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第23話 腐敗の匂い、煙草の煙

「司法局実働部隊の方ですね!お待ちしていました!さあ!どうぞ!狭苦しいところですが歓迎いたしますよ!」 


 その中で一人の将校がさわやかな笑顔を撒き散らしながらランに近づいて来た。事務所の中にも外にあるような緊張感がまるで感じられない。そのことが誠の猜疑心を逆に駆り立てた。


 モルタルづくりの仮設住宅と言った雰囲気だが、その仮説である期間があまりに長かったために老朽化してしまった。そんな感じのように壁には染みが浮き、机には埃が溜まり、空気は淀んでいた。中には十五名ほどの制服を着た兵士たちがすることも無く呆然と机に座って誠達の報に目をやっていた。


「広報担当か……気に食わねーな。アタシ達みたいなのには慣れてますって顔していやがる。それにここの兵隊共もアタシ等みたいな来訪者には慣れ切ってますからって顔だ。気に入らねー。部隊長を出さねーってことはアタシ等とは取引する気はさらさらねーってこった。これはわらしべ長者みたいに一儲けできそうな話じゃなさそうだな……うさん臭いにおいがプンプンしてきやがる」 


 ぼそりとつぶやくランに表情を崩すことなくその広報担当の中尉は闖入してきた誠達を迎えた。そして事務所に居たほかの兵士たちが一斉に席を立って奥の部屋に入ってしまったことで誠達はただその広報担当の中尉以外の話を聞く機会を永遠に失うことになったことを誠は理解した。

挿絵(By みてみん)

「司法局管轄の人間だからってそんなに構えることねーだろ?部隊長はどーした?あんたみたいな広報の関係者には縁のねー話だ。部隊長を出しな。笑顔が取り柄のお前さんには関係のねー話だ。実務者のトップレベルで話して初めて意味がある。そんな話なんだよ。とっとと消えな。何度でも言うぞ、消えろ!」 


 にこやかに笑う広報の腕章の士官をランは冷めた目で見つめていた。その状況で誠はこの警備本部が非常に胡散臭いものに感じられてきた。『租界』という物騒な場所と東都という華やかな街をつなぐゲートの守りにしてはあまりに簡素すぎる室内に誠は違和感しか感じなかった。


 同盟内部でも駐留軍を監督する立場にある同盟機構軍と司法局の関係はギクシャクとしたものだった。特に司法局実働部隊のように同盟機構軍の権限に抵触する部隊には明らかに敵意をむき出しにする軍人も多い。一方で停戦監視任務や民兵の武装解除などを行っている場合になると同盟機構軍の側の人間の反応が変わるという話を部隊付き技官として出張した経験のある先輩の島田からは聞いていた。


 一つは明らかに仕事を押し付けてくる場合である。停戦合意ができた以上、危ない橋を渡る必要は無いと、武装解除作業を司法局実働部隊に押し付けて隊員は街にでも飲みに繰り出す。昨年春の東モスレムでのイスラム教武装勢力と対立する武装勢力との衝突が突然の和平合意で仲介に当たった遼帝国陸軍との停戦監視業務の補助任務に向かったときには露骨に仕事を押し付けられたと島田は愚痴った。


 そしてもう一つのパターン。それが目の前のケースだった。誠は目の前の明らかに自分達の存在を邪魔者と認識して笑顔を浮かべる広報担当の士官に怒りあまり利き手の左手の拳を握りしめていた。


『島田先輩の言ったとおりだ。こういう時の典型例なんだ。明らかに邪魔者だから消えてくれって感じだな。駐留軍だって加盟国の政府の命令でここにきているいわば同じ同盟の役人じゃないか。協力してくれてもいいと思うんだけど……どこに行っても役所も軍も所轄争い。こればっかりはあの『駄目人間」である隊長の言うように組織ってものの弊害なのかもしれないな』 


