婚約披露宴へ
こんなの負け試合だなんて思ったものの、ふと気付く。この世に完璧な物なんてないのかもしれない。そう思って冷静になり、もう少しだけ聖女スイのシルク泡石鹸について使用を続けてみることにした。
その後、部下を通してイエさんからの手紙が届いた。そこには聖女スイとライマーの婚約お披露目会にいく必要などない、と書かれてある。
どうやらイエさんにも招待状が届いたらしい。
その婚約披露宴は聖教会の関与はなく、ライマーと聖女スイが勝手に計画したものだとか。
会場が聖教会でなく、貴族に貸しだしされている中央街の大ホールだったので、どうしてそこなのかと疑問だったのだ。
聖務省は聖女スイとクレーブルク大公家の次男を結婚させるつもりだったが、正式発表される前に、強行突破させるつもりなのだろう。
ただその計画をライマーと聖女スイだけで遂行しているとは思えない。
まず、ライマーの身分では大ホールを借りることなどできないのだろう。あそこは昔からある建物で、所有者は伝統やしきたりを重んじている。お金さえあれば借りられるような建物ではないだろう。
聖女スイの実家であるエルネスティン侯爵家の支援があるとも思えない。あったら侯爵家で開催されているだろうから。
二人の婚約と結婚について手を貸す支援者がいるのだろう。
可能性があるとしたらライマーの実家だ。けれどもライマーは三年前に爵位を継承する兄にケンカを売って、実家を出入り禁止にされていたのだ。
ライマーの兄は厳格なお方なので、いくら婚約相手が聖女であっても手のひらを返して支援なんかしないはず。
考えてもわからないので、この問題については頭の隅に追いやった。
イエさんはきっと、聖女スイが作るシルク泡石鹸について調べた上で、私に婚約披露宴に参加しないほうがいいと言ってくれているのだろう。
おそらく勝負には負けることは決まっているだろうが、逃げるのも癪なので参加するつもりだ。
強い心を持って参加したい。
婚約披露会当日――着替える前にお風呂に入ろう。
使うのは薬草石鹸である。シルク泡石鹸は洗濯物用に使うため、粉末状にして保管している。
私の肌には薬草石鹸がもっとも合うのだ。
お風呂に入ったあとは身なりを整える。ドレスの上に薬草魔女の正装用ローブをまとった。それは先代薬草魔女が新しく仕立ててくれた物で、私の宝物だ。深い緑色のベルベット生地に、金糸で蔦模様が刺されてある。
どこに着ていっても恥ずかしくないローブなのだ。
着替えを済ませたあと化粧を施して髪を結う。
魔女は社交場で顔を晒さないので、頭巾を深く被った。
出発前に深呼吸をして心を落ち着かせていると、メルヴ・メイプルが見送りにやってきてくれた。
『レイ、行ッテラッシャイ、ナノ』
「ええ、行ってくるわ」
手を振るメルヴ・メイプルと別れ、私は外に出る。
薬局の前には出迎えの馬車が用意されていた。なんでもライマーが手配してくれたらしい。御者の手によって彼からのカードも届けられる。
そこには〝逃げるなよ、卑怯者!〟という失礼極まりないメッセージが書かれていた。
目にした瞬間、深く長いため息が零れた。
どうして私は十年もの間、こんなしょうもない男に尽くしていたのか。
きっと一度恋に落ちるとその人が世界のすべてとなって、悪い部分に目がいかなくなるのだろう。
私の中から恋心と愛が消え去った今、彼に対して何か感じることは時間の無駄だとしか思わないようになった。
私の世界が大きく広がった証拠だろう。
聖女スイも早く我に返ってほしいのだが。
もしも結婚するのであれば、クレーブルク大公家の次男のほうが絶対に誠実だろう。
まあ、いい。歩いて会場まで行くと疲れるので、ありがたく馬車を利用させていただく。
馬車に揺られること十五分、ドーム状の屋根が特徴的な優美な建物の前に到着する。
ライマーと聖女スイはかなり大勢の人々を招待していたようで、外にまで行列ができていた。
私は貴賓扱いしてくれるようで、御者が裏口のほうへと案内してくれる。
通された休憩室で待っていたら、ライマーと聖女スイがやってきた。
「逃げずにやってきたようだな」
「無事、参加されるようでホッとしました」
ライマーは聖騎士の正装に身を包み、聖女スイは婚礼衣装のような白いドレス姿である。 まるで今日にでも結婚式を挙げそうな雰囲気だった。
二人は私の前にどっかりと腰かけ、これまでどれだけ幸せな日々を過ごしていたか語ってくれる。私は生返事をしつつ、明日のランチは何を出そうかな、と考えていた。
会話が途切れたタイミングで、気になったことについて聞いてみた。
「それはそうと、あなた達に支援者がいるの?」
「どうしてそう思う?」
「だってここ、簡単に借りられるような会場じゃないし」
ライマーは否定したいような表情を浮かべたものの、聖女スイがあっさり肯定する。
「そうなんです。そのお方はクレーブルク大公家の次男イエルン様の元妻だったようで、彼と結婚したくないわたくしの気持ちに寄り添ってくださいました」
支援者はまさかの人物だったわけである。正直、びっくりしてしまった。
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