彼女の本性
イエさんがいくら強くても、これだけの聖騎士を相手にしたら無傷で勝利とはいかないだろう。
また魔物相手とは異なり、聖騎士が死んだらイエさんは無罪とはいかない。
アリッサが諸悪の根源だと明らかになっても、イエさんは罪と罪悪感を生涯背負うことになるだろう。
絶体絶命――なんて思っていたら、ふとポケットにある品を思い出す。
それは師匠だった色欲魔女が私にくれた、大人数を魅了状態にできるアイテムだった。
「色欲魔女、ありがとうございます!!」
まさかこれが役立つとは思わなかった。貴重なアイテムのようだが、使い道はここしかないだろう。
私は思いっきり聖騎士達に向かって魅了爆弾を投げつけた。
爆ぜた魅了爆弾からは、薄紅色の煙が漂ってくる。
ここで対象の名を叫んだら、その人物がモテモテとなってしまうのだ。
息を大きく吸い込んで、目いっぱい叫んだ。
「グレンダール・フォン・クレーブルク猊下にメロメロになってしまえ!!」
すると効果はすぐに発揮され、聖騎士達は回れ右をしてクレーブルク猊下のほうへと迫ってくる。
それだけでなく、剣や鎧を装着した状態で接近したらクレーブルク猊下にケガをさせてしまうかもしれないと思ったのだろう。聖騎士達は剣をポイッと捨てて鎧を脱ぎ始めた。
「お、お前達、何をしているんだ!」
「ああ、クレーブルク猊下の美声が……!」
「全身がぞくぞくして、痺れるようです……!」
「ええい、何を馬鹿なことを言っているのか!!」
イエさんがあれはなんだ、という視線を向けている。
「あのアイテムは魅了爆弾といって、集団に対して魅了をかけるレアアイテムなの」
「よく、そんな品をお持ちでしたね」
「ええ。知り合いの魔女が今日、送ってくれて」
あのとき少しでもタイミングがずれていたら、色欲魔女の使い魔とすれ違っていたし、イエさんが時間ぴったりにやってこなかったらポケットに突っ込んでいなかっただろう。
すべての偶然に感謝した。
「猊下、クレーブルク猊下、ずっとお慕いしておりました……!」
「私のほうが、愛しております……!」
「うるさい!! どけ!! 邪魔だ!!」
混沌としか言いようがない光景が広がっている。クレーブルク猊下と聖騎士はしばらく放っておいてもいいだろう。
問題はアリッサのほうである。一人ぽつねんと佇み、悔しそうな眼差しをこちらへと向けていた。
そんな彼女に対し、イエさんが冷静な様子で問いかけた。
「アリッサ・フォン・シュトルト、なぜこのような愚行を?」
「あなた……私の事情も聞かずに、よくもその女の言い分を信じましたね」
「レイさんは薬草魔女なんです。世界樹をこのように禍々しい状態にできる力は持ち合わせていないんですよ」
「わからないでしょう!? 人には醜い裏の顔があるというのに!!」
「今のあなたのように?」
「なんですって!?」
「鏡を見てください。酷い顔をしていますよ」
その言葉はアリッサの心に深く突き刺さったらしい。
これまで被害者を装うような様子でいたのに、いきなり血走った目で私達を見てヒステリックに叫んだ。
「あなたはいつもいつもいつも、私を否定することばかり!!」
アリッサがそう訴えるのと同時に、蔦が再度動き始める。
槍のように迫るものや、矢のように鋭く飛んでくるものもあった。
しかしながら、イエさんが白銀に輝く剣を引き抜くと、それらのものを切り落としていく。
「やはり、あなたの仕業だったのですね」
「違います!! 私は、私は、ミリットのために」
「ミリット? あなたの娘がどうしたのですか?」
「〝私達〟の娘でしょう!?」
「違います。兄とあなたの娘でしょうに」
アリッサは錯乱状態に陥っているようだった。
魔法の制御がついているようには思えない。
このままではここにいる人々の命を用いて暗黒魔法を展開するに違いないだろう。
それだけは阻止しなくては。
でも、どうやって?
『――レイ、コレヲ、使ウノ!』
突然、メルヴ・メイプルの声が聞こえてきたので驚く。
彼女の手には金の蔓と葉を生やした木杖があった。
「え、何これ?」
『世界樹ノ、〝聖杖〟ナノ』
「聖なる杖!? でもこれって、私には使えないんじゃないの?」
『使エルノ! ダッテレイは――』
聖女だから。そんな言葉と共にメルヴ・メイプルは背中を支えてくれた。
「私を好きにならないのなら、死んでしまえ!!」
アリッサはそんな暴言と共に、投げ槍のような勢いで鋭く尖った蔦をいくつもイエさんに放つ。
私はイエさんの前に出て、杖を掲げた。
すると地面から若葉が芽吹き、するすると蔓が伸びていく。
それらはドーム状に編まれていって、私達を守る盾となった。
「レイさん!?」
「メルヴ・メイプルが私に力を授けてくれたの」
アリッサの攻撃をすべて防ぐことに成功した。
これがメルヴ・メイプルの言う聖女の力なのか。もちろん、聖杖のおかげであることはわかっている。
「ああ、ああああ、あああああああ!!!!」
渾身の攻撃を防がれてしまったアリッサは頭を抱え、何か叫んでいる。
それは感情を爆発させたものではなく、忌ま忌ましい呪文だった。
広い範囲に黒い魔法陣が浮かび上がった。
それは人々の命と引き換えに発動する禁術、〝犠牲魔法〟だった。




