散策ののちに
カーバンクルの姿消しの魔法のおかげで上手く脱出できた私達だったが、現在地は聖教会の上層。迷路みたいに入り組んだ道をどこに行けばいいかわからなくなる。
うろうろしているうちに、だんだんと人通りが少なくなっていく。
ここはどこなんだ、と思っていたら、ついには人っ子ひとりいなくなってしまった。
守衛らしき聖騎士が左右に立っていた場所が何カ所かあったのだが、もしかしたらそこから先のエリアは関係者以外立ち入り禁止だったのかもしれない。扉などなかったので、そのまま通過できてしまったのだ。
適当に階段でも下りたら外に出られるだろう、なんて思っていたものの、それらしきものは一つもなかった。
もしかしなくても、聖教会の内部は階段などなく、上下移動は転移陣を使うのかもしれない。
転移陣がある場所は必ず術を発動させる聖務官がいるだろう。転移魔法はきちんと人数を把握した上で発動させる。姿を消した状態で移動する人に便乗した場合、上手く魔法が展開されずに体がバラバラに飛ばされたり、存在しないはずの空間に飛ばされたり、と恐ろしい事故が発生してしまうのだ。
そのため、現状、私達がここから脱出する方法はないようだ。
窓から外を眺めてみると――。
「わあ、高い」
『おお……とても飛んでいける距離ではないな!』
「まるで初めてこの景色を見たような発言をするのね」
『初めてだからな!』
聖女の使い魔であってもカーバンクルは自由に動き回ることなど許されず、また聖女のための居室はここよりも下層にあるらしい。
「下層って、聖女の地位って、実はそこまで高くないの?」
その指摘にカーバンクルは明後日の方向を向いて『言ってやるな』と言葉を返した。
『今の時代、聖女というのは広告塔というか、偶像に過ぎない。人々の信仰心を保つためには、必要不可欠な存在なのだ』
「そうなのね」
聖教会側にもいろいろ事情があるのだろう。
そんなことはさておき、長い長い廊下を歩いていたのだが、ついには行き止まりになってしまった。
「最悪。引き返さなければならないの?」
『いや、待て』
カーバンクルは何もない壁をペタペタ触れていたが、突然魔法陣が浮かび上がった。
「え、何なの、これは!?」
『世界樹のもとへ繋がる〝関門〟だ!』
「な、なんですって!?」
転移陣を管理する聖務官などの姿はないが、間違いないとカーバンクルは言う。
『我は行くぞ。そなたはどうする?』
「同行するわ」
『そうこなくては!』
どうせここにいても戻れないのだ。世界樹を確認して帰ってきたら、イエさんもここに戻ってきているだろう。
魔法陣に触れると、一瞬で景色がくるりと入れ替わる。
下り立った先は緑豊かな森の中――。
『ギュオオオオオオ!!』
「へ!?」
目の前に突然現れたのは、牛系魔物ミノタウロス。
額から二本の鋭い角が突き出ていて、口元にはナイフのような牙が確認できる。二足歩行で棍棒を持っていて、大きさは七フィート(二メートル十三センチ)くらいか。
『な、なんだこやつは!? いきなり現れてからに!!』
おそらくいきなり現れたのは、転移魔法でこの地に下り立った私達のほうだろう。
ミノタウロス、申し訳ないと思ってしまった。
『ギュオオオオオオオオオ!!』
カーバンクルが羽虫みたいに視界をチョロチョロ飛び回るからか、ミノタウロスは棍棒を振り回し始めた。
『ぎゃあ! 何をする!』
早く助けてあげよう。そう思って魔法を発動させる。
その辺に落ちていた枝を拾い、構えて叫んだ。
『――突きでろ、樹木の槍!!』
枝が槍のように伸び、ミノタウロスの腹部を突き抜く。
『ガッ!?』
ミノタウロスは刺さった枝を振りほどこうと身をよじった。私の体はふわりと宙に浮かんだものの、掴んでいた葉を使って即座に草裁縫の魔法を発動させ、網を作って着地点に展開。体が地面に叩きつけられることなく、草の網がクッションと化してくれた。
決して放さなかった枝を、太陽の手で握りしめる。
すると発火し、枝を伝って火がミノタウロスに燃え移る。
あっという間にミノタウロスの身は炎に包まれて息絶えたようだ。
なんだか肉が焼けるいい匂いがしたのは気のせいだろう。
「ふう、なんとか倒すことができたわね」
私の戦い方を見ていたカーバンクルは、呆然としながら言葉をかけてくる。
『そこまでしなくてもよかったのでは?』
「あれくらいしないと、ミノタウロスはどこまでも追いかけてくるのよ」
ミノタウロスの恨みがましい習性を舐めてもらっては困る。
色欲魔女が教えてくれたのだ。魔物と遭遇した場合、中途半端に致命傷を与えてその場を去る戦い方をすると痛い目を見ると。
「それはそうと、ここはどこなのよ。世界樹は?」
『ああ、ここは〝大森林〟だな』
「大森林……って、冒険者の誰もが憧れる、レアなアイテムがざっくざく入手できるけれど、凶悪な魔物がうじゃうじゃいる冒険者の墓場とまで言われている場所じゃない!」
『詳しいな』
大森林は生活に困った魔女が出入りするエリアでもあるのだ。
「どうしてここに繋がったの?」
『大森林の中に世界樹があるからだ』
「へえ、そうだったの。知らなかったわ」
なんて、感心している場合ではない。
「転移陣が繋がっている先が世界樹ではなかったの!?」
『それは聖王が管理しているものだ。ここはもう一つの世界樹へ近づけるかもしれない転移陣なのだ』
「わあ……」
『現在地がどこかもわからぬが、世界樹はこの森のどこかにあるのだ!』
転移陣を管理する聖務官がいないわけである。
騙された!! と叫びたくなった。




