西の塔からの帰りの道
「フンッ。運命に逆らった僕が、それに囚われているだなんて、滑稽な話だね」
私の足元で、そっぽを向いた黒猫が鼻を鳴らした。
「二度も抗ったのですもの。今度は一柱から、眷属への招きがあるかもしれなくてよ」
「そんなものに縛られるなんて、ごめんだよ。それに運命を司る彼女たちから睨まれること、必至じゃないか」
「うふふ。差し当たりフォーティアーノか、セリノーフォスが濃厚かしら」
執務机に肘をついたディーフェニーラ様が、頬に手を当てる。
嫌がる黒猫をからかうように、楽しげに笑った。
「そんなこと言って、本当に彼らから手を伸ばされたら困るよ。少し見ないうちに、君は幼子や子猫をいじめる趣味を持ってしまったみたいだね。なんて、嘆かわしいんだろう」
「彼らからの祝福を嫌がるなんて、貴方くらいなものよ? 何度その在り方を変えようと、貴方は貴方なのね」
「確かに僕は、彼とは道を違えてしまった。けれど、背負っている荷物を下ろすつもりはないよ」
芝居がかったため息をついて頭を振った黒猫を、ディーフェニーラ様が見つめる。嬉しそうに目を細めた。
うーん、精霊の話が出てきたので、話の意味はよくわからない。でも、なんだか雰囲気が甘くなった気がする。もしかしてこの2人、いちゃいちゃしてる?
「そうね。東の離れなのですが、貴方に届くイリスフォーシアの日差しは、少し強過ぎるのではないかしら」
「僕は西に馴染んでいたからね。東の窓辺は少し眩しいよ。でも、あそこの庭には、良い木陰があるんだ。 ……あぁ、今日もセリノーフォスの目覚める美しい時間が、近づいてきてしまったみたいだ。悲しいことだね」
「 ……ミアーレア様。ご挨拶を」
2人の会話の内容がよくわからず、更にうちの庭の話が出てきたから、どういう意味だろうと頭を捻っていると、後ろのロンルカストから小声で注意を受けた。
しまった! さっきの黒猫の言葉が、お別れの合図だったようだ。
「えっ、あ、はいっ! ディーフェニーラ様、本日も、イリスフォーシアとセリノーフォスのすれ違う時が近付いてまいりました」
慌てて片膝を床につく。お別れの挨拶をした。
「とても悲しいことね。彼の歩みを、これほど疎ましく思ったことはないわ。ごきげんよう、ミアーレア」
ディーフェニーラ様の言葉を最後に、部屋を後にする。例の如くベルセは、ディーフェニーラ様の横から扉の外に瞬間移動していた。
ベルセに案内され、先導するベルセ、私と黒猫、ロンルカストの順に廊下を歩きながら、ディーフェニーラ様のことを考える。
最愛の人が、今までもこれからも後ろから見守ってくれていると分かったディーフェニーラ様は、最後に少し悲しそうな顔で黒猫を見つめていた。
その視線に気付いているはずの黒猫は、挨拶が終わるとサッサと部屋を後にしていたけれど、あれで良かったのかな。
ふと、視線をあげる。いつもは私に気を遣って色んな話を振ってくれるベルセの、無言の背中が見えた。
あ、そっか。ベルセも、ディーフェニーラ様の前にテーレオ…… じゃなくて、ラジェルティートレオン様に仕えていたんだよね。
その今は亡き元主が、実は後ろの飾り棚の上の黒猫の置物になって見守ってて、今度はその一部がリアル黒猫になっちゃったって突然分かったんだもん。そりゃぁ、頭が追いつかないよね。
うんうんと、納得した。きっと混乱して、パニック状態だろうな。今日くらいは、優しいベルセに借りを返さなきゃ。
考えてもわからないディーフェニーラ様のことを、一旦頭の隅に追いやる。
そして目の前のベルセを慮り、口を開いた。
