自分の杖と初めての客
「るるん、るるーん」
クルクルと机の上に乗せた杖を回す。
手に取り、指揮棒のようにふってみたり、ペン回しのように指の間で回してみたり、精巧な金の模様を指でなぞってみたり。
いくら眺めていても、飽きることがない。
「ふふっ、私の杖!」
先日、めでたくマイ杖をゲットした。
杖結び失敗以後、諦めて杖なし貴族としての道を開拓しようと覚悟を決めていたところでの、突然の再チャレンジ成功。
はじめは、心の整理が追いつかなかったが、一晩二晩たって、ジワジワと喜びが溢れてきた。
でも、なんでやり直しができたんだろう? 前に、それは出来ないって言ってたよね?
「ねぇ、ルディー。やっぱりよく分からないんだけど、なんで失敗したはずの杖結びが出来たの?」
「くわぁーぁ。なんでって?」
「え、だって前に、杖結びのやり直しは出来ないって言ってたよね」
「僕、そんなこと言ってない。僕が導いた君の木は失われたって、伝えただけだよ」
膝の上で、片目だけ開けたルディーは、お昼寝を邪魔されて、ちょっと機嫌が悪そうだ。
しまった。話しかけるタイミングを間違えたかもしれない。
お詫びに背中を撫で撫でする。ルディーは、気持ちよさそうに鼻先をヒクヒクさせた。
よし、機嫌は直ったようだ。ふぅー、危なかった。
「えーっと、でも、ロンルカストとセルーニは、出来ないって言ってたよ?」
「言ったじゃないか。前に杖結びをした時の君は、殆ど君じゃなかったって」
「んー、それって精神的な話? それとも魂的な?」
「ミアの言葉を借りるなら、魔力的な話。だから、あの時の魔力が、最初に生まれた場所に向かったのは、しょうがないんじゃない?」
「なんか、分かるような、分からないような…… 」
「僕も、今じゃすっかりこの器に馴染んだ。あいつらとは、別物なんだよ。今のミアだって、同じってこと」
「じゃぁ、杖結びは、条件が揃えばやり直せるんだね」
「ミアは花弁採取の対価として、沢山の魔力を渡してたでしょ。あの子たちと強い縁が結ばれてたし、好かれていた。だからこれは、かなり例外的な話だよ」
「むむぅーん、そうなんだ。ポメラのアロマを作ってなかったら、結構危なかったってことだね」
「まぁ、そうかもしれないね」
多分、半分も理解できてないだろうけど、とりあえずこれで良しとしよう。
そう判断した私は、ルディーの持ち直した機嫌と、期せずして結ばれていたポメラとの縁に感謝しつつ、会話を終えた。
ルディーは、何回も聞くと機嫌が悪くなることがあるし、話しかけるタイミングを間違えるとそっぽを向く、気分屋さんだ。
とっても、猫らしい。元領主の威厳は、あっちのお山にポイしたようだ。
今は機嫌よく答えてくれているが、これ以上質問を重ねるのはやめたほうが無難だ。うん、引き際、大事。後はロンルカストに聞こう。
ロンルカストといえば、ここ数日とても忙しそうだ。今日も大量の課題を私に押し付けて、自分はどこかへ出かけていった。
まぁ、あのポメラの木もかなり巨大化させちゃったしね。
杖結びに伴い、花吹雪宜しく大量に飛び散っていったポメラの花弁は、地面に落ちると雪みたいに溶けて消えた。
だが、杖の枝をくれた一本のポメラの木は、杖結びが終わった後も、大木のままだった。今も青々と茂らせた枝葉で薬草園全体を覆っている。
まさか、私の代わりに、巨木化の謝罪に回ってるわけじゃないよね……? いやいや、きっと、色々と杖の手続きとか申請とかがあるんだよね、きっとそう、うんうん。
大変そうなロンルカストには申し訳ないが、お目付役がいないのは、嬉しい。
再び目を閉じたルディーの背中を、教えてくれてありがとうの気持ちを込めて2、3度撫でた。
片手でクルクルと杖で遊びながら、机に積まれた座学の勉強範囲にのんびりと目を通す。
あー平和だ。なんて、幸せなんだろう。
立派な貴族になるため頑張ろうと決めたが、のんびりできる時はのんびりするべきなのだ。
部屋の柱についた燭台の炎をボーッと眺める。
我が家の燭台は、半裸アルトレックスの上半身が柱から突き出し、大剣を振りかざすという奇抜なデザインだ。
ユニークすぎる形の燭台が、冬の模様替えに伴い家の全ての柱に出現し、ミニアルトレックス像が大量生産してしまった。
こうなってしまったのは、まさしく不慮の事故で、当初はかなり気まずかったが、今ではすっかり見慣れてしまった。慣れとは恐ろしい。
今日も炎達は、ミニアルトレックスの逞しい体に巻き付いたり、大剣に絡んでゆらゆら揺れたりしてめいめい自分の思うままに遊んでいる。可愛い、癒されるなぁ。
平和すぎて、ちょっと眠くなってきた。
リーンーーーー
「あれ? 起床の合図?」
寝落ちする直前、音泣きの魔術具の音が部屋に響いた。
あれは、私の寝室にある。ルディーは膝の上で寝てるし、セルーニが掃除していて、間違えて鳴らしてしまったのかな?
