耳を疑うような暴言
「な、何すんだよ!!」
「あなたが酷い物言いをするからでしょう?」
「酷くない! 俺はスイの聖魔法で見てるんだ! お前に婚約破棄を言い渡した晩、その男を店に連れ込んでいる様子をな!!」
「は? なんですって」
なんでも聖女スイが婚約破棄されてしまった私が心配になり、身投げでもしているのではないかと言い出したらしい。
「俺は大丈夫だって言ったんだ。レイ、お前の神経は図太いからな」
けれども聖女スイがどうしてもと無事を確認したいというので、桶に聖水を張り、念じた相手の様子を見ることができる聖魔法を使ったようだ。
「そのとき、たしかにお前はそこの男を店に連れ込んでいた!」
「連れ込んでいたとか言わないで! どこかの誰かさんが重たいシチューを押しつけるものだから、店内に運んでくれただけよ!」
「誰が信じるかよ! どうせ、熱い夜を過ごしたんだろうが」
「彼は薬局の常連さんよ! それ以上の関係ではないわ!」
「口ではいくらでも言えるだろうが。強がりを言うなよ。それにしても、こんな身汚い男しか相手にしてもらえないなんて、惨めな女だな」
「何を言っているの!? イエさんは立派なお方なのよ!?」
私のことは気が済むまでどうとでも言えばいい。けれどもイエさんについてあれこれ言うのは許さない。
追い払ってやろうとしたものの、ライマーは私の脇を通り過ぎ、イエさんのほうへと接近する。
「なあ、兄さん、レイはどうだったか? 信じられないかもしれないが、俺は十年間、この女に手を出していないんだ」
そうなのだ。ライマーとは同居していたものの、寝所は完全に別。同衾したことは一度たりともない。
ライマーの「初夜は結婚してからだ」という言葉を信じ、大切にされていたものだと思い込んでいたのだ。ただ、実際は違ったようである。
「一回関係を作ったら、この女は意地でも結婚するとか言いそうだから、手を出さなかったんだ。その分、この女が稼いだ金で女遊びをしていたんだがな!」
「なっ!?」
そんなことをしていたなんて知らなかった。毎月毎月多額のお金を渡していたのに、足りないと言っていたのはそういう事情があったからなのだ。
そもそもライマーは初めから私と結婚なんてするつもりはなかったのだ。
きっとある程度利用し尽くしたら、新しい女性に乗り換える気だったのだろう。
クズにもほどがあるだろう。
「男を知らない女はいろいろ面倒だっただろう? 優しくしてあげたか?」
ライマーはニマニマ笑いながらイエさんの顔を覗き込んでいたが、想定外の展開となる。
イエさんは素早くライマーの籠手を外し、手首を握って捻り上げる。
「がっ――!?」
あの温厚なイエさんが無言で怒っている。
だがそれも無理はないだろう。ライマーが最低最悪な発言をしたから。
「痛い痛い痛い痛い!!!!」
大げさな様子で喚くと、イエさんはライマーから手を離す。
ライマーはバランスを崩して後方に倒れ、ひっくり返された甲殻虫のようにじたばたと手足を動かしていた。
なんとか立ち上がると、どこからともなく出してきた手紙を地面に叩きつける。
「スイからお前宛に手紙を預かってきた! よーく読んでおけ!」
いったい何の用事でやってきたのかと思ったが、メールボーイの役割があったようだ。
「お前、スイから石鹸事業を奪って、好き勝手やっているようだな」
「奪ってって、私が先にやっていたし、あなたは石鹸で得たお金の恩恵をこれでもかと受けていた側なんだけれど」
「うるさい!!」
あんなにも無残な様子を見せていたのに、まだ生意気なことを言う元気が残っていたらしい。
イエさんが両手を組んでゴキゴキ慣らすと、ライマーは「ヒッ!!!!」と悲鳴を上げ、「覚えてろよ!!!!」と悪人が言うような台詞を残して去っていった。
「は~~~~~~~……」
頭が痛い。どうして聖女スイとライマーが交互にやってきて問題を起こしていくのか。
婚約破棄を言い渡された晩、二度と関わるものかと思っていたのに。
それはそうと、ライマーがイエさんに失礼なことを言ってしまった。
「イエさん、ライマーがごめんなさい」
「いいえ、勘違いされるようなことをした私も悪かったと思っています。あの日の晩、そもそも薬局に上がってはいけなかったのです」
「そんなことないわ。あの日、イエさんに話を聞いてもらって、優しい言葉をかけてくれたから、私は毎日元気に働いているの。あの日、ここで出会わなかったら、きっと今の私は落ち込んだままだった。ライマーがおかしなことを言っていただけだから、気にしないでちょうだい」
「ありがとうございます……」
イエさんは悪くないと訴えても、しょんぼりしたままだった。
「悪いのはライマーのほうだから」
「しかし、私の身なりが汚いせいで、店主さんの名誉を傷つけてしまいました」
「私に傷つけられるような名誉なんてないわ」
だから本当に気にしないで。重ねて言ったものの、イエさんは曖昧に頷き、「ではまた」と言って踵を返す。
去りゆく後ろ姿がなんだか寂しげで、胸が締め付けられるようだった。
その後、ランチは完売。
なんでも宿屋のおかみさんがお客さんに宣伝してくれたらしい。
皆、おいしいと言って食べてくれたので、ライマーとのいざこざで疲れた心が癒やされる。
一日の営業を追え、薬局を閉店し、掃除をしたあと、ローブのポケットに入れっぱなしになっていた手紙について思い出す。
「そういえば聖女スイから手紙が届いていたんだったわ」
ペーパーカッターはどこに置いたのか、と探していたらメルヴ・メイプルが一枚の葉っぱを差しだしてくれる。それは葉の片側を刃のように鋭くさせたナイフだった。
「ありがとう、借りるわね」
手紙を開封すると、中には便せんとカードが入っていた。
カードは婚約式の招待状である。そして便せんには驚くべきことが書かれていた。
「ライマーとの婚約式で、どちらの石鹸が優れているか勝負をしたい、ですって!?」
そして勝ったほうが聖務省に石鹸を納品したい、という内容が書かれていた。
「どうして次から次へとそんなことが思いつくのよ!」
信じられない気持ちとなる。
『勝負、受ケルノ?』
「う~~~~~~ん」
これ以上、彼らに関わりたくない。けれどもこの問題を解決しないと、ずるずると絡んできそうだ。
聖女スイが置き去りにしていた〝シルク泡石鹸〟について思い出す。
「あ~~、もう!」
こうなったら自棄である。売られたケンカは買ってやろう。
そう思ってぜひともご参加します、と書いて送ったのだった。




