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彼女とおっさんと俺の再会

途中第三者目線が入ります。

 行動に出る上で、一番大事なのは敵を知ることだろう。

 「彼を知り、己を知れば百戦危うからず」と孫子大先生も言っている。

 なので、俺たちはあの日以来、この世界において自分たち自身のことを知る努力と並行して、ギルロイ商会の仕組みについても調べていた。


 たとえ国が抜け駆け禁止、とお触れを出したところで、その目をくぐって悪いことをする者がいるのが世の中の常だ。ギルロイ商会が『女神の恵み』を独占することをよく思わない商人がいるならば、そこからギルロイ商会の天下を崩せないかと思いったのだが……どうも難しい。

 

 ギルロイ商会は、決められた定額で買い取った『女神の恵み』を市場で販売することで利益をあげている。エリサやライザから聞いた買い取り価格と、市場での流通価格はおよそ二倍にも至ろうかというほどに隔たりがあった。

 他に比べてレア度があがるアイテムに至っては買い取り額の十倍近い値段がついているものすらある。

 調べれば調べるほど、阿漕な商売してやがる、と思わずにはいられないわけだが……不思議なことに、ギルロイ商会にはライバルが存在しない。

 

 エリサやライザは、これまでにも巷の店に直接『女神の恵み』を持ち込んだことが何度かあるらしい。が……その度に、正規の価格でしか買い取りは行えないといけんもほろろに断られてしまうのだと言う。

 

 ギルロイ商会が買い上げる価格よりは高いものの、市場で流通するよりも安く。


 そんな裏取引に、どこの商人も応じなかったというのだ。

 それが果たして、法を遵守しようという清らかな心の表れだと言えるだろうか。

 俺にはとてもそうだとは思えない。

 

 かつてアメリカでは禁酒法なる法律が成立していた時期がある。

 その結果何が起きたかといえば、アルコールの密造・密売を潤沢な資金源としたマフィアの台頭だ。いかに法律といえど、人の欲望に蓋が出きないという良い例だと思う。


 しかし、セントラリアではアンダーグラウンドですら、『女神の恵み』が出回る仕組みがない。そういったことを目論んだものがいなかったこともないらしいが、現れる度に商人ギルド側に通報され、騎士団が摘発に動いたらしい。

 

 なるほど。

 以前俺たちの前に姿を現したセントラリアの騎士の姿を思い出す。

 ギルロイ商会の人間におもねり、その意図を汲むように動いていたっけか。

 

 こうして考えてみると、セントラリアの人間側はとことん徹底して獣人への窓口をギルロイ商会一本に絞ってきている。いや、人間側にそういった明白な自覚はないだろう。すべてそうなるように、ギルロイ商会が強かに操っているのだ。


「その辺の事情がもうちょい詳しく知りたいよなあ」

「うむ」


 そんなことをぼやきながら、俺はコーヒーを啜る。

 現在腰を落ち着けているのは、商人ギルドの斜め向かいにあるカフェだ。

 商人ギルドの様子がよく見えるのと、コーヒーが美味いので、最近のお気に入りだ。イサトさんとエリサはミルクをたっぷり入れたカフェオレ、ライザはコーヒーミルクだ。

 

 顔馴染みになった店員からそれとなく話を聞き出したところ、なんとここのコーヒーは「女神の恵み」の豆を使って淹れているものらしい。


 道理で美味いわけだ。

 

 確かコーヒー豆はセントラリアの南側の草原に生息するマンドラゴラのドロップアイテムだったはずだ。HPやMPを回復するというわけでもなく、特に加工して使い道があるというわけでもないドロップアイテムだったので、ゲームの中ではクエスト品としてNPCに収めるか、適当に店売りするしかないアイテムだった。

 それがこうして美味しいコーヒーになるのだから、「女神の恵み」の有難味を改めて思い知るところだ。

 

 ちなみに、仕入れ額やら何やらについても聞き出せないかと試みてみたのだが、やんわりとした笑顔で誤魔化されてしまった。


「エリサやライザは何かわかったか?」

「今わかってること以上の情報はねーな」

「やっぱり獣人ってだけで警戒されちゃうみたい」

「そうだよなあ」


 俺たちは余所者、エリサとライザは獣人。

 人間側の情報を探るには、思い切り不向きなメンツである。


「そういえば……午前中の地震、大丈夫でしたか?」

「地震?」

「オマエたち、気づかなかったのか? 午前中に、でっかいのがあっただろ」

「あー……」


 俺はちろり、とイサトさんへと視線を流す。

 イサトさんは、すすっとテーブルに置いてあったメニューを立てて俺の視線を物理的に遮った。


「?」

「?」


 エリサとライザが不思議そうに俺とイサトさんのそんな無言の攻防を見詰めている。


「……まあ、その。大丈夫、だった」


 イサトさんがごにょごにょと小声でつぶやく。

 一体メニューガードの向こうでどんな顔をしてるんだか。

 

 ここまで言えばもうわかると思うのだが、エリサやライザがいう「午前中にあった大きな地震」の犯人は、イサトさんなのである。

 