手に持っていた杖に向かって、消えろと念じる。ふわりと光ると、杖は溶けるように消えた。
ふふっ、魔法っぽい! ロンルカストに教えてもらった、今の私が唯一できる魔法だ。
膝の上でプープー言いながら寝ているルディーを、そっと抱えると、椅子から立ち上がる。
起きる様子のないルディーを椅子の上に置くかどうか迷っていると、パタパタとセルーニが2階から降りてくる音が聞こえた。
ルディーを抱きかかえたまま、廊下に顔を出す。何故か空のランタンを持ちながら、小走りで通り過ぎようとしたセルーニに、声をかけた。
「セルーニ、今の音は?」
「玄関に、訪客が来たようです、恐らく冬呼びかと思います」
「冬呼び? えぇっと、確か、炎を分ける代わりに糸をくれるのでしたっけ?」
「はい、冬の訪れを知らせる妖精です」
「妖精っ!」
「はい、そうです」
「セルーニ、妖精ですかっ!」
「はい。そうですが…… えぇっと、彼らの気性は荒くありません。宜しければ、ミアーレア様もご覧になりますか?」
「はい! わたくし、家主として彼らに挨拶します!」
玄関の呼び鈴は起床の合図と同じ音だった。
この家にお客さんなんて、来たことないから知らなかったよ。って、そんなことはどうでもいい。
妖精! 妖精だって! ファンタジーな生き物に、ググッとテンションが上がる。
可愛いのかな? いや、可愛いに決まってるよね、だって妖精だもんっ!
「冬呼び、冬呼びー!」
スキップしたい気持ちを抑えながら、セルーニと玄関に向かった。腕に抱えたルディーを見ると、まだぐっすりと寝ている。
寝ぼけたルディーが、間違えて妖精さんをパクリとしないように、気をつけなきゃ!
可愛い妖精たちを守るため、フンスッと、心の気合を入れた。
玄関につく。この扉の向こうに、妖精さんがいるんだ!
トンガリ帽子を被った掌サイズの小さな妖精たちに、背中の羽でふわふわと飛びながらホッペにキスされる妄想をする。ひゃー! 可愛いっ! 期待に胸が膨らんだ。
セルーニが妖精を出迎えるために、ガチャリと扉を開けた。ドアの向こうを、ワクワクしながら見る。
「ごきげんよう、冬の準備はおすみかな?」
そう言った妖精さんは、真っ白だった。
小柄な想像と違い、ロンルカストよりもずっと大きい。白いスーツを着ている。
顔も真っ白でフサフサしていた。前に突き出した長い鼻に細い顎と離れた目。垂れた両耳の間からは、2本の立派なツノが生えている。
そして、シャツの袖口から出ている手は二本指で、まるでヤギの手みたいな……って、うぇぇぇ!? これが妖精? ヤギ人間じゃなくて?
「ご、ごきげんよう。ようこそ、いらっしゃいました」
想像とのあまりの違いにタジタジしながら、文字通り二本足で立つヤギ人間に、なんとか挨拶を返す。
同時に、期待で膨みきっていた胸の中の風船が、プスンと音を立て斜め後ろの方向へ飛んでいくのを感じたのだった。
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