杖結びと契約の報告
「うー、行きたくない……」
ついに、この日がやってきてしまった。
東塔への召喚命令が来たのだ。水の日の今日、私はレオ様の元へ、杖結びの報告をしにいかなければならない。
レオ様はここのところ仕事が忙しかったらしく、私は東塔へ呼び出されることが無くなって久しい。
安心していたのに、ついには私を呼べるほどの余裕が出来てしまったようだ。
一度失敗したとはいえ、杖はゲット出来たので、”お前なんか、杖を得られなかったら処分だ!”の件はチャラになったと思う。
だが、ただシンプルにレオ様が怖いので会いたくない。うぅー、でも領主補佐からの命令を断る権利など、私には無いのだ。あー、短い平穏だった……。
「行って参ります……」
「行ってらっしゃいませ、ミアーレア様。お帰りをお待ちしています」
セルーニに見送られて、玄関を出る。
庭の木々には、相変わらず大量の鳥がバサバサと止まっていた。
最近は、鷲だけでなく、いろんな種類の鳥が来る。我が家の庭は、多種多様な鳥のオンパレードで、さながら鳥専門の動物園だ。大きな鳥と目が合い、ビクッとした。
「ひゃぁっ! や、やっぱり、ベルセに鳥除けの方法を聞いておけば良かったですね」
「次の機会に、お伺い致しましょう」
ベルセにカッコつけて、今度でいいなんて言ったことを後悔しながら、ロンルカストの影に隠れるようにして庭を通り過ぎる。
暫く歩き、東塔へ着いた。黒扉をくぐり中へ入る。
前を歩くロンルカストは、処理済みの大量の書類を持っている。明らかに一人で持てる量では無い。きっと今も、魔法で筋力を強化してるんだろうな。
足元を見る。当たり前のように付いてきたルディーは、すまし顔でテトテトと廊下を歩いていた。
そういえば、ルディーが先先代領主のラジェルティートレオン様だったってことは、レオ様との関係は、祖父と孫か。
薬草園で見た若い頃のラジェルティートレオン様を思い出す。んー、顔も雰囲気も2人は全く似てないな。
優しげイケメンのラジェルティートレオン様と、冷徹が固まって出来たような非情なレオ様は、むしろ真逆に思える。
レオ様は、祖母のディーフェニーラ様とも似てないし、お母様似なのだろうか。いやいや、あんな女の人いたら、怖いすぎる。氷の女王とか呼ばれてそう。きっと、レオ様は突然変異に違いない。
そんな事を考えているうちに、レオ様の部屋の前に着く。漆黒の扉を見ただけで、冷や汗が出てきた。久しぶりなので、いつにも増して緊張が凄い。
「ロンルカストでございます」
「入れ」
ギギッと扉が開いた。執務室の中には、今日もレオ様しかいなかった。
激務と聞いていただけあって、酷いくまだ。 顔色も良くない。いつもあんまり良くなかったけど、更に悪い。
執務机から顔を上げたレオ様から、突き刺さるような、氷の視線を受けた。
ひぃぃっ!! 怖いっ! 顔色の悪さは、不機嫌さと相まって凄みに拍車をかけていた。
暫く来ないうちに、耐レオ様用に積み上げていた免疫反応がゼロになってしまった私の心臓が、バクンバクンと変な音を立て始める。
せり上がってきた胃液を、ゴクンと無理やり飲み込んだ。うぇっ! のどが焼けて、口の中が酸っぱい。
ササっと部屋の中心に行き、片膝をつく。
これ以上機嫌を損ねないように、端的に要件だけを述べた。
「レ、レオルフェスティーノ様、杖結びの報告に参りました」
「ふんっ、出せ」
「はいっ!」
あせあせしながら、杖出てこいと念じる。フワリと光り、私の手の中に杖が出現した。
お皿にした両手に乗せた杖を、ずいっと前に突き出す。
「 ……。」
レオ様はそんな私と杖を、嫌そうな顔で見つめる。私を処分できなかったことが、そんなに不服なのだろうか。
無言の時間が、辛い。そしてこっちを見てるレオ様が怖い。もう、用は済んだよね? 何か恐ろしい事を言われる前に、さっさと帰りたい。……帰っても、いいですか?
