第52話 傍観者の煙草
「しかしまあ……派手だねえ、どうも。化け物相手に警察官が苦労しても倒せないと分かったところで颯爽と登場と言う訳だ。あの『正義の味方』は出てくるタイミングをみはからってたみたいじゃないの。見事なもんだ。こんなこと考える奴の頭の中、覗いてみたくなるよね。しかもロケーションは最高。同盟本部ビル前で化け物を倒してあげました。次に倒すのは同盟機構そのものですよとでも言いたいのかね?まあ、敵には回したくないね、こういう人たちは」
司法局実働部隊隊長室。そこで隊長の執務机に備え付けの薄型モニターを頬杖をついて眺めながら、司法局実働部隊隊長嵯峨惟基特務大佐は薄ら笑いを浮かべていた。
「あの化け物はおそらく茜さん達が追ってる同盟厚生局のどこかの機関が作った『不死の兵隊』の成れの果てであることは置いておいて。まるでこの第三勢力の介入は想定していたような顔じゃないですか?第三勢力の方が兄さんの本命ですか?その顔つきからするとその組織の名前まで分かってるんじゃないですか?」
机のそばに立って厳しい表情を浮かべているのは司法局実働部隊管理部長の高梨渉参事だった。
画像の中の肉の塊、それまではただ周りを取り囲んで浮かんでいる東都警察の切り札の法術対応部隊の攻撃を受けても多少のダメージは受けていたものの平然と周囲の破壊を続けていた化け物は、すでに新しい敵に攻撃を受けて五つに切り分けられ、それぞれがうめき声を上げて苦しんでいるように見えた。
「ずいぶんと趣味の悪い奴等だな。一撃で仕留められるのにいたぶって殺す気満々だ。やはり連中も法術師の戦いの鉄則は覚えているようだな。法術師同士の戦いでは使える手はすべて出したら負け。敢えて手札は残したままであたかも自分の能力を最大限出している芝居をしてどこかの誰かに売り込んでいるみたいな戦い方だ。ああ、いい物を見させてもらったよ。ああ、渉。さっきの答えな、おそらくの見当はついてるよ。それと買い手の方も大体限定されてる。こんな技術の高い法術師をおいそれと買える組織なんて数えるほどしかないもの。それにここは同盟本部ビル前。そんなところで騒ぎを起こしたがる人物は俺は二人ほど知ってる……どっちも嫌な奴さ」
嵯峨は笑顔を絶やさずに画面のすぐにでも勝負はつけられるのにわざと止めを刺すのをやめて少しづつ相手が弱っていくのを楽しんでいるような三人の法術師を見つめていた。
「でも、さっきから的確に法術師の動きを読んでいるようなんですが……兄さんには見えるんですか?あの法術師の動きが。私は切り刻まれた結果しか見えないんですけど……」
高梨の言葉に嵯峨はニヤリと笑った後ポケットからタバコを取り出して火をつけた。
「なあに、三人の法術師が干渉空間の時間軸をずらして加速をかけていたぶっている。万が一の事態に備えて一撃でケリをつけてやるって言うところが無いのはどこかに売り込みたいのか……そう言う趣味の連中なのか……。売られた法術師か……『廃帝ハド』だと思ったが……奴が同じ力を持つ支配者たる法術師を売るなんてことはするかな?それとも仲間割れか?たぶん部下が勝手に暴走したってところかな?……上司思いの部下を持つと言うのも大変だねえ。あと、買い手はおそらくあの男。俺の大嫌いなルドルフ・カーン。アイツの持ってる資金力ならこんなコンペを実施して値を吊り上げられても大枚はたけるくらいの金は持ってるもの。あの爺さん、東和に来てたんだ。まさに神出鬼没だね。アイツならこのコンペの場所をここに指定したのも合点がいく。アイツにとっては遼州同盟なんて妥協の産物は見るに堪えない醜いものとしか見えないもの。こうして大暴れして鬱憤を晴らしたいんでしょ?いかにも派手好きなあの爺さんらしいや」
嵯峨が伸びをして煙を吐くのを見つめた後、再び高梨は画面に目をやった。もはやこの事件の端を作った物体はただの肉片としか呼べない存在になっていた。高梨に見えるのは重傷を負った機動隊員を仲間が助けている様子と手の空いた隊員が肉片を回収しては走り寄ってきた鑑識らしい帽子の警察官に渡している光景だった。
