表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
遼州戦記 司法局実働部隊の戦い 別名『特殊な部隊』と悪魔の研究  作者: 橋本 直
第二十九章 『特殊な部隊』と捨てられた女
68/85

第68話 亡霊のような再会

 その瞬間だった。


 強烈なプレッシャーが誠を襲い、全身の血の気が引くのを必死に食い止めながら、彼は立ち尽くした。


 無意識に展開していたテリトリーに、何者かが踏み込んできたのだ。それも、常時強力な法術を展開している存在が。


『……この感覚、覚えている。どこかで……いや、間違いない。これは只者じゃない、強力な法術師の気配だ。気付かれなければいいが……』


 呼吸が乱れ、手が汗で湿る。まるで頭の奥を鋭い針で刺されるような圧迫感が続く中、視線をそっと前方へ送った。


 そこに立っていたのは、群衆の中でも異様に浮いた雰囲気を纏う人影だった。背筋が自然と硬直する。


 脳に直接届くような波動。誠は深呼吸をした後、静かにその長身を生かして入り口に一人の男が立っていることを確認した。そしてその顔が誠の脳裏に刻み付けられた男のそれであることがすぐに分かった。

挿絵(By みてみん)

『北川公平……あの海で出会った自称『革命家』……』 


 忘れもしない。夏の海への合宿の際に誠を襲った法術師であった。干渉空間展開を得意としたその戦い方は誠の比ではない実力を誇る法術犯罪者として手配されている。そしてその男は誠に向けて法術師の支配する世界の為に一緒に働かないかと言ったのも思い出した。恐らく、今、この男は誰かそんな理想を持った強力な法術師の手下として動いているのだろう。そのことは紛れもない事実だった。


『なんであの男が?こんなところに?いや、決まってる。これは偶然なんかじゃないぞ。あの女の人のところに行く気だ……でも何をしに?アイツが探しているのは法術師であって研究者じゃない……つまりアイツは誰かの指示であの女のところを訪ねようとしている』 


 何も知らないというように北川は店内を見回していた。この男に襲われてから誠は法術の展開をするのに隠密性を重視した方法とるようにランから伝授されていた。実際、ちらちらと誠の顔は北川から見えているはずだが、北川はまるで誠の存在を知らないとでもいうように籠を手に雑誌の置かれたコーナーへ向かった。


 感応通信で北川の存在をかなめ達に知らせようとして誠はためらった。


 北川の能力がどの程度なのかは誠も知らなかった。法術師の戦いでは先に自分の手の内を晒した方が負ける。それはランから聞かされた法術師の戦いの鉄則だった。事実、茜の法術特捜の確認している覚醒法術師の保存データに彼の名前は存在しなかった。その顔が誠に知れたのは北川はかつて反地球圏学生活動家として活動しており、その逮捕歴が東都警察に残っていたと言う偶然があったからだ。


 誠はそのまま入り口に向かい、買い物籠を手にしながら北川を監視していた。北川は漫画雑誌を手にとって読み続けていた。そのまま誠は調理パンの置かれた棚に移動しながらちらちらと北川の監視を続けた。

挿絵(By みてみん)

 誰かに見られているということを悟った北川が振り向くのを見て誠はそのまま頭を引っ込めて棚に体を隠した。運良く北川は誠を察知できなかったようで再び雑誌に視線を落とした。


 誠はそのままかなめ用に焼きそばパンとコロッケパン、そして蒸しパンを手に取り、自分用にとんかつ弁当を手に取るとそのままレジへと向かった。


「いらっしゃいませ」 


 高校生くらいのバイトの店員が誠から籠を受け取って清算を始めた。その動きを見ながら誠は手に備え付けの紙皿と呼ぶには深さがある容器を手におでんの容器を見下ろした。


 とりあえず煮卵、はんぺん、牛筋、こんにゃく、大根。それを次々と掬い上げ、そのままレジに運んだ。バイトの店員は慣れた手つきで清算を進めていた。誠はちらりと振り返り、北川を見た。


 まるで何事も無いように北川は雑誌を見続けていた。誠の存在に気付いたような様子は見受けられないのが誠にとっては幸いだった。


「2350円です!」 


 バイトの店員の前にカウラから貰った三千円を置いた。店員はすぐにレジに札を磁石で貼り付けた。


 誠はその動作を見ながらちらりと北川に目を向けて早足で店を出た。響く国道を走るトレーラーのエンジン音に押されてそのまま元来た路地に曲がって坂道を進む。


 銀色のカウラの『スカイラインGTR』を見つけ、そのままどたどたと駆け寄ると派手に助手席のドアを開いた。

挿絵(By みてみん)

「馬鹿か?オメエは!そんなにバッタンバッタンドアを閉めたり開けたりしたら、あのおばはんにバレたらどうするんだ?もっと静かに入るってことは考えねえのか?オメエの学習能力は島田並みだな!」 


