お祝いの御馳走
「心配なさらずともご安心ください。本日はハシバミの枝を準備しております。彼に会うことはありません」
ルディーに怒られた私がしょぼしょぼし始めた事に苦笑したロンルカストが、私達の会話を見守ることをやめ、私のフォローに回る。
「あぁ、だからか。さっきからロンルカストの近くに行くと、凄く嫌な感じがしていたんだ」
「効果は抜群のようですね。安心致しました」
「 ……僕をあいつらと一緒にするのか。君は本当に側近らしいよ」
「お褒めに預かり、光栄でございます」
「はぁーぁ、ベルセだって君くらいの時は、もっと可愛げがあったっていうのに」
「恐れ多くも領主つきでありましたベルセ様と比べていただくなど、私には身に余る光栄でございます」
「全く、レオが君を気にいるわけだよ」
夕暮れの中、軽口を言い合う2人と共に家路を歩く。家に着くと、セルーニに迎えられた。
「ただいま帰りました」
「お帰りなさいませ。少し早いですが、夕食を用意してございます」
頭を下げたセルーニの動きに合わせて、ピンクのツインテールが揺れる。癒されるなぁ。東塔での精神的疲労は、セルーニヒーリングによって、洗い流された。
コートを脱いだ後、食事部屋に案内される。
部屋の暖炉には火が入り、パチパチと薪が燃えていた。炎が薪の角を掴んで、ガジガジと齧っている。
久しぶりの登城で、私達が疲れてるだろうと気遣って早めに夕食を用意してくれたのかな。
東塔では、レオ様と対面した緊張から来る疲労はもちろん、レオ様部屋まで、階段を登ったり降りたり、長く入り組んだ廊下を歩き回ったりと、久しぶりにたくさん歩いた。お腹はペコペコだ。 早めの夕食がとても嬉しい。
今日のメニューはなんだろう。シチューだったら良いなぁ、セルーニのシチューって、まったりしてて、すごく美味しいんだよね。あっ、でも今日は疲れたから、ガッツリしたものも食べたいかも。んー、考えてたら余計にお腹が空いてきた。
まだクロスとカトラリーが並んだだけのテーブルを前に、献立を想像する。
ぐぅーと鳴りそうなお腹を抑えつつ椅子に座った私を確認したセルーニが、小さく息を吸い込んだ後、杖を振った。
奥の扉が開く。開かれた扉からは、お料理が乗った沢山の大皿たちが我先にと顔を出し、次々と私の目の前のテーブル目掛けて飛んできた。
えぇっ!? なに!? 今日ってクリスマスか何かだったっけ!?
いつものメニュー数とは比べものにならないほどの種類の料理たちに私が目を丸くしている間に、大皿たちはテーブルの上にコトリ、コトリと音を立てて着地する。
パピーと呼んでいる仲良しのポットも、大皿に囲まれながら、中身が溢れないか心配になる程はしゃいだ様子で飛んできた。
あっという間にテーブルの上は豪華なお料理で埋め尽くされる。豪華なパーティ仕様になった。
「すごい、ご馳走っ! セルーニ、今日は、なにかの記念日ですか!?」
「はい。これは私からミアーレア様へのお祝いです。遅くなりましたが、杖結びの成功、おめでとうございます。本日、東の塔主様からの許可を得られたことで、ミアーレア様は、正式に杖持ちの貴族となられました」
「私の、お祝い?」
「はい、杖は貴族の象徴の一つで、とても大事なものです。杖を得られたミアーレア様の門出を祝い、ささやかですがご用意致しました」
セルーニは、そう言うと、スッとテーブルへ手を向けた。
大皿いっぱいのコンガリと焼き目がついたパイはミートソースのいい香りを漂わせ、鍋の中の黄金色のスープは、まだクツクツと音を立てている。
彩もカラフルなサラダに、断面から肉汁が滴るステーキ。一口サイズの可愛いピンチョスに、大好物のまったりとしたシチュー。大きなチキンの丸焼きに、皮目のパリッと焼けたお魚。
他にも沢山の華やかな料理が並び、どう見てもセルーニの言うささやかさとは、一線を画している。
テーブルの真ん中には、様々なフルーツが盛り付けられた大きなチョコレートプディングが主役とばかりにデーンと胸を張り、その周りを浮かれたパピーが、コンコンっと音を立ててながら回っていた。
「 ……私を祝うために、こんなに沢山のお料理を作ってくれたのですか?」
「じ、実はですね。少し先走って、最初の杖結びの際に仕込みをしてしまっていたのです。その、不謹慎ですが、ロンルカスト様に許可をいただき、アロマを保管するための、時を止める魔術具の一端をお貸しいただいてーー」
早口で言い訳をし始めたセルーニに、私は座っていた椅子から飛び出し抱きついた。あわあわしている背中に強引に腕を回し、セルーニの細い体をギュッと抱きしめる。
「ありがとう。セルーニの気持ちがとっても、とっても嬉しいです。私、セルーニに誇ってもらえるような、立派な貴族になります」
