ついにはじまる石鹸勝負!
クレーブルク大公家の次男の想い人が私!?
いつ、どこでそんな感情を抱くようになったのか。
きっかけが一目惚れというのは考えられない。これまで生きてきた二十九年、容姿を褒められたことなんて一度もないから。
十一年前に領地へやってきたときしかないだろうが、言葉は交わせどもそこまで深い話などはしていなかったのだが……。
恋というものは理屈では説明できないのかもしれない。
その人がまとう雰囲気は好きだとか、琴線に触れるような一言を口にしたとか、ただ一緒にいて楽しかったとか――そういう単純なものである可能性もあるのだ。
まあ、もしかしたらクレーブルク大公家の次男が私に恋をしていたのは勘違いで、想い人は別人である可能性も否めないのだが。
これから婚約披露宴でどれだけ酷い目に遭うのか。考えただけでも胃がキリキリ痛みそうだ。
敵はライマーと聖女スイだけだと思っていたのに、彼らの頭脳役を務めていたアリッサまで加わるなんて。
もともと勝てる気はしなかったのだが、考えていた以上に劣勢だった。
「はあ~~~~~~~~」
思わず頭を抱えるも、落ち込んだ姿は相手に隙になりうる。
しっかり前を見て強気でいなければ。
休憩室には豪勢な軽食やお酒が用意されていたものの、食欲もなければ喉も渇かないので一切手をつけなかった。
婚約披露宴の開始まで瞑想でもしようとしてうたた寝をしているところに、メイドがやってきて声がかかる。
「聖女スイ様とライマー様がお呼びです」
「はいはいっと」
しぶしぶ立ち上がり、メイドのあとをついていく。
会場へ繋がる扉の前に立つと、すぐに内側から開かれた。
「本日の目玉、薬草魔女の登場です!!」
誰が目玉だ。珍獣扱いしないでほしいと心の奥底から思った。
皆の注目を受け、拍手を浴びる。
なんの拍手なんだと聞きたい。
司会者らしい男性が今日のイベントについて説明し始める。
「今回、薬草魔女がやってきたのは、聖女スイにある勝負を挑んだからで――」
いやいや、逆である。聖女スイのほうが私に勝負を挑んだのだ。
参加者の中には聖女相手に勝負を挑むなんて、と非難めいた視線を投げかける者もいた。 ライマーと聖女スイの背後にいたアリッサと目が合う。
彼女は満足げな様子でにっこり微笑んでいた。
こういう台本を書いたのもアリッサなのだろう。
すでに彼女の復讐は始まっているというわけなのだ。
「薬草魔女の作る〝薬草石鹸〟と、聖女スイ様が作られた〝シルク泡石鹸〟を使い、優れているほうを選んでいただきたいのです。みなさまの投票が、勝負を決めます!」
この茶番はなんなのだ、と思っていたが参加者は盛り上がっているように見える。
ちらりと参加している貴族を確認していると、新興貴族や低位貴族など、あまり上品な社交場に呼ばれない人達の姿が目立った。
噂が広がるよう、醜聞好きの人々を集めたらこうなったのかもしれない。
私の周囲にはテーブルと薬草石鹸が積み上げられ、置かれた桶には水が注がれる。
「では、審査を開始してください!!」
二手に分かれればいいものの、人々は聖女スイのシルク泡石鹸のほうに殺到していた。
皆、シルク泡石鹸の美しい見目と香りに感激し、きめ細やかな泡に感動しているようだった。
もともと貴族は泡立ちがいいタイプの石鹸を好む傾向があったので、そんな反応になるのもわかりきっていることである。
聖女スイの石鹸を試した者達が私のほうへとやってきて、薬草石鹸に触れる。
「これは、見た目にはこだわっていないし、香りもほぼない。石のように硬いし、泡立ちはないと言っても過言ではないな」
「ええ……。聖女様の石鹸はあんなにもいい香りで見た目もすばらしく、泡立ちもホイップクリームのようだったのに」
昔ながらの石鹸で悪かったわね!! と返しそうになるのをぐっと堪えた。
私は腕組みし、頑固親父のいる武器店のような精神で参加者を迎える。
気に食わない奴は帰れ! と心の中で何度も唱えてしまった。
審査を終えた人には薬草石鹸をお土産として渡しておく。
「どうぞ、記念に持って帰ってちょうだい」
皆、これを貰っても、という表情でいたものの、無償より安いものはないと思ったからか、受け取ってくれた。
投票は薔薇の花という、なんとも麗しい演出だった。
テーブルに花瓶が置かれ、参加者が活ける投票方法らしい。
参加者達は当然、聖女スイのほうへと殺到する。
「まあ、みなさん、ありがとうございます!!」
聖女スイは口元に手を当てて、感極まったような様子でいた。
一方、私のほうは閑古鳥が鳴いていた。
もしもイエさんがいたら私のほうに投票してくれただろうな、なんて思う。
彼も招待されていたようだが、参加は見合わせたのだろう。
こんな集まり、不快になるだけなのでその判断は大正解である。
聖女スイの花瓶はたくさんの薔薇が挿し込まれていた。
負けるのは目に見えているので、好きにすればいいという気持ちで構えていたのだ。
そんな私のもとに、ライマーがやってくる。
手にした薔薇で、花瓶をばしばし叩いていた。
「お前、一輪も入っていないじゃないか」
無視していると、ライマーはさらに話しかけてくる。
「そうだな。薬草石鹸には俺も世話になったしな……」
薔薇を掲げ、花瓶に挿そうとした。
けれども入る寸前で薔薇を自らのほうへと引き寄せ、いやみったらしい笑みを浮かべながら言った。
「お前になんか投票するかよ! ばーーーか!」
馬鹿って言ったほうが馬鹿なんだ!!!!
と叫びそうになったが、彼と同じレベルでケンカしたくないと思って黙っておく。
なんとか我慢したが、マグマのような怒りが湧いてきていた。
「お前の石鹸の実力はその程度なんだ。目に見える形でわかってよかっ――」
ライマーが言い終える前に、会場の扉が勢いよく開く。
現れたのは頭のてっぺんから爪先まで鎧に包まれた、白銀の板金鎧の聖騎士だった。