 広報の士官のにこやかな笑顔が誠の神経を逆なでする。ランは広報の士官を見上げながら明らかにいらだっているようにかなめの脇を突いた。


「構えてなどいませんよ。それに本部長は外出中ですので……君!お茶を入れて差し上げて!さあ、こちらにどうぞ」 


 地図とにらめっこしていた女性下士官がそのまま立ち上がるのを見るとかなめはデータチップを手にした。


「構えてない?じゃあ、なんでこの部屋に居た兵隊が全部この部屋から奥の部屋に移動したんだ?まあ、その理由を聞くほど野暮じゃねえよ。ここは昔からそう言う場所だった。それだけの話だ。それにアタシ等は東和の人権団体の職員でもマスコミ関係者でもねえんだ。アンタのような広報担当者にこの中の様子を教えてもらいたいのでよろしくお願いしますと挨拶に来たわけじゃねえ。これ、ちょっと面白いもんを手に入れたんだけど見てもらえるか?その笑顔が一瞬に凍り付くこと請け合いの代物だ。見てみたいだろ?」 


 かなめのその言葉に広報の士官の態度が明らかに硬くなった。その表情でランとかなめは半分満足したようにそのまま広報の士官が立ち止まるのに合わせて通路の脇の机に置かれた端末を勝手に起動させた。


「ちょっと!困りますよ。それはうちの備品なんですから!部外者に触ってもらっちゃ!」


 それまで笑顔を絶やさなかった広報担当士官の表情が急に緊張の色を帯びる。 誠の耳にこの部屋から消え去った兵士達がたてる物音が奥の部屋からするのが嫌でも分かった。恐らく部屋の向こうでは勤務服姿だったこの部屋の兵士たちが武装を整えて待機しているのだろう。それでもかなめはそのことを分かった上で端末を弄り首のジャックに刺したコードで画面検索を続けていた。同じような様子でランもいつにもない薄気味悪い笑みを浮かべながら広報担当の注意をにらみつけていた。

挿絵(By みてみん)

「なにが困るんだ?それとも何か?この端末には司法局にバレると困るデータでも入ってるのか?それにしちゃあ、簡単にアタシ等を中に入れるなんざまるで機密管理がなっちゃいねえな。もしそんなものがあるのならこの建物にアタシ等を入れずにドアの向こうで話をすればよかったということだ。次にアタシ等が来た時は、そう言う賢い対応をする事だ。いい勉強になったろ?それに安心しな、そんなお前さん等の汚い小遣い稼ぎなんかには興味がねえんだ。それよりもお前さん達の駐留軍としての沽券(こけん)にかかわるようなネタになるような話をこっちから提供してやろうって言うんだから……ほい、出た」 


 かなめはすぐに人身売買や非合法の臓器取引のデータがスクロールするように設定して警備本部の広報中尉にそれを見せた。


「いやいや大変なものをお持ちになったと言いたいところですが……これがどうしたと?」 


 その反応の薄さにかなめはにやりと笑った。誠にも分かった。これはここの部隊にとっては当たり前の公然の秘密の事項なのだと。『租界』では臓器売買や人身売買など日常茶飯事の当たり前のことで、このデータにはまさにわらしべ程度の価値しかない。その事実に誠は憤りを感じた。誠はすぐに理解した。『租界』の住人の命の価値は目の前の中尉にとってもこのサイトの運営者と同じ価値しかないのだと。


「ほう、こんな卑劣な犯罪を見逃す駐留軍じゃありません……そう言いたいわけか?これはフィクションで実在の駐留部隊とは関係ありません……とでも?良い度胸だ。どこまでもしらを切りとおす……証拠が無いでしょ?ではそれはどこから来て何処に行くというんですか?お前さん達のアタシにしそうな質問は全部お見通しなんだよ。そんなすべてを分かり切ったこの土地に精通したアタシを前にしてるんだ……覚悟はできてんだろうな?」


 脅すような口調でかなめはそう言った。かなめはそう言うセリフを吐くのは慣れているようで誠から見てもなかなか堂に入ったものだった。 


「ありえないですよ。租界から生体臓器が流れ出している?そんなデータどこで手に入れられたか分かりませんが、租界における人権問題の重要性は同盟内部でも常に第一の課題として……」 

挿絵(By みてみん)

 そこまで中尉が言ったところでかなめが右腕を端末の乗っている机に思い切り振り下ろした。机はそのサイボーグの強靭な腕の一撃でひしゃげる。そして広報の中尉はおびえたように飛び上がった。その一瞬恐怖に歪んだ顔を見て誠はこの男にも感情というものがあるのだと初めて理解した。


「アタシの情報がでたらめって言うんだな?これは捏造されたデータだと。アタシが嘘をついていると。そんなに司法局が信用できねえのか?こっちは警察様だ。ちゃんと裏は取れてんだよ!それでもしらを切るつもりか!」 