「ベルセ様 庭の鳥除けの件ですが、わたくし急いでおりません。いつでも大丈夫ですので、また次の機会に、教えてくださいませ」
「クスクス……。ミアは優しいだろう? ベルセ、君の忠誠心を疑う事はしない。左の棚の鍵は、いつだって君の手の中にあるさ」
「 ……しかと、かしこまりました」
入り口の扉まで見送ってくれたベルセは、最後に深く頭を下げる。
チラリと見えたベルセの表情にいつもの優雅さはなく、少し硬い気がした。うん、わかるよ。そんなに直ぐには受け入れられないよね。私も、黒猫が人間だったってこと未だに混乱するもん。
西の塔を出て、私と黒猫は来た時と同じ馬車に乗り込む。
ロンルカストが前の御者席に座ると、二頭のグラーレたちが、ゆっくりと歩き始めた。
グラーレと馬車を繋ぐ、蜘蛛糸のような細いキラキラがピンと張り、馬車がガタゴトと動き出す。
「 …………。」
隣に座る黒猫は口を閉じたまま、窓の外を見つめていた。
その小さな背中からは、少し哀愁を感じる。
同じ敷地内とはいえ、久しぶりに会って話をしたディーフェニーラ様とバイバイして、ちょっセンチメンタルになっているのだろうか。
私はというと、馬車内の沈黙にかなり気まずい思いをしていた。だって、ディーフェニーラ様の罠にまんまとハマって、黒猫の秘密を暴露することになってしまったんだから。
どうしよう、怒ってるかな?えーと、えーっと……。うん、とりあえず、違う話題を出して、気をそらしてみよう。
そうだ! 今度ザリックさんにお願いして、黒猫用のお皿と水受けでも作ってもらおうかって思ってたんだよね。
ゴリゴリマッチョな見た目と違って、ザリックさんの腕は、さっき献上したスライム時計で証明済みだ。
ディーフェニーラ様も、その出来に満足していた。
もと人間だけに、餌皿は嫌がるかもしれないので、黒猫に確認したいと思っていたのだ。
薬屋でも店番中の昼寝がばれた時、ミグライン店長の怒りを逸らす為に使ったお馴染みの手口である。
あの時うまくいった実績をもとに、感傷中の背中に話しかける。
「あのね、黒猫ちゃん。今度平民の街に行くことができたら、黒猫ちゃん用のお皿と水受けを作ってもらおうかなって思ってるの。スライム時計が完成しちゃったから、今度いつ行けるかは分からないんだけど、どうかな?」
「僕のお皿?」
黒猫は、窓からスイっと目を離し、私を見上げた。瞳がまん丸に見開いている。急に話しかけて、びっくりさせちゃったかな。
「うん。ほら、今まではお花を直接渡すか、会えない時は枕元に置いておいたでしょ? でも、ベッドの上に直接置くのは味気ないかなって思ってたし、お皿があった方が、黒猫ちゃんも好きな時に食べれるかなって思って」
「ふーん、僕のお皿ね。僕のお皿を、どこに置くの?」
「んー、私の寝室にしようと思ってたけど、食事用のお部屋にする?」
「それって、どこの食事用の部屋?」
「どこのって、これから帰る私たちのお家でしょ? 黒猫ちゃんは、いつもテーブルでパピーと遊んでるじゃない」
「そっか、うん。ロンルカスト、僕らの家に帰る前に、少しだけ薬草園に行きたいな。 ……今回は、アルトレックスは要らないよ」
「はい。承知いたしました」
「え? 今から薬草園に行くの?」
辺りは、すっかり夕暮れに包まれていた。
じきに日が落ち夜がやって来るだろう中、急に薬草園に行きたがる黒猫と、二つ返事で首を縦に振りグラーレの進行方向を変えたロンルカストの態度に、私はただただ困惑したのだった。
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次回、2章完結となります。




