わからないことばかり
カーバンクルはすぐに、本物の聖女の魂を引き寄せようとした。
『しかしながら、真なる聖女の魂を見つけ出すことはできなかったのだ……』
「どうしてすぐに報告しなかったのですか?」
イエさんから正論をぶつけられたカーバンクルは、遠い眼差しを浮かべて天を仰ぐ。
『正直に申そう。我の失敗を、認めたくなかったのだ!』
カーバンクルは胸を張って言う。だからそういうことは開き直って打ち明けるものではないのだが……。
カーバンクルが言わずとも、周囲の者達が気付くのではないか、と思った。
『もともと聖女は傍付きを近づかせず、会話もなかった。そのため、変化に気付ける者がいなかったのだ』
さらに憑依した少女は物語の世界で聖女スイの在り方について理解が深かった。
人前では聖女らしい喋りをするようになり、また、聖女の務めも難なくやり遂げたのである。
『〝ゲームでやったことある聖女ルーティンだ〟とか申して、楽しげにやっておった』
その中でカーバンクルにとって大きな問題があったという。聖女ルーティンの中の一つである、神聖獣への聖食作りだ。
『あの娘が作る料理は死ぬほどまずくて……』
もともと聖女が作る料理もおいしいわけではなかったようだが、それがおいしかったのではないか、と思えるレベルの酷さだったようだ。
『焦げと生臭さ、それから腐ったような味しかしない料理だった』
「いや、焦げと生臭さって両極端だと思うんだけれど」
『一度食べてみてくれ! 我は嘘など吐いておらん!』
「遠慮するわ」
食が進まないカーバンクルに気付いた聖務官が特別に聖食を用意したようだが、それも口に合わずほとんど残してしまったという。
『だが、そなたの料理はこれまで食べたことがないくらいおいしかったので、驚いたぞ』
「まあ、聖教会で出される料理は薄味で質素だろうから、肉と魚をふんだんに使った料理はおいしかったでしょうね」
『それもあるだろうが――まあいい』
カーバンクルは数ヶ月もの間、本物の聖女の魂を引き寄せるために頑張っていたようだが、結果は揮わず……。
そんな中で暗黒魔法を操る者が聖女を誘拐するという事件があったようだ。
「でも聖女は今、ピンピンしているわ」
『そのようだな。おそらくだが、利用価値がないと思って解放したのだろう』
「中身が伴わない偽物聖女だと気付いた、ということですか?」
『そうであろうな』
相手が暗黒魔法の使い手だということは、聖女を誘拐しようとした目的は明らかである。
「聖女を暗黒魔法に必要な生贄として連れだそうとしたってことね」
『そうとしか思えぬ』
「もしや聖女は暗黒魔法の使い手に命を狙われていることを察して、対策を打ったのでは?」
イエさんの推測に、カーバンクルはハッとなって『それだ!!』と叫ぶ。
聖女の魂が入れ替わった件について、カーバンクル自身の失敗ではなかったのだ、と主張しているように思えた。
「そもそも、暗黒魔法の使い手は聖女様の命と引き換えに、何をしようとしていたのか」
『魔王召喚くらいしか思いつかないのだが』
ゾッとするような話を仮説であっても言わないでほしい。
カーバンクルも口にして忌々しいことだと気付いたのか、悪い気を取り払うようにぶるぶると震えた。
「ねえイエさん、暗黒魔法の使い手に心当たりはある?」
「いいえ、ありません」
「そうよね」
黒魔法ならば聞いたことはある。けれども黒魔法の使い手は過去に残酷な行為を繰り返したため、聖務省の異端諮問局の局員に捕らえられて一人残らす処刑されたのだ。
「それが五十年前の話かしら?」
『黒魔法よりも残虐な暗黒魔法の使い手が、生き延びているとは思えぬのだがな』
五十年前と聞いて、イエさんが何かピンときたようだ。
「そういえば五十年前、世界樹が枯れかけた騒動がありましたよね」
「魔女の力を借りてなんとか防いだ話ね」
「ええ。なんだか無関係に思えなくて、事件について調べてきます」
楽しい夕食会になるはずだったのに、なんとも暗い話ばかりになってしまった。
「イエさん、また食事をしにきてちょうだいな」
「ありがとうございます」
イエさんは胸に手を当てて頭を下げる。それは主君にのみ見せるような敬礼であった。
一介の魔女相手にそれをするのはどうなんだ、と思ったものの、場の空気を壊したくなかったので何も言えなかった。
「ああ、そうだ。店主さんに贈り物を用意していたんです」
どこからともなく取りだされたそれは、小さな木箱に入った物だった。
「ありがとう! 何かしら?」
蓋を開くと、そこに収まっていたのは薔薇を模したルビーの耳飾りだった。
「お似合いになると思って、ついつい購入してしまいました」
「まあ、素敵。でも、こんな高価な品を受け取ってもいいの?」
「気持ちですので」
「お返しなんてできないのに」
そんなことはない、とイエさんは首を横に振る。
「私にこんな品を貰う権利なんてあるのかしら?」
「でしたら一つ、願いを叶えてくださいますか?」
「私にできることなの?」
「ええ」
何を言い出すのかと思って身構えてしまう。けれどもイエさんの願いは極めてささやかなものだった。
「これからは店主さんではなく、〝レイさん〟と名前で呼んでもいいですか?」
「そんなこと? 別に構わないけれど」
そう答えると、イエさんは大輪の花がほころぶような笑みを浮かべた。
美形の微笑みはすごい。夜なのに周囲がぱーっと明るくなるように錯覚したのだ。
「嬉しいです。では、これからはレイさんと呼ばせていただきますね」
「え、ええ」
こんなことで喜ぶなんて、と思ったが名前を呼ばれて悪い気はしない。
それどころか距離が近づいたように思えて嬉しくなる。
これまで感じたことのない、フワフワした心地を味わったのだった。




