【79】襲撃後Ⅳ
ゼラフィーネが自白し、他の者たちの自白も進み――リーダー格だった男だけは黙秘を貫いていたが――ある程度の事情が把握できるようになった頃、バルナバスの父であるファイアオパール子爵が到着した。
バルナバスの父は、息子とはあまり似ていない男だった。
相手がブラックオパール伯爵であっても自信に満ち溢れ堂々としているバルナバスに対して、ファイアオパール子爵はおどおどして縮こまって震えている……そんな男だった。
ファイアオパール子爵はそれはそれはもう可愛そうなほどに顔色を悪くさせ、ブラックオパール伯爵に頭を下げた。
「愚息が、大変、大変ご迷惑をおかけし、誠に、申し訳ございません……!」
自分より年若いブラックオパール伯爵にたいして額を机につけるほど下げながら、子爵は謝罪を繰り返す。
「まさか伯爵の妹君様に手を出そうとするなんて……本当に、なんとお詫びすれば良いのか……」
「ほう。詫び。貴殿は詫びの程度で終わらせるつもりでおられるのか」
伯爵の言葉に、ファイアオパール子爵は明らかに失態を犯したと顔を青くしながら口の端をヒクヒクさせつつ、弁解する。
「アッ、い、いえ。ちが、そうではなく……ど、どう謝罪をすれば良いか、もう分からず、狼狽えていた故の言葉でして」
「貴殿の息子の勝手により、私の妹は精神的に傷付いております。何せ目の前で、己の信頼する侍女に暴力を振るわれたのだから当然でしょう」
「は、はい。大変、申し訳なく……。ち、治療費はお支払いいたします。で、ですので、どうか。どうかファイアオパール伯爵様にはお伝えしないで頂きたいのですっ」
ファイアオパール子爵は親に悪事がバレぬように必死な子供のようであった。
実際、ジュラエル王国の貴族家にとって、本家分家の関係は親と子と言い換えても良い関係性だ。あながち間違いでもない。
「ファイアオパール子爵。それは建前での対応か。それとも、本当にファイアオパール伯に隠し通そうとしておられるのか」
ファイアオパール子爵は言葉の意味がよく分からないという顔をしながら、少ししてから「後者で御座います」と消えそうな声で答えた。
それを聞いた伯爵は、哀れな者を見るような目で、ファイアオパール子爵を見た。
「子爵。そうであるのであれば、貴方が真っ先に口止めを願う相手は、私ではなかったでしょう」
「は……?」
「お忘れか。此度の狩猟祭には、ホワイトオパール一族からもファイアオパール一族からも、複数の家が参加しておられた。……私からの連絡がなくとも、今頃ファイアオパール伯に報告を上げに行く者がいる事でしょう」
ファイアオパール子爵はその可能性に今更気が付いて、絶望しきった表情を浮かべた。
どうやらそこまでは気が回っていなかったらしい。
――その後の話し合いはスムーズに進んだ。
バルナバスが何を言った所で、彼は子爵令息でしかない。伯爵とファイアオパール子爵という家の当主が話し合う場には、許されなければ同席する事すら出来ない。
バルナバスがどれだけ否定しようと、父であるファイアオパール子爵が全面的に認めて賠償についても合意した時点で、彼は「ブラックオパール伯爵家の女性を男に襲わせた人間」となってしまったのだった。
次回、ぐだぐだ過去を振り返る某侍女の話です。




