想定外の面会に
「イエさんのお兄様に私が?」
「はい。兄も直接会ったら、婚約を許してくれるような気がして」
果たしてそうだろうか? なかなかの難敵に思えてならないのだが。
「家柄だけでなく、年齢もつり合っていないから、気に入るとは思えないのだけれど」
「年齢はつり合っているのでは?」
「花嫁に求められるのは、十六歳から二十歳くらいまでの、うら若き乙女なのよ」
つまり、二十九歳である私は立派な嫁ぎ遅れ。多額の持参金があったとしても、結婚したいと望む男性は世界中を探しても物好きな誰かさん以外いないだろう。
そんな常識を訴えると、イエさんは理解しがたいという表情を浮かべていた。
「もしかしたら初婚はそのような条件を望む者が多いのでしょうね。私は〝再婚〟ですので」
「そういえばそうだったわ。だったら私は〝後妻〟になるのね」
「気持ちだけは初婚で、レイさんが始めての妻だと思いたいです」
「思うだけならば自由よね」
そんな言葉で励まされたのか、イエさんは笑みを浮かべて大きく頷いていた。
面会の件に関しては正直なところ気が進まないのだが、会うだけでイエさんが満足するならばいくらでも付き合おう。
そんなわけで数日後、イエさんのお兄さんことクレーブルク猊下と面会を行う日を迎えた。
一応、身なりは整えるものの、服装はいつもの魔女のローブである。今回は顔合わせでもあるので正装の一着を選んだ。
そんな私に声をかけてくるのはカーバンクルである。
『おい、そのようにめかし込んで、どこにいこうというのか?』
「クレーブルク猊下にご挨拶にいくのよ」
『ああ、あの気難しそうな枢機卿のもとか。場所は聖教会か?』
「ええ、そうよ」
そんな私の予定を聞いたカーバンクルは、思いがけない願いを口にする。
『我も連れていってほしい』
「聖教会に何か用事でもあるの?」
『世界樹の様子が心配になってな』
聖女の話を聞いたあと、日に日に五十年前と同じような事件が起こるのではないか、と心配になっていったという。
ただ世界樹があるエリアには神聖獣であっても簡単に立ち入れないようで、イエさんに頼みたいようだ。
「一緒にいくのは構わないんだけれど、クレーブルク猊下があなたの姿を見たら不審に思うかもしれないから、姿を消していてもらえる?」
『もちろんだ!』
カーバンクルはすぐに姿を消し、私の肩にふわりと飛び乗る。重さなどないので肩こりになることはなさそうだ。
あと少しでイエさんがやってくるだろう、なんて考えていたら窓のほうからコツコツと音が聞こえた。
何かと思って近づくと、巨大な赤い羽を持つ鷹がいてギョッとする。
色欲魔女の使い魔だ。すぐに窓を開くと、運んできた荷物を差しだしてくる。
「あ、ありがとう」
鶏肉とかいる? と聞いたが、何も言わずに飛んでいなくなった。
それにしても色欲魔女が何か送ってくるなんて珍しい。
中身はなんだろうか、と思って包みを開いたら、中から革袋とカードが入っていた。
カードには〝ドライアドの花から作った魅了爆弾が完成した。多くできたからわけてやる〟と書かれている。作りすぎた料理を分けてくれる隣人じゃあるまいし、と思ってしまった。
魅了爆弾というのは大人数を魅了状態にし、メロメロにする末恐ろしいアイテムである。使う機会などないと思うのだが……。
どこに仕舞おうか、と考えているところにイエさんが迎えにやってきたので、魅了爆弾とやらはポケットに入れて外へ飛び出した。
イエさんは聖騎士の鎧姿ではなく、騎士が夜会などの社交場でまとう礼装でやってきたようだ。
白い服とマントがイエさんによく似合う。
「ごめんなさいね。イエさんはきちんとした格好なのに、私はいつものローブで」
「いえいえ。普段とは異なる格式高い魔女のお召し物だということは存じておりますので」
イエさんはわかってくれているようだが、知らない人がみたら典型的な魔女装に身を包んだだけの女である。クレーブルク猊下が理解してくれるのを期待しようではないか。そんな思いで聖教会を目指した。
馬車の中でカーバンクルに姿を現してもらい、世界樹の様子を見たい旨を伝えてもらった。
「世界樹のエリアに、ですか……。かなり難しいかもしれませんね」
王家に名を連ねる者であっても、世界樹のエリアへ侵入することは難しいという。
「だったら聖女様にお願いしてみるとか?」
「聖女様であっても、そのような権限は持っていないでしょう」
だとしたら誰にお願いすればいいのか、という問いかけに、イエさんは眉間に皺を寄せながら答える。
「聖教会の枢機卿である兄か、聖王陛下ですね」
この二人くらいしか、立ち入りの許可を出せないようだ。
「だったら、面会のときにクレーブルク猊下に相談してみる?」
「いえ、兄は止めたほうがいいかと」
なんでもイエさんと不仲の上に、聖女が相手であっても世界樹のもとへ行くことを許可しないという。
「兄は世界樹に関して特別な信仰心を抱いており、聖王以外近づくべきではないと考えているようで」
「そうだったのね」
「無理に近づこうものならば、聖騎士を使って排除するという考えもあるようで」
「世界樹のもとへ行きたいと発言するだけで大変なことになりそうね」
「ええ……」
クレーブルク猊下はなかなか過激な思想を持ち合わせているお方のようだ。
「聖王陛下のほうはどうなの?」
「ここ半年ほど寝たきりで、起きている時間も短いと聞いているので、面会自体が難しいかもしれません」
「そう」
聖王はたしか御年八十五歳だったか。起きている時間は執務に追われているという。玉座に収まる者は死ぬまで現役だというのも大変だ、と思ってしまった。
『ふうむ、許可を取るのは難しいようだな』
「申し訳ありません」
『気にするな!』
そんな話をしているうちに聖教会へと到着する。
内部には移動用の転移陣が展開されており、一瞬で移動できるようだ。
なんて便利なんだ、と思ってしまう。
ついに、クレーブルク猊下と相見える瞬間が訪れたらしい。
案内された聖教会の貴賓室でドキドキしながら待っていたら、聖騎士が駆け込んできた。
「何かあったのですか?」
「下町の水路に巨大なスライムが詰まってしまったようで!」
世にも珍しい鋼属性の固有スライムだという。
「誰の攻撃も受け付けず、隊長が猊下にお願いするようにと」
「わかりました」
イエさんはしばしここで待つように言って飛びだしていった。
その件に関しては仕方ない。仕方ないのだが、クレーブルク猊下は待ってはくれなかった。
イエさんが去ってから五分後に現れたのだ。
「なんだ、お前一人か?」
くるりと上を向いた立派な口髭のある五十代前後の渋い中年男性、という出で立ちのクレーブルク猊下だったが、イエさんがいないのに気付くと不快そうに眉間に皺を寄せる。
まさか一対一での面会になってしまうなんて。
どうしてこうなってしまったのか、と心の中で叫んでしまった。