 腕を机にめり込ませたままかなめがそう脅すように息巻いた。しかし、再び冷静を取り戻した広報担当の将校は何事もなかったかのように再び笑顔を浮かべてかなめを見つめた。


「あなた自身が言ったじゃないですか?このデータの内容に裏付けなんかないって。それとも実際にこのデータに出て来る臓器の現物でも抑えたんですか?ではそれはどこに有るんですか?言えないですよね?まるででたらめですな。マスコミの捏造記事じゃあるまいし……」 


 広報担当はこのような脅しには慣れているようで、威嚇するようなかなめの視線にも一切動ずる様子はなかった。


「火の無いところに煙が……って奴だ。邪魔したな」 


 そう言うとかなめは机にめり込んだ腕を引き抜き、振り返る。ランもせせら笑うような笑みを浮かべてそれに続いた。誠とカウラはただ二人が何をしたかったのかを考えながら警備本部から出ることにした。誠はかなめとランが一体何をしたかったのか一切理解できずに黙って本部に背を向けて去っていくかなめとランの背中を追って速足で歩いた。


「面白いものが見れたろ?ああ、久しぶりに暴れてすっきりしたわ」 


 そう言うとかなめは満面の笑みを浮かべながらタバコを取り出した。本部にはいつの間にか中から武装した兵士が出てきて入り口を固めていた。おそらく、彼等もまたかなめやランが暴れだした際には中に待機している兵士達と共同して誠達を挟撃する予定だったのだろう。その自分を取り巻く兵士達の緊張した面持ちにそれを面白そうに眺めたかなめはそのままタバコに火をつけて歩き始めた。

挿絵(By みてみん)

「ディスクは端末に刺したままで出てきたが良いのか?連中の事だ。アレが実際に機能している臓器取引や人身売買に関わる物なら証拠を抹消にかかるぞ。関係機関にも連絡がいく。すべては私達にとって悪く運ぶのではないか?」 


 誠と同じくかなめ達の真意を理解できないというようにカウラの言葉にかなめとランは目を合わせて笑顔を浮かべる。


「大丈夫だ。コピーは取ってあんよ。だからわらしべ長者なんだって。あのデータはあそこの検問の外ではそれなりの意味を持つが、あそこをくぐって『租界』の中に入ってしまえば、麦わら一本以下の価値しかない。証拠性が消滅するんだよ、アイツ等の手に渡るとな。アイツ等は幽霊みたいな存在だ。何を言っても誰も信用してくれない。いてもいなくても同じ存在だ。アイツ等の言うことに証拠なんて何も無いんだ。まあ、物的証拠として残るのは賄賂を取って国に家でも建てれば別だが。とりあえず現金は稼ぎましたという証拠は間違いなくその豪邸が証拠として残るからな。恐らくあの将校もこのデータの取引の売り上げの一部をピンハネして母国に豪邸でも建てる口の輩だ。だからあれだけデカい顔が出来る。あんな顔、東都戦争の時は嫌になるほど見てきた」 


 そう言ってかなめはタバコをくわえたままカウラの銀色のスポーツカーの屋根に寄りかかって話はじめた。同盟軍組織の一部、こう言う二線級部隊の腐敗はどこにでもあると言うように、かなめは時折振り返って兵士達に笑顔を振りまいた。


「じゃあ何の意味が?挑発にしてはやりすぎですよ。机一つ破壊したんですから」 


 そうたずねた誠に手にした端末の画面をかなめは見せた。次々と画面がスクロールしていく。良く見つめればそれはある端末から次々に送信されているデータを示したものだった。


「誰にも信用されないアイツ等でも多少はコイツの出どころが気になるんだ。さっそくあのリストと出所と思われるところに連絡を入れて事実関係を確認中ってところかな。後はあの連中が連絡をつけた糸をたどっていけばどこかに昨日見た連中の製造工場があるだろうって話だ……まあそううまくいくかどうかは昔話にある通り……アタシ等に運があるかどうかって話だがな」 

挿絵(By みてみん)

 そう言うとかなめはタバコを投げ捨てる。検問の兵士ににらみつけられるがかなめは平然とドアを開けてそのままランと組んで車に体を押し込んだ。



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