 かなめが迷惑そうな声を上げた。その手に焼きそばパンを握らせると、かなめは視線を片桐博士のマンションに固定したまま袋を開けた。


「確かにあれでは片桐博士にバレても文句は言えまい。あんまり感心しないが……おでんか。気を使わせて悪いな」 


 そう言うとカウラは誠からパックの中に汁と共に入っているおでんを手に取った。


「オメエは島田より良いおつむを持ってるはずだ。それよりその顔……何かあったんだな、コンビニで」 


 かなめの言葉に誠は静かにうなずいた。


「北川公平を見ました。海で出会ったあの革命家です」 


 その言葉に勢い良くかなめは顔を誠に向けた。明らかに非難するようにいつものタレ目が釣りあがって見えた。


「なんで知らせなかった!アイツはオメエの拉致未遂事件の重要参考人だぞ!とっとと捕まえてやらなきゃならねえ奴だ!アイツは危険すぎる!」 


「ですが通信なんて使ったら僕の存在がばれてしまうかも知れませんから!」 


 頼るように誠が目をカウラに向ける。カウラは口の中に大根を運んでいるところだった。


「下手に動かなかったのは正解だろ。それにいくら革命家だってコンビニくらい行くんじゃないか?刑事事件の関係者でも食事くらいはする。ただ、場所が場所だ。奴の目的はおそらく片桐博士だ。そう見て間違いないだろう」 


 のんびりと大根を味わうカウラを諦めたように一瞥した後、かなめは再び視線を片桐博士のマンションに向けた。


 もはや日は沈んでいた。わずかな夕日の残したオレンジの光を今度は家々の明かりが補おうとしているかのように見える。黙って焼きそばパンを口に運びながらかなめは監視を続けた。


「でもいいんですか?北川公平は……」 


「良いも何も……片桐博士と関係があるようなら事情を聞くために身柄を押さえるのもいいが、今動けばどちらにも逃げられるだろうからな。ただ、逆を言えば北川が片桐博士と接触を取るようなら身柄を確保する良い口実としては使えるかもしれない。あの北川公平の関係者だと分かればそれを理由に任意同行を求めて聴取の対象にできる」 


 カウラは冷静にそう返した。パンを頬張るかなめの口元にもトラブルの度に見てきた悪そうな笑みが浮かんでいた。


「まあこっちの仕事をちゃんと遂行しようじゃねえの。アタシとしては接触してくれた方が面白くなるんだがな。特に、アイツが干渉空間を展開して手持ちのサタデーナイトスペシャルで発砲なんてしてくれると展開としてはアタシ好みだ……」 


 そう言うとかなめはパンのかけらの最後の一口を口にねじ込んだ。


 沈黙の中、国道を走る車の音が遠くに聞こえる。通信端末をいじっていたカウラがそれを閉じてかなめを見た。


「あれ……」 


 かなめの声にカウラと誠は視線をマンションへ向かう路地に移した。


 買い物袋を手にした北川がそこに立っていた。何度か周りを見回した後、瀟洒な片桐博士のマンションの玄関のある方向へ歩き始めるのが見えた。

挿絵(By みてみん)

「ビンゴか?」 


 そう言っているかなめの口元が残忍な笑みを浮かべているのが見えた。


 かなめはバッグからコードを取り出すと首筋のスロットに差し込む。しばらく沈黙してその後でいらだちながらコードを握り締めた。


「公安調査庁の奴等、怪しいとすぐ盗聴器をつける癖に思い過ごしとなると後でマスコミがうるさいからすぐに外しちゃうもんだが……くそ、見切りが早ええんだよ……じゃあ別経路で……」 


 いらだちながらかなめがつぶやく。サイボーグである彼女の得意な電子情報確保を行っているのを見ると再び誠は片桐博士の部屋の明かりを見ていた。


「西園寺……また東都警察のデータベースにハッキングか?それでデータは……」 


「焦るなって」 


 カウラの心配そうな声にかなめは静かに答える。そんな緊迫した状況に合わせるようにそれまで止まっていた冬らしい北風の季節風に揺れる木々を見ながら誠は黙って自分用に買って来たとんかつ弁当を食べることを諦めた。


「あのクラスのマンションは指名手配犯を見つけたら近くの警察に連絡が入るシステムがあったんだけど、そのシステムが動かないか。北川の野郎の着込んでるのは電子迷彩か?それともシステムにハッキング?……金があるんだねえアイツの飼い主は」 


 電子迷彩は監視カメラから警戒システムにデータが転送される間にそのデータを改竄して警戒システムを無力化する最新装備である。最新のものの予算計上を先月拒否されたかなめは苦笑いを浮かべていた。