 セントラリア近くにある蜂の巣ダンジョンにて、スキルの使い分けや、使い勝手についてを確認するための実戦を重ねる中で、不幸な事故が起きてしまったのだ。







『秋良青年、ちょっと大技試してみるので下がっててくれるか?』

『おう』

『このレベルのスキルを何発連続で使ったらMPが尽きるのか試したい』






 そんな会話を交わして、俺が下がり。

 イサトさんがダンジョンの奥に向けて中級魔法スキルをぶっぱなしたわけだったのだが――…イサトさんの疑問への答えはダンジョンの崩落だったりした。イサトさんのMPが尽きる前にダンジョンにガタがきてしまったのだ。まあ狭い閉じた空間で、あれだけ派手な爆発を起こせば、そりゃ地盤も崩れるだろう。どしゃどしゃと崩れる土くれの中を、必死こいて駆け抜けたのはなかなかにスリルがあった。というか死ぬかと思った。

 

 外でやると目立つから、という理由でダンジョンに籠って実験していたのだが、それで死にかけるとは思わなかった。死亡フラグというのは、かくもなちゅらるに日常に潜んでいるものなのである――…。


「セントラリアでも感じられたんだな」

「うん。ずぅん、って鈍い地響きがしたと思ったらごごごごごごって地面が揺れ始めて……みんな通りに出てきて大騒ぎだったよ」

「…………そうか」


 イサトさんはメニューガードの向こうで遠い目をしている。

 怪我人が出なかったのが、不幸中の幸いだ。

 巣を埋立てられてしまったビーセクト(ハチによく似たモンスター)らには悪いが、頑張って再建していただきたい。イサトさんの実験の産物ですでに大量の蜂蜜は手に入れているが、そのうちまた必要になるかもしれないので。

 

 と、そんなことを考えていると。

 ふとカフェの斜め向かい、商人ギルドの方で揉めるような声が聞こえた。

 大声で言い争う、というほどではないものの、尖った声というのは案外耳に届きやすいものだ。

 

「……なんだ?」

「なんだか、揉めてるみたいだね」


 エリサとライザの頭上で、▲がひくひくと音を集めるように揺れている。

 俺たちには聞き取れない会話も、この二人には聞こえているのかもしれない。


「……っ、…て、…いっ!」

「……て……れ!」


 何かを言い募る女性の声と、それに対する男の声。

 男は短く何事かを告げると、さっさと商人ギルドの中へと戻っていく。

 あとに残されたのは、悄然とうなだれ、立ち尽くす一人の少女のみ。

 柔らかそうな金髪に、上品なドレスのような出で立ち……って、彼女の姿に既視感を覚えて俺は目を眇める。

 どこかで、俺は彼女を見たことがある。

 どこで、だっけか。

 首をひねりひねり考えて――…


「あ」


 俺は隣のイサトさんを習って、そっとメニューをテーブルに立てて防御壁を作成した。


「秋良青年?」

「イサトさん、彼女、飛空艇に乗ってた子だ」

「おおふ」


 心なしかイサトさんの背が、体を縮こめるように丸くなった。

 俺たちは確かに乗客を救いをしたものの、その一方で飛空艇を破壊した犯人御一行でもあるのだ。話の流れによっては、いろいろと面倒臭いことになる。


 ああでも。


 ちょっと俺の中のあくどい部分が声をあげる。

 商人ギルドから出てきた、ということは、何らかの形で商人ギルドにつながりがあるということだろう。そして、今の様子を見た感じでは、彼女がギルロイ商会側とうまくやっている、ということはなさそうだ。

 

 それなら。

 飛空艇で助けたことを恩に着せれば、何かしら情報を引き出すことができるのではないだろうか。


「イサトさん」

「ん?」

「ちょっとあくどいことを言ってもいい?」

「……たぶん、同じことを私も考えてた」


 すすっとメニューガードの上から目だけを覗かせて、俺とイサトさんは見詰めあう。どうやらずるい大人は同じことを考えていたらしい。

 

「エリサ、ライザ、集合」


 テーブルの真ん中に顔を寄せ合い、悪だくみ開始である。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

★☆★

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 レティシアは、無情にも閉じてしまった扉を前に小さくため息をついた。

 セントラリアの市場を牛耳るギルロイ商会が、そう簡単に話を聞いてくれるとは思わなかったものの……やはりこうして門前払いを実際にされてしまうと、どんよりと心が重くなる。

 が、かといっていつまでもこうして商人ギルド前に立ち尽くしているわけにもいかない。レティシアは、もう一度息を深く吐き出すと、のろのろと踵を返そうとして……そこに、鮮やかな緋色の髪を持つ獣人の姉弟が立っていることに気付いた。


「ああ、ごめんなさい」


 商人ギルドに用があるのに、邪魔をしてしまったかと一歩横に退いて場所を譲ろうとするものの、獣人の姉弟は首を小さく横に振っただけだった。


「おねーさんに会いたいって人がいるんだけど、ついてきてくれる?」

「オレたち、アンタを呼んできてほしいって頼まれたんだ」


 ぽん、と姉らしき少女がコインを手の中で弾ませる。

 大きさからして、1000エシル硬貨だろうか。


「私に会いたい、という人ですか……?」


 レティシアの頭のどこかで警鐘が鳴る。

 直接自分で会いにくることはせず、子供を使いに寄越すような相手だ。

 おそらくは、白昼堂々とは表を歩けないような輩ではないのだろうか。

 