「彼女は自分の道を選んだよ。僕もね」
「其方、随分と派手なパフォーマンスをしたものだな。全く、理解しがたい」
「そう? 開かない箱は、箱ごと食べれば良いって気が付いたんだ」
「さすがは獣らしき悪食だ」
「クスクス……。美食家な君には、想像もつかない所業だろうね」
私そっちのけで、口を開いたルディーとレオ様が静かな火花を散らし始める。
レオ様の視線から外れた私は、こっそりと一息ついた。目の前では、元家族とは思えない言い合いが、矢継ぎ早に繰り広げられている。あ、でもレオ様はルディーが先先代領主って知らないのか。
「魔落ちと共に知性も落ちたか。足音を増やせば、止まり木が枯れることも分からぬようだな」
「まさか、大木は易々と枯れないよ」
「そう思うか?」
「君は労せずして、望みのものを手に入れたんだ。取り引きは成立だろう? そうそう、アルトレックスは鍛え直した方が良いんじゃないかな。彼が火持ちの長なんて、演習場にはイリスフォーシアの光が届いていないみたいだね」
ルディーの言葉を聞いたレオ様が、タカタン、タカタン、と執務机を指で叩く。
部屋の中は一層のピリピリとした嫌な空気に包まれた。私も胃がキリキリとしてきた。
口調やバッチバチの雰囲気で大変なことになっているのは分かるけど、相変わらず貴族同士の会話は、よく意味が分からない。
特にルディーとレオルフェスティーノ様の会話はテンポも早くて、チンプンカンプンだ。
大人の会話を聞いてる子どものような感覚になる。まぁ、子どもだけどさ。
「 ……貴様、よもや、わざとではあるまいな」
「随分な呼び方だね。あぁ、そういえば君は、僕の名前を知りたがっていたのを忘れていたよ。挨拶が遅れた非礼を詫びよう、レオ。僕はルディーだ。そう呼んでくれて構わない」
「随分と身軽になられたものだな、祖父上」
「大層な名前は、肩がこるからね」
祖父上っ!? レオ様は、ルディーが自分の祖父だってこと分かってたんだ。えぇー!? いつから知ってたの? あ、そっか。ベルセかディーフェニーラ様が、レオ様に伝えたのかもしれない。
今日も知っててバチバチ喧嘩してたのか、2人とも仲悪ぅっ!
なんていうか、この2人からは、家族の絆とか深情とかそういうものが、カケラも感じられないな。
「聞け、誠に遺憾であるが、春より南の講義に出るように」
「え? あ、はいっ!」
急にこちらを向いたレオ様に、何かを言いつけられる。南の講義? いったい何のことだろう? とりあえずシャキシャキと、返事をする。
「其方も貴族の端くれとして、最低限の知識くらい身につけよ。また南では、あちらのものとの接触を極力避け、最低限にするように。東の恥を晒す必要はない」
「承知いたしましたっ!」
「また、薬草園での杖結びについて、語ることを禁じる。良いか、以後口にしたら、死に値すると思え」
「死っ!? は、はい! 誰にも言いませんっ!」
サラッと死刑宣告をされた。うぇぇ!? なな、なんで!?
「ふんっ、以上だ。去れ」
そういうとレオ様は、机に置かれていた書類の山をバサバサと床に落とした。
後ろから慌てて出て来たロンルカストが、処理済み書類を返し、床に落ちた新たな未処理書類の山を拾う。
退出の挨拶をすると怒られるので、一礼してそそくさと部屋を出た。はぁ、と深く息を吐く。
ひゃー、今回も肝が冷えた。杖結び成功は、私を処分する機会を失って嫌な顔されるだろうなとは思ってたけれど、一難さってまた一難。まさか、また死刑宣告されるなんて。
何かにつけて、私を処分するチャンスを逃さないレオ様のスタンスに敬服だ。まぁ、薬草園でのことを言わなきゃいいだけだから、杖結びの時よりも気が楽だ。
テトテトと歩くルディーに、そういえばと声をかける。
「ねぇ、ルディー。さっき契約が成立したとか何とか言ってたよね。それって、前に言ってたレオルフェスティーノ様との契約が成立して、ルディーがディーフェニーラ様の元へ行けるってこと?」
「僕は僕のやり方を見つけたんだ。あそこへは戻らないよ。それにミアだって、僕が居なくなったら寒いでしょ?」
戻れないじゃなくて、戻らない。飄々と話すルディーに、覚悟のようなものを感じた。
あと、この前湯たんぽ扱いしたのを、根に持っていらっしゃる。
「うっ、ごめんって謝ったのに。 ……そういえば、レオルフェスティーノ様とは、前は孫だったのに、そのぉ、あんまり仲良くないんだね?」
「あれと、仲良くする意味があると思う?」
「あ、うーん、まぁ、それは」
「今日はあいつとの契約のことがあったから来たけど、本当だったら、顔も見たくないね」
ルディーの言葉を聞いて、胸の中にポチャンと、石が落ちた。なんだろう、冷たくて痛い。
「どうしてそんなに嫌いなの? 家族だったんでしょ」
「ミアが僕とあれとのことで、心を揺らす必要はないよ」
「そうだけど……」
「血が濃いというだけで、縛られてしまうのは、ままならないことだね。もう今は関係ないけれど、だからといって好きになる意味もないでしょ?」
あれだけディーフェニーラ様に愛情を向けられる人が、同じ家族なのにレオ様には一ミリもその感情を向けていない。むしろ、嫌悪してる。
何があったのか分からないけれど、その関係が近いほど、色々と折り合いをつけるのが難しいのかもしれない。なんとも言えない気持ちのまま、東の塔を出る。
家族かぁ。自然とミグライン店長やサルト先輩、常連さんやロランさんのことを思い出した。
会いたいなぁ……。遠くで沈んでいく夕陽と相まって、平民街の皆んなを思い出してしまった私は、少しセンチメンタルな気分になったのだった。




