見守るもののあり方
100話に到達致しました。
いつも応援いただきありがとうございます。この場をお借りして御礼申し上げます。
また、kanatsu様に表紙絵を描いていただきました。
一話の最下部に追加いたしましたので、宜しければご覧ください。
頭の中になだれ込んできた記憶は、唐突にプツンと途絶えた。痛みが引いていく。
目蓋の裏に見えていた映像が消え去り、暗闇が戻ってきた。ギュッと瞑っていた目を開き、ゆっくりと立ち上がる。
私は薬草園にいた。
「ちょっと強引だったかな。ごめんね、痛かった?」
黒猫は、地面に近い位置で咲いたポメラの花に顔を近づけ、鼻先でつつくと満足そうに目を細めた。
「黒猫ちゃん? あれ? 私、ディーフェニーラ様の執務室にいたのに、どうしてここに」
「心配しなくていいよ。君の時間を借りているだけ、どこかの悪戯好きと違って、僕はちゃんと元の場所に戻してあげる」
ポメラと遊んでいた黒猫が、クルリと振り返る。
なんだろう。いつもの黒猫だけど、いつもの黒猫じゃないように思えた。
「あなた、黒猫ちゃん、じゃない?」
「クスクス……。 そうだね。きっと、君の知る彼じゃないよ」
「いま私が見た記憶は、貴方のもの?」
「そう。代わりに今は、君のものの中にいる。君が知りたがっていたから、うまくいったね。君にとっては、何気ない光景だとしても、僕は感謝したい。失ったものほど、輝いて見えるものはないよ。あぁ、匂いも感触も、なんて懐かしくて美しいんだろう」
どうして、こんなことを?と、口に出す前に、さっき脳裏に流れ込んできた映像が蘇る。
「私の全ては、君の為に」
聞き覚えのある声と台詞だった。杖結びの日に覗いてしまった黒猫の記憶で、死際のテーレオが残していった言葉だ。
「貴方も、テーレオの生まれ変わりなの?」
「僕はテーレオだったものだよ。剥がれ落ち、残された一欠片。君が見た彼の未来であり、君といる彼の過去でもあるかな」
「生まれ変わりじゃなくて、残されたもの。ねぇ、テーレオは、シャトネットさんを守るために、貴方を残したんだよね?」
「そうだよ。僕は彼の意志を継いで、彼の果たせなかった役目を引き継いでいる。愛したものの側を守っているよ。託された使命を全うできているかについては…… あぁ、体が動くっていうのは便利なものだね」
ツツツと、私から金色の瞳を逸らした黒猫は、飛び交う蝶達を追いかけ始める。
勢い余ってポメラの木に突っ込んだ黒猫は、フルフルと体を振って、くっついた草や小枝を辺りに飛び散らした。
「でも、だって、それじゃおかしいよ。テーレオの愛した人はシャトネットさんでしょ? なのに、どうしてあなたは、ディーフェニーラ様のそばにいるの?」
「彼の愛したシャトネットは、君が口にした美しい名を持っているよ。まさか僕らがその体を成すなんて、笑い種だろう? 偶然この器に引っかかってしまったのか、エーダフィオンを欺いた罰が下ったのか。全く、ディミゴルセオスも食えないやつだね」
「ディーフェニーラ様がシャトネットさん? え、あれ? だって、テーレオは20歳くらいで、この前プロポーズして、それで亡くなったばかりで……。 シャトネットさんも、顔は見えなかったけど、声は若い人だったのに」
「クスクス……。 君がピラフィティーリに好かれる理由はよく分かったけれど、早くその夢からは醒めた方がいいと思うよ。これ以上彼に気に入られたくなければね」
「 ……あの薬草園の出来事も、ピラフィティーリが見せた夢で、昔の記憶?」
「彼にとっても、夢のような時間だったことは確かだろうね。最後の瞬間に、エーダフィオンが見せるくらいだから」
混乱する頭を整理しようと試みるも、ぐちゃぐちゃでまとまらなかった。
記憶と同化していたせいで、黒猫が感じていた、どうにもならない切なさと焦りがまだ、私の中にも残っている。
「黒猫ちゃんが、私の杖結びの魔力を食べたのは」
「君は、彼女が1番欲しがっているものをあげられたから。彼は、僕らには決して彼女に与えられない、手に入ることのないものに、手を伸ばしてしまったんだ。僕は見守るもの、テーレオの忘形見。今までもこれからもずっと、そうあり続けるべきなのにね」
「黒猫ちゃんは私の魔力を食べて、欲しかったものを手に入れられたのかな。それに、もう、戻れないって言ってた。あそこは、扉のない部屋になってしまったって」
「彼はね、君の魔力を取り込んだことで、すっかり僕とは変わってしまったんだ。いや、君に惹かれた時から、もう違ったのかもしれない。彼は僕だけど僕じゃない。もう僕に戻ることは、叶わないよ」
「そんな! ディーフェニーラ様のために、力を求めただけなのに!」
「ねぇ、僕もね。君が好きだよ。貴族のあり方としては、間違っていたとしてもね。利益を求める鼠達とは違う。彼女を心から心配する純粋な君の言葉は、空洞の僕らの心にとても甘く響いて、空っぽの中身を満たしては消えていくんだ」
「私のせいで……。 黒猫ちゃんは、あそこに戻れなくなった?」
「僕はこれからも、僕に託された役目をまっとうする。それだけ。君に惹かれた彼を責めることも、称賛もしない」
「あの部屋に扉を作る方法を、黒猫ちゃんが貴方に戻る方法を、貴方は知っているの?」
「彼は道を選んだ。選んでしまった。縛られていたものから解き放たれた偶然を喜ぶべきか、新たな縄に絡めとられた困難を嘆くべきか、彼が決める事だよ。あぁ、もう時間だね」
両脚を揃えて私の前に座っていた黒猫はスックと立ち上がる。私にお尻を向けて、歩き出した。
「待って! お願い! どうすればいいのか、教えて!」
「楽しい時間をありがとう。夢から覚めて、イリスフォーシアの光の中へ、お戻り」
「待って! どうして、私をここに呼んだの!? あなたも、このままでいいの!?」
薬草園と黒猫の後ろ姿が、眩しい光に包まれて行く。真っ白な影になった世界に、私は手を伸ばし叫び続けたのだった。
お読みいただき、ありがとうございます。