 これは、セントラリアの裏社会からの誘いなのか――

 

 レティシアの背中を、冷たいものが這う。

 セントラリアに来てからのレティシアの動きを、良くは思っていないものがギルロイ商会の他にもいたのかもしれない。否、もしかすると、たった今別れたばかりのギルロイ商会の人間が、面倒はさっさと片付けてしまえとばかりに狼藉者を手配した可能性だって否定はできない。


「大丈夫、だよ」

「え……?」


 年少の男の子が、レティシアの不安を感じ取ったかのように、優しい声で口を開いた。その瞳に、どきりとする。濃い紅の瞳には、強い意志の力を感じさせる光が宿っていた。

 

 ああ。

 きっとこの子たちはお金で使わせられたわけじゃない。

 

 直観的に、レティシアはそう察していた。

 この姉弟は、何らかの目的があり、その目的のためにレティシアにこうして声をかけてきたのだ。

 それはもしかすると、レティシアがセントラリアにやって来る前から地道に動かし続けていた目論みに関係していることなのかもしれない。


 それならば……レティシアは逃げるわけにはいかない。

 

「……わかりました。案内を頼めますか?」

「いいのか?」


 少し驚いたように、姉が目を瞠る。

 こうしてレティシアに声をかけておきながら、レティシアが乗るとは思ってもいなかったというような様子に少しだけ溜飲が下がった。

 今日は今朝から、ギルロイ商会の人間に良いようにあしらわれて鬱憤がたまっていたところなのだ。


「私に用があるのでしょう?」


 それがこの姉弟たち自身なのか、それとも本当にこの二人を使いに出した相手なのかはわからない。けれど、レティシアの商売人としての勘が、ここが勝負どころなのだと告げていた。

 しゃんと背筋を伸ばして、姉弟をしっかりと正面から見つめ返す。



「私は、セントラリアに貴方たちのような獣人の方と取引をするためにやってきました。そちらから話があるというのならば、願ってもない話です」


 


 レティシアの言葉に、姉弟が顔を見合わせる。

 そして、一言、獣人の少女が短くぶっきらぼうに告げた。


「ついてこい」

「はい……っ」


 二人の後ろ姿を追いかける。

 鮮やかな緋色の髪と尻尾を揺らして、二人は駆けていく。

 レティシアがすぐに見失わないようにある程度は気を使ってくれてはいるようだが、それでも日頃あまり運動とは縁がないレティシアには十分速い。

 すぐに息があがって、胸が苦しくなる。

 それでも視線の先で揺れる緋色を見失うわけにはいかなくて、レティシアは根性で追いかける。

 

 いくつもの薄暗い路地をくぐった。

 いくつもの明るい大通りを横切った。

 いくつものぐねぐねまがった細い小路を抜けた。

 

 そして、息苦しさにくらくらしたレティシアが自分がセントラリアのどこにいるのかもよく分からなくなった頃、目の前を軽やかに駆けていた姉弟がようやく足をとめた。

 

 ここは、どこだろう。

 

 薄暗い。

 人の声が、街の喧騒が遠い。

 生活感のない、寂れた道でありながら、嫌な印象はなかった。

 人に忌避される場所、というよりも、ただただ人に忘れられただけの道、といった雰囲気が漂っているからだろうか。


「ここ……なんですか……?」


 荒く弾む息を整えながら問いかけると、赤毛の姉弟はこくりと頷いて、通りの先にある石造りの廃墟へと向かって歩を進めていった。

 古い建物なのだろう。

 門扉が風化したようにところどころ崩れかけており、人の立ち入りを禁止するためか、それとも壊れた扉のつもりなのか、これまた古びた生成色の大きな布がかけられている。二人は、その布の傍らで立ち止まる。

 

 その布の向こうに、ここまでレティシアを導いた相手がいるのだろうか。

 

 ぐっとレティシアは拳を握り固める。

 勇気を振り絞って口を開こうとした瞬間、悪戯な風が通りを吹き抜けた。

 ぶわりっと、布が風を孕んで大きく揺れる。

 布の向こう。

 最初に見えたのは黒。

 続いて目をひいたのは、月明かりを織り上げたような繊細な銀。

 それは布の奥に隠されていた一幅の絵画のようだった。

 名前を付けるのならば、妖精妃とそれに仕える騎士、だろうか。


 黒は、騎士が纏う色。

 銀は、うつくしい妖精妃の髪の色。

 

 そこにいたのは、あの飛空艇でレティシアらを魔法のように救い出し、おぞましいモンスターに取り付かれた飛空艇を天罰のように墜とし――気づいたときには姿を消してしまっていたはずの二人組だった。





ここまでお読みいただきありがというございます。

Pt、感想、お気に入り、励みになっております。

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