【84】精霊の加護を得る土地
屋敷の裏手に一同は移動した。移動した先にいる、土色のローブを纏っている人物がなんの役目を持つのか、ルキウスにもすぐに分かった。墓掘りだ。
その墓掘りが、ちょうど、人一人分ぐらいの穴の横に立っていた。
ここは一般的な墓地ではない。だが他にも、墓がある事に気が付いた。
奥の方には大きな墓石が一つあり、それを守るように六つほどの小さな墓石がある。
そんな感じの墓石が、他にもいくつか点在していた。
大きい墓石と、その隣や周りの、小さい墓石たち。
「……ここは……?」
首をかしげるルキウスに、ルイトポルトが説明をしてくれた。
「先ほど、ここは伯爵家の別邸だと言っただろう? この別邸の始まりは8代前の当主の弟だったアウグスティーン・ブラックオパールが自分が暮らすために建てたんだ。アウグスティーンは兄だった8代前当主と難しい関係にあった……それ故に屋敷から距離を置いたわけだが、当主を守る騎士でもあった彼は本邸から近しい場所で暮らすために、この別邸を建てたんだ。……あそこに見える、剣の刺さった墓があるだろう?」
ルイトポルトに言われて、屋敷の広い広い庭にある、一本の木の根本の墓を指さした。
そこには一つの墓石があり、その目の前に剣が刺さっていた。古い物だ。遠目で見ても、もう錆びて、使い物にはならないのが分かる。
その周囲には他の墓同様に、いくつもの小さな墓石がある。
「アウグスティーン・ブラックオパールは、ある時発生した隣国との戦争にブラックオパール伯爵家の嫡男と共に出兵したそうだ。つまり、彼にとっては甥と共に出兵したわけだな。この時彼らが参加していた戦いはきわめて過酷で……ブラックオパール家の部隊は敵に囲まれてしまった。アウグスティーンは嫡男である甥を逃がすためにその場に残り、彼の活躍によって甥は無事に伯爵家に戻ったが……アウグスティーンは戦死した。生前、アウグスティーンはこの別邸を気に入っていて、死後は伯爵家の墓ではなくこの別邸で眠りたいと願っていた。彼の部下たちは死した主君の願いをかなえるために当主に申し出て、当主もそれを許した。その後彼はここに眠り、アウグスティーンに仕えた従者たちも死後、彼の周りで眠ったんだ。彼の眠りを守るために。……そしていつからか、此処は、精霊の加護を得て、年中、花が咲いているようになった」
言われてみれば、この場所には確かに花がよく咲いている。「冬でも沢山花が咲いていて綺麗なんだ」とルイトポルトは付け加えた。
精霊の加護を得て、神の眼差しを受けて立ち上がったのが、この国だ。
精霊の加護を直接得たとなれば、ここは、ブラックオパール伯爵家にとっては特別な場所となった、という事だ。貴族の感覚にまだまだ乏しいルキウスでも、伯爵家にとっては、聖地に等しい重要な土地だという事は分かった。
「それ以来、この場所は伯爵家にとっては第二の墓地となった。難しく厳しい時代を生きた者も、ここで眠れば精霊に守られて幸せな死後の時を得る……そう言われているんだ」
ブラックオパール家の歴史をまともに知らぬルキウスでも、なんとなく、理解できた。
この土地は、世界から隔絶されたように、どこか安穏としている。
「決まりがあるわけではない。だが、この場で眠りにつく伯爵家の者は、皆、アウグスティーンのように忠義に厚く、家を守るために尽力したものたちだった。そして彼らは一様に従者たちに慕われ、従者たちも死後も主人の傍にいたいと、共に眠る事が多かった」
どうやら大きい暮石は歴代のブラックオパール家の忠義者たちで、その周りにある小さい暮石は、主人を慕う従者たちの墓らしい。
……そこに、墓掘りがいて、ルキウスは両親の墓を用意すると言われて連れてこられていて……。
説明がなくとも、ルキウスも、何が起きるか理解できた。
ぐるりとルキウスは、自分の後ろにいたトビアスたちを振り返る。トビアスもオットマーもゆるやかに笑顔を浮かべているだけだ。彼らもすべて承知して、ここにいるという事なのであろう。
ルイトポルトは墓掘りが堀った穴に近づいて、こう発言した。
「ここが、ルキウスのご両親の墓になる場所だ」
歴代の忠臣とその忠実な部下たちが眠っていると言われた場所に、ルキウスの両親の墓が用意される。
「わ、私は……」
それは流石に、高すぎる墓だ。
狼狽えるルキウスにルイトポルトは近づいた。
「ルキウス。君が仕留めたあの、巨大な肉食ペリカン! あれがどれだけ素晴らしい事か、本当に分からないか? しかも君は叔母様を助けて見せた」
「ルイトポルト様とトビアス様のご指示があったからです」
「助けたという事実が大事なんだ。それに、君にはもっと前に、私や叔母様の命を救った功績もある。既に君の行動は、我々にとっては十分すぎる忠義を見せたと言えるだろう」
それに……とルイトポルトはつづけた。
「ブラックオパール伯爵家が君の両親に差し出せる他の墓場は、屋敷からかなり距離がある。ここならば仕事終わりにだって両親に挨拶に来れるだろう?」
ルキウスは両腕で両親の入った箱を抱きしめた。
(ここまで言われて、断る方が……失礼、だよな?)
狩猟祭以来――いや、狩猟祭以前から、ブラックオパール伯爵家がルキウスにくれるものは、時に受け取るのが重荷と思うほどのものばかりだ。
だが本来それは、胸を張って感謝を告げて受け取るべきものばかりなのだろう。
ルキウスも、根っからの阿呆ではない。分かっている。分かっている、が。
それでも、だ。
(俺が受け取るには不相応すぎる)
そのような思いを消す事は、正直に言って難しい。
何もかも失い、故郷に帰れなくなり、死体のように彷徨い……その結果ルイトポルトたちと出会ったわけだが、そののちだって、今に至るまで、己の事を何も語ってこなかった。語ろうとも、していない。自分は、とても忠義者からほど遠いという事を、ルキウスは誰より分かっている。
(どうしてこの方々は、これほど俺に良くして下さるのだろう)
黙り込むルキウスに、ルイトポルトは少し困ったような顔をした。
「……もしかして、迷惑だっただろうか? 他の墓地の方がよかったか?」
その言葉に、慌ててルキウスは首を横に振った。
「いえ、いえ。少し、驚いているだけで……」
周囲を見る。
静かで、良い場所だ。
花が咲いていて、精霊がいるのだろう、穏やかな場所である。
一度はひどい侮辱を受けた両親も、この場なら、きっと静かに落ち着けるだろう。
自分が眠るのではないと思うと、少し気が楽になった。両親のための孝行であるならば、それは褒められる美徳といえるのではないか。そう、思う事にした。
「……ありがとうございます」
ルキウスはそう、ルイトポルトに礼を言い、墓掘りに両親の入った箱を渡した。
2章はあと1話で終わる予定です。
余談。
アウグスティーンが兄(当主)から疎まれていた理由は、結果的に兄の初恋の人を奪って結婚したためです。
アウグスティーンは若い頃剣に人生を捧げていたため、男女の関係に疎く、相手が兄の初恋相手とは知らずに結婚をしました。
悪意あっての行動ではありませんでしたが、結果として愛した女性を横から掻っ攫っていかれた事が尾を引き、兄弟の間にしこりが残ることとなりました。