「同盟厚生局のどの辺りがこのコンペに参加するよう指示を出したんでしょうか?気になりますね、そのあたりが。まさか遼北人民共和国本国からの指示と言うことは無いと思うのですが……まあ同盟に批判的な武装組織や過激な環境保護団体がこの化け物を派遣したのは我々だと犯行声明を出したようですけど……、あんな化け物を作り出すような技術も資金も無いくせに」
高梨はこういう事件の度に有りもしないデマで勢力を拡張しようとするそう言ったテロ組織の名前を思い出して苦笑していた。
「これはテロは無いですね。明らかに違法法術の実験をしてその成果を誰かに売り込んでみたかったコンペだったとしか思えません。このコンペでは完全に三人の完成された法術師の方が勝ったようですけど……買い手はルドルフ・カーン。アーリア人民党の残党ですか。確かにあの連中ならこれだけ完成された法術師を見れば喜んで買いそうですね。なんと言っても自前の宇宙艦隊を保有していると言う噂もあります。これからは戦争の主力は法術師を使ったものになる。連中はそう考えている。先の事を考えればこれくらい大した買い物では無いのでしょう。そして同盟機構はその目的の邪魔になる組織である……あの男はそう言いたくてこの場所をコンペの場所に指定したんでしょう」
しばらく目をつぶっていた高梨の言葉に嵯峨は満足げにうなずいた。高梨は少し落ち着きを取り戻すとすぐに自分の腕時計形の端末を起動させた。
「それにしても現場の状況が気になりますね。司法局本局に連絡を取ってみます。司法局本局ならあそこから近いですから、あの三人の法術師の正確なデータが取れそうですし。それと兄さんはカーンが本星だと言いますが念のため買い手の方も裏を取って見ましょう。アーリア人民党の残党だと決めてかかるともし違っていた時に痛い目を見ますよ。恐らくこの光景をじかに見える場所に買い手は居るはずです。この光景が見える施設に居る人物が特定できるかどうか、これは本局の明石中佐に頼んでおきましょう。ルドルフ・カーンなら手配書が司法局にもありますから。まあ、簡単に捕まるような男ならこの20年間、地球圏の追跡を逃れ続けることなどできなかったでしょうがね」
高梨は同盟本部の司法局に直通の通信を入れた。
「司法局の本部ビルからはそう遠くないからな。何人か野次馬してるんじゃないのかな?いっそのこと誰かそいつ等を呼び出して直接話したら?明石の野郎は好奇心が強いから意外とこういう時は一番に野次馬してたりして」
そう言う嵯峨が見ている画面に周りのビルから現場を覗き込んでいる人々の顔が写った。
「でも良いいんですか?この事件、後々問題になりますよ。あの法術の存在を組織をあげて隠していた東都警察に切り札の法術対応部隊の出動を決断させたんですよ。東都警察上層部はもうなりふり構っていられないはずです。これまでの怠慢を棚に上げて全責任をうちに擦り付けてくるかもしれない」
高梨はそう言うと温厚そうな顔に鋭い目つきをして兄である嵯峨を見つめた。
「何が?どうして?俺は東都警察から何も言われてないよ?連中が法術対応部隊を持っているのを知っていたのも俺が独自に集めた情報で、正式にそんな部隊があるんでここは手を引いてくださいと言われた記憶もない。だから、今回は俺達はこの事件には一切の責任はない。なんでそんなことに俺が心配なんかしなきゃなんないの?それに俺は手を引いてくれと言われたから手を引いただけ。その結果がどうなろうが俺の知ったこっちゃないよ」
高梨の困ったような声に嵯峨はタバコを灰皿に押し付けながら答えた。
