2話 悪役令嬢を助けた結果、皇子ルートに巻き込まれそうになる
学園の中庭で。
「あーあ、かわいそう。そんな服じゃ、次の“神聖魔法”の授業には出られませんわよ?」
「血みたいな赤は厳禁ですものね。……着替えるしかありませんわ。あっ、エミリア様って次遅刻したら懲罰室でしたよね? 急がないと大変ですわよ?」
まるで絵にかいたような虐め現場を再現するかのようにくすくすと笑いながら嫌味を言う貴族令嬢たち。その前で、白い法衣を汚された黒髪の少女——悪役令嬢エミリアは、わなわなと肩を震わせていた。
その虐め現場に私は運悪く遭遇してしまったのだ。
(今から着替えてたら絶対間に合わないじゃん!! わざとやってるでしょこれ!!)
思わず助けに向かいそうになり——私ははっと立ち止まる。
(いやいやいや、だめだめ。関わったら私、死亡フラグ一直線。平民の私が貴族に逆らったら即アウト……!!)
私は見なかったふりをして歩き出す。
横目に映るエミリアの涙目を見ながら、ぐっと唇を噛んで数歩進み——
(…………ほっとけるわけないでしょおおおおお!!)
私はダッシュして、悪役令嬢たちの前で 盛大に転んだ。
手に持っていたサンドイッチが、ふわぁっと宙を舞い——べちゃっ。
エミリアの服に、思い切りケチャップが飛び散った。
「は!?」「な!?」
貴族令嬢たちが目をむき、エミリアまで「え?」と困惑の声を漏らす。
「はわわっ!! ご、ごめんなさい!! 急いでたら転んじゃって!! 服、大丈夫ですか!? 怪我はありませんか!?」
私は立ち上がると同時に、3人へ息つく間も与えず矢継ぎ早にまくしたてた。
——返事は待たない。
貴族に口を挟ませたら平民の負けなのだ。
「きゃー!! 貴族様のお洋服にケチャップが!! 次、神聖魔法の授業ですよね!? 急がないと遅れちゃいますよー!!」
私はそのまま、ぽかんとしているエミリアの手をがしっと掴む。
「え?え?え?」
「あっちの水道で洗いましょう!! まだ間に合うかもしれません!!」
そう叫ぶと、私はエミリアを引っ張って全速力でその場から離れた。
***
「はぁ、はぁ……ここまで来れば大丈夫!」
貴族令嬢たちの姿が見えなくなる位置でようやく止まると、エミリアは頬をほんのり染めていた。
「あ、はい。……ありがとうございます」
「あ、いえいえ! 汚したのは私ですし!! とにかく服を何とかしないと授業に——」
「……いえ。もうどうせ間に合いませんから。遅刻したら懲罰室なので……休んでも同じです」
その言葉に、私は思わず眉をひそめた。
(小説だとエミリア様って、すっごく真面目で良い子だったのに……。遅刻が多いってことは、たぶん虐められて邪魔されてきたってことじゃん……)
胸の奥がモヤモヤと熱くなる。
でも、この世界には服を綺麗にする魔法なんてない。
この汚れじゃ神聖魔法の授業は絶対に受けられない。
……いや、待って。
(あるじゃん。“発想の転換”。)
「いいこと考えました!!」
私はエミリアに向けて光魔法を展開した。
「きゃっ!? え、な、何を——」
光がふわりと衣服を包み込む。
そして——一瞬で、彼女の服は真っ白に輝き始めた。
「わぁ……」
エミリアが小さく息をのむ。
「すごい……どうして……?」
「えへへ。服を綺麗にするのは無理だったので、逆に“白い光の絵の具を塗った”感じにしました!
光で包んで、表面を発光させて白く見せてるだけですけど……今日一日は持つと思います!」
本来なら高等技術だけど、そこは転生者ボーナス。なんとかなった。
「これなら授業に出られますよ! 汚しちゃった服はあとで必ず弁償しますので!」
そう言って私は走り出した。
(って、あの服結構するんだよね。しばらく昼食抜きだぁぁぁぁぁ!!)
泣きながら駆けていく私の背中に、エミリアの何か言いかけた声が届いたけれど——聞こえないふりをした。
***
「……せっかく孤立させて、依存させるつもりだったのに。あの女、邪魔だな」
走り去る平民少女を見つめながら、金髪の男がつぶやく。
胸元の王家の紋章が、いやに冷たく光った。




