第43話 平民武将、謀反に散る
「知力63、武力58。凡将……いてもいなくてもいい存在……西。僕をそんな目で見てたのか……うれしいかな?」
誠でもさすがにここまでモブキャラ扱いの数値を付けられるとカチンとくるところがあった。
西の端末画面には、戦国時代を模したシミュレーションゲームのステータス画面が映っている。
武将アイコンも小さく地味で、背景の城下町の片隅に立っているだけ。まるで『いなくても困らない存在』と言われている気がして、誠は内心ぐさりときた。
すると島田が、にやりと笑って誠の首を片腕で抱え、強引に画面を見せつけてきた。
「馬鹿だな、そっちじゃなくて妻の欄見てみろ。こりゃとんでもないぞ。と言うか、西。そんなに死にたいのか?俺もう呆れてきたよ」
島田が指さす画面の表示に全員が目を向けた。そこには正妻がかなめ、側室にアメリアとカウラの名。まるで歴史物語に出てくる大名の婚姻関係のように堂々と記されている。
「おめでとう神前、まさかのモテモテ武将じゃねーか!うちでも見た目だけの中身最悪女三人衆だけどな!」
ランは画面を指さして大笑いしていたが、誠は青ざめるしかなかった。
島田はすっかり元気を取り戻して笑顔のサラと一緒に笑った。だが隣で明らかに殺気を帯びている女性上司二人を見て誠は後ずさった。
「神前。お前って奴は……ずいぶんと舐め切った態度をとってると西には思われていた訳だ。それが整備班の貴様の評価なのか……偉くなったもんだな」
カウラは怒りに震える口調で鋭い視線を誠に送ってきていた。
「ひどい!私とは遊びだったのね!側室だなんて……まるでかえでちゃんの発想じゃないの!私はそんなの嫌!」
アメリアのふざけていながらもどこかおどろおどろしい雰囲気を湛えた口調に誠の背に寒いものが走る。
「いい身分だな、側室持ちとは。遼皇帝にでもなれるんじゃないか?そうだ、神前と言う苗字は遼帝国の帝室の出だって言ってたよな。なっちまえよ、皇帝。今、あの国は皇帝が行方不明になって大変なんだから。丁度いいや。そのまま遼帝国の王宮翡翠の玉座に座れば即皇帝だ。なっちまえよ、皇帝。今のうちだぞ?」
そう言いながら島田からコントローラーを取り上げてかなめが検索を続けた。味方は誰もいないと気づいた誠はさらに後ろに下がりついに壁際に追い立てられた。
「みなさん楽しそうですね………これがゲームを楽しむということなんですね」
真っ青な顔をしてカウラとアメリアに追い詰められて壁際で震える誠を見ながらアンは笑顔でスナック菓子を頬張っていた。
「オメー等馬鹿か?これは西の設定だろ?西の個人的な見解にどーこー言う必要なんかねーだろーが。それにうちで良く働いてる西がテメー等をどー見てるかって言う証拠だ。良い鏡だと思って反省しろ。つまりお前等なんて神前から見たらその程度……だが、西園寺が正室ってのはいただけねー、いつ射殺されるか分かんねーからな。神前よ……もう少しましな女と付き合うようにしろ。ああ、うちにそんな女は一人もいねーな」
ランは興味のないゲームの話をされても少しも動じるところは無かった。
「西きゅんがこう見てるって事は整備の隊員が同じ事を考えているって事でしょ?つまり、整備班ではかなめちゃんが本命、対抗がカウラちゃん、穴が私ってこと?まったくそんな目で見てたんだ整備班の男達は私達の事」
アメリアは憤慨しているようにそう言って腕組みをして西の後ろに座り込んだ。
「そうだな。そんな目で見ていたとはあまりにも不愉快な話だ」
カウラはと言えばこちらはアンの背中を見下ろすように仁王立ちしてこちらもその視線を誠に向けている。
ランの説得もむなしく怒れる二人は壁際に追い詰められた誠を威嚇していた。
「そのーあの、皆さん。謹慎を命じられたといってもこう遊んでばかりでは……」
誠の苦境を察して気が利く西はそう言って話題を逸らした。
「良いんだよ。アタシ等は何もしなくていいんだ。そう仕組んだのは叔父貴。だからアタシ等は何もしなくていい」
余裕の表情でタバコをくわえながらコントローラーをいじるかなめは意外に落ち着いていた。いつもの彼女なら壁やドアにでも八つ当たりをするのではないかと思っていた誠だが別にそう言うわけでもなくただ面白そうに画面を眺めている。
「良いんじゃねーの?確かにこの状況を作り出したのはあの『駄目人間』だ。楽が出来て丁度良ーや」
それを見ながら隣でランが西から取り上げたポップコーンを口に運ぶ。彼女なら嵯峨の副官としての仕事がこなせないことにストレスでも感じそうなところだが、そんな様子は一つも無かった。
とりあえず士気は落ちていない。誠はかなめ達のそんな様子を見て少し安心した。
ランが西の端末の画面から目を離した。苦笑いを浮かべていた誠は彼女が現状を打開するような言葉を吐くのだろうと想像ができた。
「おい、西をいじめるのもいい加減にしろよ。それと神前はアタシ等があの昼行灯に言われたくらいで動かないのが納得できない顔しているけど説明するか?」
何度見ても幼女にしか見えないランがポップコーンを食べ終えて振り向いた。口の周りのかすがさらに彼女の萌え要素を倍増させた。
