冬呼びとの取引き
「「私達を歓迎してくれた。珍しい人の子もいるものだね」」
高身長のヤギ人間は、上から覗き込むようにして私にグイッと顔を近づける。
ひゃぁ! 近くで見ると、ヤギの目、こわいっ!
なにこれ!? 瞳孔が横長の長方形だ。どこ見てんのか分かんなくて、すっごい不気味っ!!
「めめ、珍しいですか?」
「「あぁ、私達が連れて来る冬は、人間にとっては暗く苦しいものなのだろう?」」
なんだろう、さっきからヤギ人間の声が、何重にも重なって聞こえる。壊れて音割れしたマイクを通してるみたい。
「暗く苦しい? うーん、たしかに冬は寒くて外に出るのが億劫になります。でも、その分いい事もありますから」
「「いい事?」」
「はい。えぇっと、例えば、ロンルカストは勉強の休憩を多めにくれるし、セルーニの食事も、シチュー率が増えて嬉しいです。あと、ルディーの猫湯たんぽがぬくぬくして、気持ち良かったり――」
「ミア、僕のこと暖房扱いしたでしょ?」
おっと、湯たんぽがお目覚めのようだ。
悪口センサーを発動したルディーの右耳が、ピクピクと動いている。
「ほぅ、私たちと同じ滴が羽を休めている。ここは、よほど素敵な木陰なのか」
「失礼いたします。糸とミルクを分けていただけますか?」
後ろにいたセルーニが、スススと前に出て、ヤギ人間に声をかけた。
更に腰を折ってルディーを覗き込もうとしていたヤギ人間は、不自然な体制でピタリと止まる。太いマジックで一本線を引いたような瞳が、セルーニを見た。
「フォーティアーノの足跡はどこに?」
「少々お待ち下さい」
そう言うと、空のランタンを持ったセルーニは、くるりと後ろを向き廊下を進む。
一つの柱の前で止まると、エプロンから杖を出した。
杖でコンコンッと、ランタンのガラスを叩き、柱の上の燭台を見上げる。
「旅立ちの時間ですよ」
アルトレックス像型燭台の大剣に纏わり付いて遊んでいた炎は、セルーニに声をかけられると、ググッと縮んだ。
セルーニがランタンの上の蓋をパカリと開ける。炎はピョンっと燭台から飛び出し、ランタンの中にストンと収まった。
カポンと、セルーニが蓋を閉める音が聞こえた。
私は、その炎がいた柱の位置を見て気づく。
「あ、シュシュート?」
名前を呼ぶと、炎はランタンの中でクルリとジャンプした。空中でその形を変え、真っ赤なミニアルトレックスの姿になると、シュタッと着地する。
大剣を鞘から抜き出して天に掲げ、正解ですと言わんばかりである。
因みに、燭台にないはずの下半身まで精巧に再現されている。いや、うん。精巧かどうかは知らないけどね……
「やっぱり、シュシュートだ」
私がそう言うと、ミニアルトレックスは、自分の横に炎のグラーレを作り出す。ヒラリと飛び乗った。わぉ、カッコいいかよ。
1回目の杖結びで、森に行く前日だっただろうか。
私と目があったこの炎は、上半身しか無いはずのミニアルトレックス型燭台の下半身を自身の炎で作り出した。
不貞腐れていた私を励ますためか、ただの気まぐれだったのかは分からない。
だが、突然のアルトレックスの下半身、それも上半身と同じで生まれたままの姿を、見せつけられた私は、顔から火が出るかと思った。
それ以降、悪戯成功に味を占めたこの炎は、私と目が合うたびにアルトレックスの全身を再現したり、アルトレックスからツノや牙をはやしたりと、あの手この手で私をからかってくるのだ。
最初こそアルトレックスのあられもない姿に赤面したが、段々と慣れて、今ではどんな悪戯をするのか、廊下を通るのが毎朝の楽しみになっていた。
「行っちゃうの?」
私の問いかけに、シュシュートは、その場でグラーレの脚をパカパカと動かし、行ってくるぜと勇しくアピールする。燭台から離れても、芸達者だ。
「なかなか、出たがる子が決まらず、大変でした。やっとこの子だけ、行っても良いと了承してくれたんです」
「我が家の燭台は面白いですしね。でも、そうですか…… ちょっと寂しいな」
セルーニの困ったような声に、しんみりと返事をする。
燭台でダンスをしたり、大剣の周りをクルクルしたりする他の炎達とは、違った方向で私を楽しませてくれるこの炎を、私は親愛を込めて、シュシュートと呼んでいた。
毎日声をかけるのに、名前がないと不便だったからだ。悪戯っ子や甘えん坊の意味を持つ、ラ・シュッシューテからもじった。
すっかり仲良しさんになっていたので、突然の別れが寂しい。
しょんぼりしていると、シュシュートは、グラーレを消して、アルトレックスの背中から大きな翼を生やした。ブワリと翼を動かして、ランタンの中をグルグルと飛び回る。
渡り鳥になって戻ってくるとでも、言っているのかな?