「訪問先はあのオバサンのところ……?じゃないな」 


 かなめは首をひねる。その言葉に身を乗り出してきたカウラの気配を悟って仕方が無いように振り向いた。


「隣の302号室だ。隣の部屋だが……空き部屋だな。おそらくあの博士と何か関係がありそうだな……直接訪ねるのではなく拠点を確保してから干渉空間を展開して拉致……又は殺害……」 


 そう言ってかなめは再び視線を戻す。誠も視線を戻すとカーテンに影となった片桐博士の姿が見える。


「どうします?」 


 誠は緊張に耐え切れずにカウラを見た。あごに手を当て考え事をしているカウラが見えた。


「北川は茜の奴ですら手を焼く腕利きの法術師だぜ。確かにアイツを押さえる目的で踏み込むってことも出来そうだが、本当に無関係ならアタシ等がまだ諦めていないことがバレるわけだ。押し込む理由は出来た訳だが……どうする?小隊長さんよ」 


 そう言うとかなめはカウラを見つめた。


「じゃあ行こう。このタイミングなら同時に身柄を確保できる」 


 カウラはそう言うとドアに手をかけた。


「良い判断だぜ、小隊長殿。黙っているのはアタシらしくないからな。行くぞ、神前!」 


 そう言ってかなめは誠の座っている助手席を蹴りつけた。


 仕方が無く誠はドアを開けて路地に降り立った。カウラもかなめも手には拳銃を握り、誠も胸のホルスターからモーゼルモデルパラベラムを抜いた。


「装弾していいぞ。間違いなくやりあうことにはなるからな。相手はあの北川公平だ。手加減無用で行け!『光の(つるぎ)』も使って良いぞ!」 


 そう言ってかなめは走り出した。暴発の可能性があると言うことでかなめから発砲直前まで装弾しないように言われていたことを思い出してすぐに誠は銃のトルグを引き上げて銃弾を薬室に込めた。突入経路はこの場所に付いたときに設定してあった。かなめはそのまま右手に仕込んであるワイヤーをマンションの屋上に向けて投げる。カウラはそのまま銃を構えつつ走ってマンションの非常階段を目指した。


『行くぞ!』 


 誠は車を降りてすぐ気合と共に目の前に力を集中する。訓練のときのように立ち止まった誠の目の前に銀色のかがみのようなモノ、干渉空間が展開された。


「じゃあ行きます!」 


 そう叫んだ誠はそのまま頭から銀色の鏡のような空間に突っ込んでいった。


 干渉空間から飛び出した視界に明るい照明のリビングが広がっていた。誠は拳銃を構えながら周囲の確認をした。そこにはウィスキーの酒瓶をテーブルに置いている四十手前位の女性がとろんとした瞳で誠を見つめていた。


「同盟司法局です!」 


「ふーん」 


 突如現れた鏡面のような空間から現れた誠を見ても片桐博士は驚くわけでもなく、明らかに酔いつぶれる寸前のとろんとした瞳で誠を見つめた。


「あのー……安全を優先して……その……何か?」 

挿絵(By みてみん)

 大男である誠が銃を構えているというのに片桐博士は無関心を装うように空になったグラスに酒を注いだ。


「なるほど、実験以外でこういう光景に会えるのは面白いわね。あなたも飲む?自然覚醒した法術師の捜査官さん」 


 そう言うとよたよたと立ち上がる彼女を誠は銃を置いて支えた。


「大丈夫よ、そんなに飲んでないから」 


 明らかにアルコールのきつい匂いを放っている片桐博士がそこにいた。誠はその乱れた襟元に視線が向くのを無理して我慢した。


「司法局の方が動いているってことは……もう、終わりなのね。聞きたいのは同盟厚生局と私の関係でしょ?良いわ、話してあげても」 


 そう言うと誠の分のグラスを取りに行くのを諦めて元の席に座りなおす。そして再びグラスになみなみと注がれたウィスキーを半分ほどあおった。


「そんなに飲んだら……」 


「気遣ってくれるの?若いお巡りさん」 


 片桐博士の顔に妖艶な表情が浮かぶ。だが、誠はようやくここに来た意味を思い出して銃を手にとって構えた。


「このマンションに法術犯罪者が侵入しました。安全の確保に努めますのでご協力を……」 


 そこまで言ったところで隣の部屋で銃声が響いた。誠は思わず彼に身を寄せる片桐博士をしっかりと抱きしめるような形になった。


「本物の法術師同士の戦いが見れるのね。自然覚醒した個体に何が出来るのか……所詮、私の理論では到達できなかった地点ですもの。せめて実物だけでもはっきりと見たいものね」 


 片桐博士のうっすらと浮かぶ笑みに誠は目を奪われていたが、すぐにドアの近くに銀色の干渉空間が浮かぶのを見て立ちはだかるようにして銃を向けた。しかし、それはすぐに消えた。そして今度は後ろから強烈な気配を感じて振り返る。そこには隣のベランダから飛び移ってきていたかなめの姿があった。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ツギクルバナー
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