気まずい中で
クレーブルク猊下の登場からさほど待たずに料理が運ばれてくる。どうやら食事を交えた面会だったようだ。
あのあとイエさんがしばらく席を外すという報告が入ったものの、依然としてクレーブルク猊下の眉間に皺は深く刻まれたまま。
背中に重石を背負わされているのではないか、と思うくらい気まずい。
クレーブルク猊下が食前の祈りを捧げたので、私も続く。さすが敬虔な信者だ、祈る時間も長い。
カーバンクルは姿が見えないことをいいことに、食卓に並べられた料理を批判していた。
『おい、ものすごくまずそうだぞ!! 食べないほうがいい!!』
声も聞こえないようにしているのだろう。近くを通りかかった配膳係はカーバンクルの失礼極まりない発言に気付いていないようだった。
前菜は野菜のテリーヌ。クレーブルク猊下が食べてから私も口にする。
味はほとんどなく、素材の旨味も死んでいるように感じた。カーバンクルがまずいと言っていたのも納得してしまう、体によさそうな味付けだった。
クレーブルク猊下は顔色一つ変えずに食べているので、これが通常の味付けなのだろう。
スープは具材が入っていない澄まし仕立ての一杯。これはさすがに出汁を取って作るので味があるだろうと思いきや、白湯か? という仕上がりだった。色は濃く出ているのに不思議だとしか言いようがない。
肉料理はなく、魚料理のみ運ばれてきた。
白身魚のソテーだと給仕係が言っていたが、バターの風味はいずこに? コショウに見えるのは砂粒ですか? と聞きたくなるくらいの無味である。
デザートは水で作ったゼリー? と思わず質問したくなる一品だった。
食べている間は会話などなく、重く、気まずい空気のまま。
そんな私の傍でカーバンクルが『それはまずいぞ! ほらみろ! まずいだろうが!』などと実況するので、笑いを堪えるのに苦労した。
食後は味がしない白湯風味の紅茶が運ばれてくる。
このときになって、クレーブルク猊下はようやく話しかけてきた。
「あやつは長年結婚を拒否していたと思っていたら、このような年増を連れてきてからに」
ドライアドの口からしか聞かない年増という言葉を、初めて他人からぶつけられる。
おうおう、口を薬草で塞いでやろうか、この浮気男が!! という罵声が喉まで出かかっていたものの、なんとか呑み込むことができた。
そんな私の怒りを感じ取ったカーバンクルが、クレーブルク猊下の傍へ飛んでいき、届かないくらいの距離から連続パンチを繰り出していた。
少々風圧を感じたのか、クレーブルク猊下は周囲をキョロキョロと見回している。
『こっちだぞ~、このクソジジイが!』
もう、本当に笑わせないでほしい。というか、どこでそんな汚い言葉を覚えてきたのか。
ドライアドの仕業に違いないのだろうが。
「何か季節外れの虫がいるようだが」
「そ、そのようですね」
虫扱いされたカーバンクルは憤っているようだったが、こればっかりは自業自得だろう。
「それにしても、お前はあの男と本当に結婚するつもりなのか?」
「閣下はそのおつもりのようです」
「あれの意向でなく、お前の考えを聞いている」
「私ですか?」
本音を言えばもっと年若くてかわいらしいお嬢さんのほうがお似合いだと思う。
年齢も家柄も立場も、何一つとしてイエさんとつり合っているものはない。
けれどもあんなに嬉しそうにするイエさんを見るのは初めてだったので、本気に結婚を望むのであれば、私は受け入れるつもりだ。
そう考えられるのだから、私はきっとイエさんが好きなのだろう。
最悪なタイミングで気持ちに気付いてしまったのだが。
ただ、これらの事情についてクレーブルク猊下に打ち明けるつもりなどない。
「聖王陛下がお許しくださったことですので、喜んで受け入れるつもりです」
「そうか」
クレーブルク猊下は背後にいた側近らしき聖務官に目配せしたあと、四角い革張りの鞄を受け取った。それを放り投げるようにテーブルに置く。
中を開くとそこには金塊が詰まっていた。
金塊が詰まっているわりに軽々と持っていたな、と思ったのだが、鞄の蓋に重量を軽くする魔法がかけられているのに気付いた。
「あれと金輪際会わず、婚約破棄するのであれば、この金をすべて受け取れ」
「うわあ」
なんとも汚い手段を使ってくれる。
「あれがいないと聞いて、急遽用意させた金だ。決して口外しないから、安心して受け取れ」
どうやら財力を使って別れさせる気らしい。
「これだけあれば、お前ごときの魔女ならば一生遊んで暮らせるだろう」
そうかもしれない。けれどもだらだらした毎日を過ごすなんて、生きているのに死んでいるようなものだろう。
「大変ありがたい申し出なのですが――」
足でガン!! とテーブルの裏を蹴る。
鞄に入った金塊ががちゃり、と音を立てて揺れた。
「お断りするわ!!」
そう宣言し、クレーブルク猊下の反応を確認するより先に退室していく。
「おい、待て!!」
そんなクレーブルク猊下の叫び声と、後を追う側近らしき聖務官の慌てるような声が聞こえたが、カーバンクルが私の姿を消してくれたので逃走はあっさり成功したのだった。




