表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
妻が貴族の愛人になってしまった男  作者: 重原水鳥
第三粒 ルイトポルトの社交界デビューの裏側で

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

89/146

【87】エッダⅥ

 エッダの苦しい生活に、僅かであるが安寧が訪れたのは、男児を生み落とした後だった。

 第二子イレーネの出産後、暫くエッダは妊娠しなかった。やっと妊娠して……そうして生み落とされたのは、男爵たちが待ち望んでいた男児であった。


「やった、やったぞ! 跡継ぎだ、我が家の跡継ぎだ!」


 男爵を始めとして、使用人たちも大喜びした。その間、出産により疲弊していたエッダの事はほぼ放置されていた。産婆だけが、憐みの視線でエッダの産後の世話をしてくれていた。


「よくやったぞエッダ。よくやった! やはりお前は子を生める立派な女だ! あの使えない腹の女とは違う!」


 男爵はそうエッダを褒めたが、エッダがその言葉に喜びを感じる事はなかった。

 かつてであれば――ずっと前であれば、正妻である男爵夫人より素晴らしいと褒められて、うれしく思っていただろう。だが今はもう、殆ど何も感じない。


 反応の薄いエッダに、男爵は一転して詰まらなさそうな顔をした。


 これまでの経験上、再び夜を求められるかと思ったが、そうはならなかった。男爵が最も求めていた男児を生み落とした事でエッダは用済みにでもなったのか、エッダの元に男爵が通ってくる事はなくなった。


 エッダの見た目はやつれており、かつて誇っていた貴族の血を感じさせる美しさは見る影もない。

 飽きられたのだと、エッダも分かった。

 年も取ったエッダに手を出すよりも、もっと若い女を囲った方がよいとでも思ったのかもしれなかった。


(それでもいい……)


 これ以上男爵に求められるよりも、一人、殆どの時間をベッドの上で過ごす方が幸せだった。


(……グレートヒェン。イレーネ。名前も分からない、あの子。会いたい。あなたたちに会いたい……)


 いまだにエッダはグレートヒェンにもイレーネにも、生み落としたばかりの男児にも会えていない。

 グレートヒェンは今何歳だろうか。イレーネは今何歳だろうか。そんな簡単な事も分からないほど、エッダは疲れ切っていた。


 エッダはそのうち男爵家から追い出されるのではと思われたが、意外にもそんな事はなかった。むしろ、男児を生む前と生んだ後とで比べると、後の方が遥かに丁寧な対応をされるようになった。


 さんざん雑な扱いをされてきたので、今更丁寧な対応をされても感謝の心すら湧かないが。


 仮にも、次期男爵となる男児を生んだ母という事で尊重されるようになったらしかった。


(グレートヒェンやイレーネとて、同じ男爵家の血を引く子供なのに……女だって当主になれるのに……)


 ジュラエル王国では、跡継ぎとなれるのは当主と血のつながった者だけと決まっている。男女を定める法律はない。

 だから跡継ぎをただ求めるのであれば、グレートヒェンを生んだ時点で条件を満たしていたのだ。万が一を考えて二人目を作るとしても、イレーネが生まれた時点で良かったのだ。


 エッダがベッドで寝ている間、エッダを下に見た使用人たちがあれこれと話しているのを聞いていたから、そういう知識が少なからずついていた。


(男の子を求めたのは、男爵のエゴだった……)


 そのエゴのせいで、エッダはずっと苦しめられたのだ。


 誰もいない部屋でエッダは呟いた。


「もどりたい……」


 この屋敷ではない。かつて暮らしていた家に帰りたかった。

 お金には困ることはあったかもしれないが、こんなに心が寂しくなることはなかったあの場所に、戻りたかった。


「こどもたちにあいたい」


 かすれた声で、エッダは、涙を流しながらそう呟き続けた。


 その願いが叶う事は、なかった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