「ライラさんの部隊が任意の捜査を始めてまだ時間が経っていないからですか?僕等は同盟軍事機構なんかに目をつけられているから下手に動くのは得策で無いと……」
誠が思いついてすぐ口に出した言葉にランは満足そうにうなづいてみせた。
「なんだよ、分かってるじゃねーか。近衛山岳レンジャーの主要任務は敵支配地域奥深くに秘密裏に浸透、そこで敵勢力の混乱のためのデマゴーグ活動や反政府勢力の煽動なんかをやることだ。捜査活動なんかはお手の物とはいえ捜査を始めてまだ一日経っていないしな。それに『駄目人間』の読みどおり同盟厚生局が研究を仕切っているならアタシ等じゃ数がたりねーよ。東和国内にある病院、医大の研究所、製薬会社の工場。どれも同盟厚生局の管理対象でいつでも出入りが自由な場所なんだ。同盟厚生局の奴等も本気で反撃の準備とか研究の再開の為のタイムスケジュールの調整とか。いろいろ動いているところだろーなー。できればレンジャーとかち合ってくれれば御の字だ」
そう言ってランはかわいい天使のような笑顔を誠に向けてきて思わず誠は萌えを感じていた。
「それは良いんですけど……皆さんなんで謹慎しているんですか?何か問題でも起こしたんですか?最近隊でも顔を見なかったですけど何してるんです?教えてくださいよ」
コントローラーを奪い返した西がようやくアンと並んでゲームをしながらつぶやいた。アンも新しいスナック菓子の袋を開けながら不思議そうに誠達を見つめてくる。一応、今回の調査は極秘事項である、問い詰められた誠は冷や汗をかきながらこう言うときには頼りになるかなめを見た。
「東都租界でドジを踏んだ。それだけだ。それ以上は秘密。これは秘密性が重要なお仕事でね。口の軽そうなオメエ等には教えらんねえ」
そう言うとかなめはタバコを二本目の取り出すが、先ほどわざとらしく咳払いをしていたアンに白い目で見られてため息をつくとタバコをしまった。
「お前に話すと部隊全員に知れ渡るからなあ。西は若いのに人望があるから整備班の全員が話しかけて来るだろ?その時ついポロリと出ちゃうってこともあり得るわけだ。オメエは自分の仕事だけしてりゃあいいんだ。今のところ何の問題もねえんだろ?だったらオメエ等は何も知る必要はねえ」
島田はそう言っていつもは当てにしている西を信じていない様子を見せた。確かに気の回る西は整備班には無くてはならない存在だと誠も思っていた。
「島田班長!そんなに僕の信用は無いんですか?僕も軍人です!上官から秘密だと言われればその秘密は守ります!」
そう言ったとたん西が画面を見つめて口をつぐんだ。それを見てこの部屋を埋め尽くしている人々は皆が画面を見つめた。
『謀反!謀反じゃ!嵯峨和泉守!謀反にござりまする!』
非常事態を知らせる音楽に西がコントローラーを取り落とす。画面の急変にアンは口にくわえていたポテトチップスを落とした。何度か画面の数値を確かめたあと、アメリアが忍び笑いをもらしているのに誠は気づいた。
「やっぱりあの数値じゃ駄目なのか?まあゲームの中だからどうでもいいか。金が動くわけでもないし」
カウラは無関心層にそう言った。
「そうね、このゲームは忠誠度80以下だとばんばん謀反起こすから。それに隊長の義理が0だから特に謀反を起こしやすい状況だったのよ。でも凄いわね、開始4ターンで謀反て……こんな展開私は一度も見たこと無いわよ」
そう言うと再びアメリアが笑い始める。かなめは納得が言ったように画面を見つめた。
『神前様が嵯峨殿につきました!』
バックに流れるクライマックスの音楽と共に次々と西の支配から脱して嵯峨側に寝返る部隊の主要メンバーに西はただ唖然として画面を眺めていた。
「これはひどいですわね。西さんの味方は……奥さん役のひよこちゃんと義理がマックスのクバルカ中佐だけ……勝ち目がないわね。ゲーム終了して最初からやり直した方がよろしいんでは無くて?」
同情するように茜が西を見やる。落ち込んでリセットスイッチに手をかける西の手をアンが止めた。いまいちゲームを理解していない民兵上りのアンはこのどう見ても絶望的なゲーム展開よりも次々と画面が点滅する様を見るのが楽しいようだった。
「でも兵力はこちらの方が多いから……って!城を乗っ取られた!」
絶望的な西の言葉と共に画面の中で次々と自決する西家の家臣達。そして倒れる鎧武者と共にゲームオーバーの画面が現れた。ここでようやく西は諦めてゲームのリセットボタンを押した。
「ああ、楽しかったな。西いじめるの本当に面白いよな」
かなめは楽しそうにそう言って笑った。
「お前、やっぱり隊長の姪だってよくわかるな。本当に人をからかうのが好きな人間の目をしているぞ、今の貴様は」
そんなかなめをいかにも呆れた視線で見つめながらカウラがつぶやく。
「おい、カウラ。それはどう言う意味だ?あんな『駄目人間』と一緒にするな!」
かなめはカウラをにらみつけるがカウラは涼しい顔で目の前の惨状にうなだれる西とゲームと言うものをまだ理解していない様子でただひたすら笑顔を浮かべているアンを見つめていた。