喜びのままに抱きついて、溢れてきた感謝を伝えるも、なぜか返事がない。あれ、どうしたんだろう? 返事どころか、ピクリとも動かなくなったセルーニを不思議に思い、腕を離して顔を覗き込む。
「 ……。」
セルーニは、ピンク色の瞳を見開いたまま、硬直していた。ありゃ、驚かせちゃったみたい。
ササっと顔の前で手をふってみたが、ピクリとも動かなかった。……うん、まぁ、そのうちに戻るでしょ。とりあえず、様子見という名でセルーニのことは、放置することにした。
カチコチセルーニから離れる。向かいに立つロンルカストの元へ行き、腰のあたりにギュッと抱きついた。
「ロンルカスト、いつも支えてくれてありがとう。私が貴族として認めてもらえると信じてくれていたから、セルーニに時を止める魔術具を貸してくれたんでしょう?」
「 ……側近として、当然のことです」
ロンルカストの優しい声が、上から降ってきた。私は大きく頷く。
「私、これからもお勉強、頑張りますね」
心からの宣言を終え、ロンルカストから手を離す。最後に、足元で丸まっていたルディーを屈んで抱っこした。
「ルディー、今日ついてきてくれたのも、レオルフェスティーノ様の前で口を開いたのも、本当は私を守るためだったんでしょ?」
「んー、おかしいな。この前までは尻尾があることさえ気がついていなかったのに、ミアはいつから自分のそれが見えるようになったの?」
「ふふっ、なんとなくそう思っただけ。だって、ロンルカストがハシバミの枝を持っていたから、本当は近くにいたくなかった筈なのに、塔まで付いてきてくれたんだもん。 ……ねぇ、ルディー、これからも、私のこと見守ってくれる?」
「僕ほど親切なものなんて、そうそういないと思うよ」
ツンと澄まして目を閉じたルディーは答えをはぐらかしたけれど、私には照れているだけだと分かった。
腕に抱いたルディーの背中に頬を当て、黒くてふかふかの毛並みにすりすりする。柔らかくて暖かい。
「ねぇ、ロンルカスト。今日は、皆んなで夕食をとりませんか?」
「ミアーレア様、側近が主と共にすることなどーー」
「今日だけ! お願いです、ロンルカスト。ほんっとうに、今日だけです! ご馳走は1人で食べるよりも、皆んなで食べた方が美味しいし、それにそれに、今日は私のお祝いなのですから、家族皆んなに祝ってもらいたいと思うのは、ダメですか?」
拒むロンルカストに向かって、聞き分けのない駄々っ子のごとく無理を言う。
「 ……本日のみですよ」
根負けしたロンルカストから、ついに許可が降りた。やった! ルディーをテーブルにおろし、みんなで食卓を囲む。
フリーズ状態から解けたセルーニは、給仕がありますのでと焦ったように言っていたが、無理やり私の隣の椅子に座らせた。
直後は再び硬直していたが、暫くするとハッと意識を取り戻し、みんなのお皿にテキパキとお料理を取り分けはじめる。結局給仕をしている気がするけど、一緒のテーブルについてくれたから、まぁいいか。
ロンルカストは、セルーニが取り分け差し出されたシェパードパイを受け取ると、上品にカトラリーを使い食べ始めた。食事しているだけなのに、気品がすごい。お手本のような美しい所作を参考にしようと、ジッと見つめた。
ルディーは、テーブルの上で、取り分けてもらったお魚を両手で掴み、ハミハミしている。やっぱりお魚が好きなんだ。そういえば、何か食べてるとこ初めて見たな。
フライングして私のカップに食後の紅茶を注ごうと狙っていたパピーは、テーブルに乗ったルディーを見た瞬間、プディングの後ろにサッと隠れた。
ふふっ、今日は追いかけっこじゃなくて、隠れんぼをするのかな? 相変わらず鬼役はルディーみたいだ。
久しぶりの賑やかな食事が嬉しい。皆んなで食卓を囲むのなんて、いつぶりだろう。うーん、薬屋では食事は部屋に戻って食べてたし、ちょっと思い出せないな。
私もスプーンを掴むと、暖かい湯気を立てるスープを掬って口に含む。
セルーニの作ってくれたスープは、絶対に美味しいはずなのに、よく味が分からなかった。
言い表せない感情で胸の中がいっぱいの私は、どうやら味覚を感じる余裕さえなくなってしまったようだ。
スープの優しい暖かさだけが、じんわりと体に染み込み溶けていく。仕事を放棄した舌の代わりに私は、幸せって意外と薄味なんだなと、初めて知ったのだった。
お読みいただきありがとうございます。
これにて、2章完結となります。
生きることとは苦悩することだと思います。
変わったものと変わらなかったもの、目に見える変化と見えない変化、それぞれを感じていただけましたら幸いです。
次話からは第3章が始まります。
また少し物語の幅が広がり、狭かったミアの視野や周りの視点が広がる予定です。
引き続き、どうぞお楽しみください。
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