クレーブルク大公家の次男の元妻
二人は私の前でさんざんのろけてくれる。
聖女スイは私が白眼を剥いているのに気づいたからか、話しかけてくる。
「あなたが使っていた部屋はわたくしが使っていますの」
「天下の聖女様にはいささか狭い部屋なんじゃないの?」
「いいえ、聖教会の部屋は広すぎて、少し落ち着かないのです」
国内でも指折りの裕福な家庭に育ったお嬢様が何を言っているのか。
それだけでなく、私が着古した寝間着なども着用しているらしい。
「ちょっと、それはどうなの?」
「だって、絹の服はつるつるしていて着心地が悪いんですもの!」
たしかに絹より着潰した服のほうが肌触りがいいのは認める。けれどもそれは庶民の感覚で、侯爵令嬢が持ち合わせていてもいい感覚ではないだろう。
やはり違和感を覚える。
以前の聖女スイとは雰囲気や言動、振る舞いに至るまで別人のようだ。
私と初対面のような態度を取ったのも引っかかる。
「ねえあなた――」
聖女スイに話しかけた瞬間、扉の叩く音が聞こえた。ライマーが扉を開くと、ブルネットのまとめ髪に神秘的な紫色の瞳を持つ、年齢不詳感のある美女が登場した。
「アリッサ様、お待ちしておりました!」
聖女スイは人なつっこい犬のようにアリッサと呼ばれた美女のもとへと駆け寄る。
一歩、その女性が部屋に入った途端に空気がピリリと震えた。
その瞬間に気付く。彼女は私と同じ〝魔女〟であると。
「紹介しますわ。彼女はシュトルト公爵家のアリッサ様ですわ」
「どうも、初めまして。私は薬草魔女レイよ」
「アリッサ・フォン・シュトルトです」
どうやら魔女として名乗る気はないらしい。師匠から与えられた全名は魔女にとって呪文の一つになりうるものなので、把握しているのは師弟関係にある者同士くらいか。
どうせ魔女同士は気付くのである。なんの魔女か教えてくれてもいいのに、と思ったものの、彼女は世間に自分が魔女であることを隠しているのかもしれない。
そもそも、数世紀前まで魔女は忌み嫌われる存在だったのだ。
その立場が変わったのは、たった五十年ほど前だったのである。
神聖国ハイリヒは聖女が造り出す結界により守られてきた。けれどもあるとき偽物の聖女が現れたことにより、国の礎とも言われている世界樹が枯れかけたのだ。
危機的状況の中、手を貸したのはこれまで迫害され続けていた魔女の存在だった。
魔女は世界樹を癒やし、真なる聖女を見つけ出して、神聖獣の召喚も成功させたのだ。
以後、聖王は魔女に感謝し、今後、魔女を迫害する者が現れたら処刑すると宣言したのだ。
それからというもの、魔女の立ち位置は改善されることとなる。
五十年経った今、魔女は人々の尊敬を集め、日常で頼れるような存在となったのだ。
ただ、それでも差別や迫害がまったくなくなったわけではない。
今でも魔女は悪しき存在だと主張する人がいるのだ。
そのため、自らが魔女だと黙って生きる者も少なくはない。
彼女――アリッサも平和に暮らすために魔女であることを隠しながら活動しているのだろう。
正直、魔女同士交流などしないので、微妙に気まずくもあった。
「彼女が薬草石鹸を作っていたお方で」
「ええ、存じております。あの石鹸は有名ですから」
薬草石鹸の客層は貴族でなく庶民である。まさか認識されていたなんて驚きだ。
「アリッサ様が今回の勝負事を提案してくださったの」
裏で糸を引いていたのはあなただったのか! と腹立たしい気持ちになる。
きっと聖女スイが私の常連相手にシルク泡石鹸を売るように画策したのも彼女なのだろう。
作戦を考える頭脳を担うような存在がいたのだ。
どうしたものかと考えていたら、ライマーと聖女スイが参加者に挨拶にいくといって退室していった。
アリッサも一緒かと思いきや、部屋に残ったのである。
シーーンと静まり返った。叶うことならば二人きりにしないでほしかったのだが。
何か話題を、と思っていたら向こうから話しかけてきた。
「あなたは本当に、あの男と結婚するつもりだったのですか?」
「ええ、まあ……」
十年間、恋に恋をしていたのかもしれない。それに加えてライマーを支える自分自身に酔っていたのだろう。
しかしながら初対面の相手とどうして込み入った話をしなければならないのか。
「私も十一年ほど前に結婚していたのですが、子どもを出産したあとすぐに別れました」
「そ、そうだったのですね~~」
私は自分自身についていろいろ追求されたくないので、話を広げないようにしていた。けれどもアリッサは勝手に身の上について話し始める。
「どうやら元夫には私と結婚するより前に出会った想い人がいたようで、結婚後もその女に懸想をしていて――」
「はあ、それはそれは」
アリッサの元夫というのは、クレーブルク大公家の次男であり、私の領地までワイバーンの討伐にやってきてくれた恩人でもある。
彼はアリッサと結婚する前、私に婚約者になってほしいと申し込んできたのだ。
想い人に結婚を断られたので、私に話を持ちかけたのかもしれない。きっと彼の中で、アリッサとの結婚を回避したい理由があったのだろう。
「あろうことか、元夫は初夜すら回避しようと考えていたようで」
プライドが許せなかったらしく、薬を盛って眠らせ、無事、初夜を執り行ったと宣言したようだ。
「あのときのあの人の顔ったら! 思い出しただけで笑えます」
「は、はあ」
私はどうしてこんな話を聞かされているのか、謎でしかない。
正直、聞きたくもないし興味もないのだが、初対面である相手に「この話は止めましょう」なんて言えるわけもなく……。
「気を引くために、元夫の兄へ誘惑なんかもしました」
「わあ……」
泥沼ロマンス小説でもここまでの展開はないだろう。
「一度だけ、元夫の兄と体の関係を持ってしまったら、子どもができてしまって」
どこかで聞いた覚えのある話だが、貴族社会ではよくあることなのしれない。
「元夫はあなたの子だと言うと、あっさり信じました」
アリッサは子どもができたら夫婦としての愛が生まれるかもしれない。娘ともども愛されるだろうと希望を抱いたという。
「けれども現実は残酷で――」
不貞現場を目撃された挙げ句、別れを切り出されてしまったという。
「離婚後、娘を愛せるとは思わなくて、すぐに養子に出しました」
今は幸せな夫婦のもとで暮らしているという。
めでたしめでたし……なのか?
なんだかすっきりしない結末である。
話が途切れたタイミングで、気になっていたことを聞いてみた。
「どうしてその話を私に?」
「いえ、元夫の想い人というのが、ワイバーンを討伐にいったさいに出会った、どこぞの馬の骨だと聞いておりましたので」
それはお前だ!! という強すぎる眼差しを受ける。
「聖女スイとの石鹸勝負、楽しみにしています」
それはこれからお前を社会的に打ちのめしてやる、という恐怖の宣戦布告に聞こえてしまった。




