空いてるだろ?」


「うーん、午前中は御祈祷後に渡す授与品の準備もしたいし、今落ち葉を片付けといた方が、絶対に楽だと思うけど」



 別に、やましい事を言ったわけでもないが、真里の正論を前にすると、後ろめたい気持ちになる。

 ソワソワする気持ちを隠すように、意味もなく竹箒をグルンと回してみた。



「 ……。」



 あれ? 真里の目つきからスゥーっと温度が引いた気がする。なんだか見透かされている気がして、ヤバイぞと俺の本能が警報を鳴らした。

 うん。ここは、いったん話題を変えて、再チャレンジした方がいいかもしれないな。



「あ、えーっと、そういえばさ、最近あの人、来ないよな?」


「 ……ふぅ。あの人って?」



 軽くため息をついた真里は、白々しく逸らした俺の話に、あえて乗ってくれた。

 キリッとした顔つきからか、キツくみられがちだけど、実際の真里は優しい。



「ほら、よくこの時間に来てた女の人。俺たちと同じくらいの若い人でさ」


「この時間にくる若い女……あぁ、分かった。たしか、薬剤師の人でしょ?」


「そうそう、その人! いつも手水の近くでブツブツ言ってるからさ、ちょっと怖かったんだよな」


「うーん、薬剤師もストレスが溜まる仕事なんじゃない? 知らないけど」



 真里は対して興味がなさそうだが、俺は彼女のことをかなり注視していた。


 その理由は、ある日の挙式が原因だ。

 その時の真里は、挙式の進行を務めるため、神事用の衣装を纏っていた。

 新郎新婦と親族を引き連れて、境内に敷かれた赤い毛氈の上を、神楽殿まで参進する姿は、まさしく女神のようだ。


 神楽殿での挙式の儀を真里とお義父さんに任せ、少し離れた位置からサポートに徹していた俺は、美しい真里に惚れ惚れしながら、式を見守っていた。


 そして、1人でぶつぶつと言いながら、真里のことをジッと眺める彼女を目撃してしまったのだ。

 あの時は本当に、ゾッとした。


 万が一、真里の美貌に当てられた彼女が、とち狂って参進の列に飛び込んだりでもしたら、どうすればいいんだ!?

 いや、迷っている暇なんかない! もし、真里が怪我でもしたらどうする。

 少しでも、妙な動きをしたら、俺がこの手で取っ捕まえてやろう!


 そう思い、俺は手に汗握りながら彼女の動向を見守った。

 結局、彼女は参進に割り込むことはせず、神楽殿に昇って行く一行と、その後の挙式を眺めた後、シレッと境内を去っていった。


 何事も起こらずほっとしたが、あの時の緊張は、今でもありありと思い出せる。

 あの日から俺は、何があっても真里を守れる強い男になろうと決めたのだ。



「 ……康二? ボーッとして、どうしたの?」


「あーいや、なんでもないよ。そういえば、あの人にもお義父さんの必殺不審者チェックが炸裂してたよなぁ」


「不審者チェックって……まぁ、やばめの人にする荒技だけどさ。あの人の名刺をググッたら、ちゃんとしてるチェーン薬局だったよ。お父さんも、何回か会話した結果からも、害はなさそうだって判断したみたいで、リストから外してたし」


「お義父さんって本当にすごいよな。あの笑顔でスって名刺出されたら、自然に自分の名刺も出しちゃうしよ。まさかブラックリスト入りからの、素性確認されてるとは思わないだろうね」


「あれは、うちの伝家の宝刀だからね」


「俺も、あんな風に自然に出来るようになるかな」


「頑張れ、次期宮司。伝統が私たちの代で途絶えるか、次世代に引き継がれるかは、康二の肩にかかってる」



 そう言った真里にポンッと軽く叩かれた肩。

 俺はわざと大袈裟に痛がるふりをした。



「重っ! 肩、壊しそうだよ」


「何のために体、鍛えてるのよ。万年帰宅部のくせに急にハマり出しちゃって」


「それはもちろん、大切な人を守るためだよ。まぁ、伝家の宝刀はおいおいとしてもさ。この神社も真里のことも、俺は大切にしていきたいと思ってる」


「 ……その心は?」


「うっ……。そ、そうだ! 昨日の夕方、御末社と水神社の水拭きを先にしておいたんだ。今日の朝当番、楽だっただろう?」


「ふーん、殊勝なことね。それから?」


「えぇっと、朝食用のパンも、コンビニで買っといた。甘いのとしょっぱいの冷蔵庫の右上に入ってるから、部屋に戻ったら確認して」


「私、もうそろそろ、お腹いっぱいだけど?」


「 ……朝のランニングに行きたいので、先に上がってもいいですか?」


「バレバレね。そんな鈍刀じゃ豆腐も切れないわよ? うちの宝刀を引き継ぐには、もう少し上手になってもらわないと」


「今後とも精進いたしますので、どうぞご指導ご鞭撻を願いたく――」


「はいはい、ランニングにいってらっしゃい。時間なくなるよ?」



 なんだかんだ言いながら俺の我儘を許してくれた真里の優しい苦笑いを背に受けながら、そそくさと竹箒を本殿の裏に片付ける。


 作務衣をガバッと脱ぎ、社務所の玄関のハジに置いた。掃除を再開した真里の艶々な黒髪ポニーテールの後ろをササっと通り抜け、境内を後にする。

 真っ赤な鳥居をくぐり、道路に出ると、くるりと振り返った。本殿に向かって、深く一礼をする。

 


「ふぅ、よしっ!」



 一息吐いて、気合を入れる。

 愛する真里と大切な神社を守るため、そして可愛い筋肉ちゃんの成長のため、日課となったランニングをこなそうと、俺は職場である神社を後にしたのだった。


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