「ふふっ、ありがとう。シュシュートが帰ってくるの、待ってるね」
ツンツンとランタンのガラスを叩く。
背中の翼を消して、着地した炎のミニアルトレックスは、もじもじしながらガラス越しに、私の指にチュッとした。
ムキムキマッチョ全裸ハレンチからの照れキス。気持ち悪いけど、可愛い。キモカワとはこのことだろうか。
「これはこれは、元気な跡だ。うーん、これでどうかな」
私達のやりとりを見守っていたヤギ人間は、いつの間にか大きな籠を持っていた。
カゴを受け取ったセルーニは、中を覗き込む。私も一緒にのぞくと、いくつかの毛糸玉とミルクの入った大瓶が入っていた。
「気に入っていただけたようで、光栄です」
大きく頷いてにっこりしたセルーニは、ランタンの蓋をパカリと開ける。
シュシュートは、ミニアルトレックスの膝を曲げて、大きく上にジャンプした。ヒュンッとランタンから飛び出す。
シュタッと私の肩に乗ると、背伸びして私の右頬にチュッとした。びっくりした私の両頬が、ほんのりと暖かく感じた温度以上に、バッと赤くなる。
一瞬にして私のファースト頬キスを奪ったシュシュートは、再び膝を曲げると、今度は斜め上方にジャンプした。一直線にヤギ人間の顔面に突っ込んでいく。
「あっ、危ないっ!」
咄嗟に手を伸ばす。だが、飛び出していったシュシュートの勢いには、届かない。
シュシュートは炎だ。流石に顔面にぶつかれば、火傷して真っ白な毛並みが灰色のチリチリになってしまうはずなのに、ヤギ人間は向かってくる炎にたじろぎもせず、その場から動かなかった。
焦る私を尻目に、ヤギ人間の真っ白な頬から耳元にかけてミシリと亀裂が入る。そしてガバリと、顔が裂けるほどの大口を開いた。真っ黒な口の中が見え、飛び込んできたシュシュートを飲み込む。バクンッと、音を立てて口を閉じた。
「へぁっ!? シュシュート…… 」
「うーん、これは、なかなか。ユールログはお忘れなきように」
ヤギ人間は、ゴクリと喉を鳴らし、満足そうに長い舌でベロリと口元を舐めながら、そういった。
裂けた頬がスルスルと白い毛並みに戻っていく。私は手を空中に伸ばしたポーズのまま、唖然として動けない。
シュシュート、食べられちゃった。さっき、また帰ってくるって言ってたのに……
まさかあれがシュシュートとの最後の別れになるとは思っていなかった。
ショックと想像との違いによる困惑で、目の前のヤギ人間を茫然と見つめる。
すると、ふわりとその白い体が解けた。ヤギ人間だったものの体積と同じ量の、真っ白な小さい綿毛たちが空中を舞う。
「うぇぇっ!? 冬呼び様が分解したっ!?」
「「クスクス…… 聞いた? 冬呼び様だって。うん、冬呼び様だって。面白いね。僕たちのこと、嫌いじゃないって言ってたよ。嬉しいね。この子、美味しかったね。うん、美味しかった。また、会いたいね。また、来ようか? また、来るね。あれは伝えた? うん、大丈夫。さっき言ったよ。忘れないでね」」
真っ白な大量の綿毛は、風に乗りクルクルと渦を巻くようにして、あっという間に空へと消えていく。
「シュシュートのおかげで、とても良い取引が出来ましたね。ミアーレア様」
「えっ? あ、はい。そそ、そうですね?」
「はぁー。全く、ミアはあいつにまで名前をつけてたのか」
「ん? あれ、ルディーは知らなかったんだ。シュシュートとは、仲良しだったから」
「君は見境がないなぁ、そういうのは彼にしてあげたら?」
「んー、そういうのって、名前をつけることだよね。彼って誰のこと?」
「嫉妬深い彼だよ」
「えーっと、誰が誰に嫉妬してるの?」
「怖い彼に尻尾を踏まれたくないから、僕はもう行くよ」
ルディーは、モゾモゾと動いたあと、ピョンっと飛んで私の腕を抜け出した。
床に着地すると、わざとらしく尻尾の先をクルンと私に見せつけてから、テトテトと廊下の奥へ歩いていく。
空のランプに、糸玉とミルク瓶の入ったカゴを抱えたセルーニと、抱えていた湯たんぽがなくなって手持ち無沙汰の私は、唐突に気分屋を発揮しはじめたルディーを、ポカンと見送ったのだった。