「一応、今回の件は嵯峨茜警部やクバルカ中佐が動いていたんでしょ?それでもこのような事件が防げなかった。上の連中にはおそらくこれが二つの勢力が技術を売り込むコンペの為に実施されたテロを模したデモンストレーションだったなんてことを理解する人間は居ませんよ。居たとしても自分に火の粉が回るのを恐れてそうは言い出したりはしません。そんな事をしたら東都警察は役に立たない無能の集団ですって自白するようなものですから。ただのテロに対して有志の法術師の協力により東都警察が事件を収拾した。そう言う結果を捏造した方が東都警察の顔が立ちますからね。それに先に捜査を始めたのはうちです。その段階で東都警察は何も動かなかったが、その時の茜ちゃんからの捜査過程の報告書は兄さんの机の引き出しの中に眠ってるんでしょ?そのことで彼等に手のひらを返されたら兄さんの責任問題にまで発展するかもしれない」
高梨が心配していたのはそこだった。同盟厚生局がここまで派手な動きを取ることは嵯峨も高梨も予想していなかった。あくまで、極秘裏に研究を進めるものだと二人は決めてかかっていた。それが今、都心部でその研究成果を売却目的と思われるコンペに参加させている。しかもその結果は敗北に終わった。
資金ならバックボーンである遼北人民共和国から潤沢に供給されているはずの同盟厚生局が何につられてこのコンペに参加したのかは分からなかったが、役に立たない実験を追った結果が正体不明のテロリストのデモンストレーションに華を添えただけとなれば司法局の法術特捜とそれを後見する嵯峨への評価が下がるのは必至だった。 そしてその情報を一部秘匿していたということを口実に東都警察がこれまでの非協力体制を棚に上げて攻撃してくれば矢面に立つのは他でもない嵯峨自身なのは間違いなかった。
「俺の責任問題になるって言うのか?それならあんな死体を目にしておきながらアイツ等に協力しなかった所轄の警察署長の首も全部飛ぶな。茜達の行動とそれに対応した警察の幹部とのやり取りのデータは探せば出てくると思うからね。まあ、東都警察の偉いさんは使えない部下の免職と嫌いな俺への処分が同時にできるってことで一石二鳥と言うわけか。でもねえ、今はこの事件の捜査の権限は遼帝国近衛山岳レンジャーにある。だから今、俺達が見ている出来事は俺達には何の関係もない出来事なんだ。だから東都警察としては俺の責任にしたいだろうけど誰がどう見てもこの状況を作った責任の所在はライラにあるってこと。だからライラには悪いが俺はその一点で責任逃れをするつもりだよ。東都警察も同盟機構最強の組織である同盟軍事機構にたてつくほど馬鹿じゃ無いでしょ?それに今回、同盟厚生局の作った化け物は正体不明の正義の味方に退治されちゃったんだから何の問題にもならないんじゃないの?東都警察は正義の味方に感謝状を渡すべきだな」
あっさりとそう言ってのけた嵯峨を困ったような表情で高梨が見つめていた。
「同盟軍事機構を盾にして責任逃れをするつもりですか?そんなだから兄さんは嫌われるんですよ。東都警察はともかくとして、ライラさんにまた嫌われますよ。これ以上嫌われてどうするつもりですか?肉親で憎しみあうのは弟としてあまり見たい光景ではありません」
高梨の言葉に嵯峨は思わず舌を出す。
「さて、これを見て同盟機構の偉い人や司法局本局はどう動くかな……それと同盟厚生局の実際に研究を指揮していた連中も。たぶん近衛山岳レンジャーは遼帝国がライラ可愛さにこの事件からは手を引いてくれるから、今回の事件の結末も俺達で幕を引くことになりそうだ。とりあえずあの三人の正義の味方の件は今は忘れよう。二兎を追う者は一兎をも得ずって言うじゃん。同盟厚生局を追い詰めて、内部のこの事件の関係者を捕まえた後にそのことは考えよう。恐らくあの正義の味方の買い手もしばらくは正義の味方に無理をさせた精で生まれる躾のせいで手いっぱいで動くことはできないだろうから。同盟厚生局の大掃除が済んでからそっちは調べ直そうや。同盟厚生局は本当に遼北本国の指示でこの実験を始めたのか、それとも厚生局の独自の判断なのか。もし遼北本国の指示だった場合は確実に政治問題になるな。これは難しい事件だぞ、茜……俺も手を貸してやりたいが……ここはお前自身で乗り越えて見せろ。そうでなければいつまでたっても一人前にはなれないからな……それが俺なりの『親心』って奴だ」
まるで他人事のように嵯峨は伸びをして混乱が収まろうとしている画面を消した。




