名付けと大切な物の場所
「ねぇ、ミア。僕のお皿には、僕の名前が必要でしょ?」
「え? あ、うん、そうだね。なんて刻もうか。テーレオか、ラジェルティートレオン?」
早速レイアウトのことを考えるなんて、既にお気に入り認定しているようだ。
立てた尻尾の先をくねくねと動かす機嫌の良さそうな黒猫を見ながら、ディーフェニーラ様に秘密をバラしたことも怒ってなさそうだと、一息ついた。
「僕はもう彼じゃないよ。すっかり変わってしまったんだから、ミアが新しい名前をつけてくれない?」
「えっ。黒猫ちゃんの名前、私がつけてもいいの?」
「まさかお皿にも、黒猫ちゃんって刻むつもり?」
「うーん。じゃぁ、タマかクロ、あ、ニャーちゃんは」
「ねぇ、僕に噛まれたら、結構痛いかもよ?」
「わわっ、じょ、冗談だって! 真面目に考えるから怒んないで、えーっとねぇ…… 」
イッと口を横に開き、山型の歯を見せつける黒猫から目を逸らし、慌てて言い訳をする。
さすがに安易すぎたか。
反省し、頭を抱えて真剣に考えた。
馬車の床と自分の靴先を見つめながら悩むも、なかなかいい案は浮かんでこない。
うー、何も思いつかない……。
急に名前考えるのって、結構難しいよ。何かヒントになるようなものは、ないかな。
馬車の窓から外を見る。小さくなった西の塔が見えた。
あ、えーっと、さっきディーフェニーラ様は何て言ってたっけ?
そうだ、ラジェルティートレオン様は、死という運命に抗って、その思いとチカラを遺したんだよね。
貴族にとって、精霊は神様みたいな存在だ。
神様の目を盗んでまで自分の想いや、ディーフェニーラ様を守るという約束を果たし続けてるって、結構すごいことだよね。
前世では、キリストに石をなげた人が、罰としてこの世が終わるまで解けない恐ろしい呪いをかけられてた。確か、彷徨えるユダヤ人だっけ?
きっと、相当な覚悟や決意のもとに、この選択をしたんだろう。
愛されてるなぁ、ディーフェニーラ様。黒猫ちゃんって、普段はクールだけど、心の中は情熱的なんだね。
「心かぁ…… 」
隣に座る黒猫を、横目で見る。左前脚の毛を引っ張るようにテチテチと舐め、その脚で顔を洗っていた。
私だけ悩ませておいて、自分は呑気か。いや、呑気に見せてるだけなのかな。
グラーレは、薬草園に向かってゆっくりと歩みを進めている。
ガタゴトと揺れる、一定のリズムが心地いい。馬車内にのどかに響く、車輪の音を聞いていると、ごちゃごちゃとしていた頭の中の考えが、纏まってきた。
ラジェルティートレオン、テーレオ、死ぬ間際まで、愛する人のことを憂いた人。
死してその心が置物に囚われても、最愛の人のために、チカラを尽くし続けた人。
報われないその心の一部が、迷い飛び出して黒猫になっても尚、変わらずにディーフェニーラ様のためになりたいと願い、過去の自分を後悔しつつ、想い続けている人。
「何度姿を変えようとも、心を尽くし続ける人、カルディアー。うん、黒猫ちゃん、ルディーはどう? ちょっと短いかな」
「ミアが決めたなら、言葉の長さは関係ないよ。もう一回、ちゃんとそう名付けるって、言ってくれるかな」
ちゃんと? うぇー、貴族式の名付け方法なんて分からないよ。
名前は受け入れてもらえたが、邪気のない顔で、また新たなリクエストをされてしまった。
まぁ、でもそっか。黒猫にしたら、自分の名前が決まるんだもん、ちゃんとしてほしいよね。
なんだか責任重大になってきた。
うんうんと悩み、自分なりに頑張ってそれっぽい言葉を選ぶ。
ちょっと不安だったので、窓から顔を出して、小声でロンルカストを呼んだ。
御者席から身を乗り出して私の耳打ちを聴いたロンルカストから、笑顔とオッケーをもらう。
うん、よし。ロンルカストのお墨付きももらったし、この文言で大丈夫っぽい。
ふぅと息を吐き、黒猫に向き直った。
毛繕いをやめ、尻尾をパタンと席に落とした黒猫は、何も言わずに私の言葉を待っている。
深く息を吸い込み、口を開いた。
「 ……長い間、スコダーティオの足音に耐えてきた貴方が、満たされますようにと願いを込め、ルディーと名付けます。貴方の進む新しい道が、どうか明るく照らされますように。イリスフォーシアの祝福と、神々の御加護があらんことを祈り、この名授けの儀式といたします」
私の言葉を目を閉じて聞いていた黒猫は、ぶわりと体の毛を逆立てた。
尻尾がボワボワに膨らんで、狸みたいだ。
「ルディー。 ……うん、すごく収まりがいい。僕の中身が、やっと落ち着いたみたいだ。ありがとう、ミア」
すぐに元の姿に戻ったルディーは、金色の瞳で私を見上げながら、コテリと首を傾げた。
「気に入ってもらえて良かった。宜しくね、ルディー」
