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妻が貴族の愛人になってしまった男  作者: 重原水鳥
第三粒 ルイトポルトの社交界デビューの裏側で

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【89】フーゴⅤ

最後の方だけ、ヘラ視点ぽいです。

 フーゴは追い詰められていた。


 エッダが男爵の嫡子を生んだという話は、フーゴの耳にも届いている。その話を聞いた時、フーゴは歓喜した。これでフーゴは未来の男爵の伯父という立場を手に入れたからだ。

 母は「エッダの様子は……エッダには会えないのですか?」と男爵家の使者に縋っていたが、フーゴもすくなからず同じ思いであった。ただし純粋にエッダに会いたい母とは違い、フーゴは自分の存在をもっと男爵に売り込むようにエッダに伝えたかったのと、将来的に大事な存在となる甥に自身を刷り込んでおきたかったのだが。


 だが残念ながら、母の願いは簡単に拒絶された。


「嫡男様はピンクサファイア男爵家の光! お前たちのような平民が顔を合わせられる存在と思うな! エッダ殿はそんなお方を生み落とした大事な人物だ。軽々しく、このような場所に来ることが出来るはずがなかろう」


 その使者の言葉に、フーゴは先程までの高揚から一転、不安を抱く。


 甥に自分の存在を認知し、刷り込んでおかなければ、彼が男爵になった時に彼の力を利用できない。

 だが使者はフーゴがゴマをすりながらすり寄った言葉も無視して、さっさとかえっていってしまった。


「エッダ……本当に元気にしてるのかい?」


 母はさめざめと泣き、フーゴの妻ヘラと息子ハンスが慰めていたが、フーゴは自分まで甥に会えない事に不服だった。


 ――そこから数か月。


 当初、男爵家の嫡男が生まれたときは、フーゴたちにも祝い金と称していくらか包まれたものが届いた。


 ところがそれも一回きりで、そのほかの支援までもが、どんどん少なくなっている。


「ふざけるなッ! 俺は未来の男爵の伯父だぞ!! エッダは仕事を果たしたってのに、どうしてその兄である俺がこんなないがしろにされなきゃならねえんだ!」


 フーゴは怒りに任せてフーッフーッと鼻息を出しながら叫んだ。


 もはや聞きなれた怒声に、ヘラは呆れるばかりであったが、フーゴは幸いにも別室にいたため気が付かなかった。


 フーゴの事業は現在、難しい岐路に立っていた。


 一時は発展が止まり怪しい状況になっていたが、それもなんとか持ち直した。店も様々な街に販路を広げて拡大している。一部の店はかなり繁盛していた。

 ところが、総合的に見たところ、フーゴの事業は赤字続きとなっていた。

 様々に手を伸ばし過ぎて、調子よく進んでいる店と、調子の悪い店の差がどんどん大きくなっているのだ。

 調子が悪い店というのが、最初のころに出した店が多く、簡単に閉める事が出来ない店ばかりだった。男爵からの口利きで開いた店が多いために、男爵の許可なしに閉めれば反感を買いかねなかったのだ。


 自転車操業。毎月毎月入ってきた金を支払いに回して、ギリギリ保っている。

 どこかの店の売上が落ちれば、一巻の終わりだ。

 男爵家に嫡男が生まれた祝い金も、早々に支払いに使ってしまった。もっと来ると思っていたのに、祝い金はそれだけ。追加の支援もなく、更に支援が減っていく。


「エッダめ、使えないやつがッ! 自分だけ貴族にでもなったつもりか!? ふざけんな! 誰のおかげで貴族の愛人に収まれたと思ってやがる!」



 ■



 壁を蹴とばすフーゴに、フーゴの母は頭を抱えて泣き言を漏らす。


「どうしてこんな事になっちまったんだ……お父さん……」


 そんなフーゴの母を、ヘラは表向きは慰めつつ、こちらにも白い眼を向けた。


 恐らくこの一家の良心であった義父は、フーゴとフーゴの母(ヘラからすれば義母)の二人の主導によって、現在は山奥の家に追いやられている。

 毎月食料品などをもっていった人間から請求書が届いているので存命のはずだが、唯一フーゴを抑えられたはずの義父を娘の邪魔だからと追いやる事にしたのは、義母自身だ。


(……もう、そろそろ私も考えるべきね)


 現在この家は、間違いなく泥船と化している。共に沈む気など、ヘラには全くなかったのだが……フーゴはそんな妻の気持ちなど、全く気が付いていない事だろう。

 彼にとって妻とは、己のいう事を聞く所有物であったから。

 次回、ルキウスたちの話に戻ります。

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