びっくりした。急に体をボワってしたから、言い方がダメだったのかと心配したよ。
ドキドキしている胸を撫で下ろしていると、馬車が薬草園についた。
窓から飛び降り、シュタッと地面に着地したルディーに続いて、中を進む。
当たり前のようにポメラの咲く一角に着いた。辺りはすっかり暗くなっている。
「ルディー、もう遅いからお家に帰ろう? セルーニも待ってるし」
「大丈夫、すぐに終わるよ。ミア、そこの木に触って」
「この木がどうかしたの? 今日は、ポメラの採取はしないよ」
「うん、そろそろ君を呼ぶ声にも、気付いてあげてもいいんじゃないかなって思ってさ」
「私を呼ぶ声?」
ルディーが、また難しいことを言い出した。
後ろに控えるロンルカストを振り返る。
ニッコリと微笑むだけで、通訳してくれる気はなさそうだ。
ちょいちょいと前脚で一本のポメラの木を指し示すルディーは、言うことを聞かないと、帰路についてくれそうもない。
「もー、しょうがないなぁ」
ふぅとため息をついた。
言われるがまま木に手を当てようとする間際に、ロンルカストが口を開く。
「ミアーレア様、魔力が満ちるまでお手を離さないよう、お願い致します」
「え? わっ!?」
聴いたことのあるセリフだと、思う余裕もなかった。
木についた手を通って、ズワッと体の内側から、魔力が抜けていく感覚に、頭がクラリとして下を向く。
根元から金色の光が立ち上がった。
眩しい光で目が痛い。
耐え切れずに目を逸らし上を向くと、光も幹を駆け上がり、ポメラの木を金色に染めながら伸びていく。
同時にズズズ……と音が聞こえた。
ギョッとしていると、ポメラの木が信じられない速度で上へ上へと成長していく。
まるで、光に追いつかれないよう空へと逃げているみたいだ。
成長する木と幹を駆け上がる光は、互いに競い合うように追いかけっこをしながら上へ伸びていく。
あっという間に、天に届くんじゃないかと思うほどの大木になると、上への成長をやめたポメラの木は、今度はスルスルと横に枝葉を伸ばしはじめた。
すぐに幹の成長に追いついた光も、横に伸びる枝に続き、薬草園全体を覆いつくした枝葉を、全て金色に染めあげる。
夕暮れのオレンジから暗い青に変化していた空が、眩い金色に埋め尽くされ、見えなくなっていく様子に、私はポカンと口を開いた。
速度も持っていかれる魔力の大きさも全然違うけど、この感覚は覚えている。
あの時の、杖結びの儀式だ。
「杖、結び……? でも、私の木はあの森で失われたはずなのに、どうして?」
「あそこは君が始まった場所だからね、魔力が帰りたがるのはしょうがないさ。でもね、君の欲しかったものよりも、君の力になりたいと思う枝を大切にするのも、悪くないと思うよ?」
ポロリと落ちた独り言に、ルディーが答えた。
「だって、儀式のやり直しはできないって言ってたのに」
「僕がいうのもなんだけど、君はすっかり変わっただろう? 本来はやり直しはできないけれど、あれは、ほとんど君だったものが欲しかった枝。これは、ほぼ君が欲しい枝じゃないかな?」
「ほぼ、私?」
金一色に覆われた頭上で、真っ赤なポメラが一斉に花を咲かせる。
ふわりとその花弁を風に散らすと、また新たな花を咲かせる。数え切れないほどのポメラが咲いては散り、咲いては散っていった。
風に乗り舞い踊る花弁に、目の前が埋め尽くされると、ポメラの木は一層の光を放った。
眩しくてギュッと目を瞑る。
ふわりと掌に何かが触れた。
ゆっくりと目を開く。
いつの間にか私の両手はポメラの木から離れ、代わりに一本の枝が握られていた。
枝はポワッと優しく光ると、みるみるうちに角が取れる。
真っ直ぐで滑らかな指揮棒のような形になると、スルスルと絵具が流れるように、滑らかに金色の線が走った。光が収まると、細く装飾が刻まれていた。
「あ、私の杖…… 」
「ねぇ、ミア。僕たちはいつだって、失ってからそのことに気づくんだ。大切なものは近くにあるのにね」
まるで自分に言い聞かせるように落としたルディーの言葉が、ボーッとしながら掌の杖を眺める私の頭の中で、小さく響いたのだった。
その日、アディストエレンの街では、貴族街も平民街も等しく季節外れの花吹雪に包まれる。
降り注ぐ鮮やかな赤い花弁の一枚一枚に感じる魔力に、貴族達は何事かと慌てふためき、平民の街では、首を捻る大人たちを尻目に子供たちの歓声が響きわたった。
ロンルカストが関係各所に伝令を送る後処理に奔走する中、空の一層の青さに気付いたものは、ほんの一握りだった。
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