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妻が貴族の愛人になってしまった男  作者: 重原水鳥
第二粒 ルキウスと狩猟祭

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【78】襲撃後Ⅲ

 部屋の中に、メルツェーデス、トビアス、ルキウスが揃っていた。他にはメルツェーデスの世話のために、侍女が一人は待機するようにして入れ替わり立ち代わり、部屋を出入りしている。


 トビアスはメルツェーデスの護衛役なのだろう。ほんの少し前に襲われかけたからこそ、身内にも警戒しているのかもしれない。

 トビアスにたいして、何故この部屋に呼び出されてしまったのか……とルキウスは気まずさで壁際でもぞもぞと動いていた。


 いや、理由は流石に分かる。ルキウスもそこまで馬鹿ではない。


 少し前の、ゼラフィーネが突然暴れ出した一件についてだろう。


 ゼラフィーネはメルツェーデス付き侍女の一人だったから、それで主人であるメルツェーデスもここにいるのかもしれない。


 ただルキウスは、どうしてゼラフィーネが叫び出したのか、何もわからない。なので既に報告している襲われた経緯以上の事は、何も話せないのだ。


 どうにも恨みを買っていたようなのだが、そもそもルキウスはゼラフィーネとの接点などないのだ。

 ルキウスがメルツェーデス付きの侍女で一番よく関わるのはやはりジゼルで……他の人とは、仕事上最低限の関りはあったが……という程度なのである。


 ゼラフィーネの事で話す事がないから気まずい訳ではない。メルツェーデスはずっと黙り込んでおり、トビアスも何かを言おうとしない。


 普段はこうした空気を良い意味で壊す立場であるメルツェーデスとトビアスが揃って黙り込んでいるものだから、部屋に漂う空気は余計に重苦しい。


 ――そんな時間は、ジョナタンがやってきた事でやっと終わりを告げた。


 ジョナタンはメルツェーデスが腰かけている椅子の目の前に腰を下ろしてから、ドアを閉めさせた。部屋の中にはジョナタン、メルツェーデス、メルツェーデス付き侍女一名、トビアス、そして壁際で空気になろうとしているルキウスの五人だけとなった。


「ゼラフィーネが自白いたしました」


 その一言で狼狽えたのは、メルツェーデス付き侍女だけだった。トビアスとメルツェーデスは難しい顔で黙り込んでいる。ルキウスは完全に取り残されていた。


「ファイアオパールの者たちを屋敷内に手引きしたのは、ゼラフィーネだったそうです」

「!」

「なんて事ッ!」


 ジョナタンの言葉にルキウスは驚いたし、侍女は信じられないと悲痛な声を上げた。そんな反応を気にせずトビアスが言った。


「警備の不備を探しても見つからない訳です。…………メルツェーデス様の侍女であれば、警備の流れも、使用人たちの動きもある程度把握していたでしょうから、ファイアオパールの従者として彼らを敷地内に入れさえすれば、後はゼラフィーネの案内で、見つかる事なくメルツェーデス様の元に行く事が出来る、と」


 つまり、メルツェーデスが襲われた一件は……最初の首謀者はバルナバス、実行者は捕まった犯人たちだが……そのほかで、協力者としてブラックオパール内の人間がいた、という事らしい。

 ルキウスはちらりとメルツェーデスの顔を見たが、彼女は何も言わずに無言でジョナタンを見つめていた。ジョナタンはトビアスの感想を受けて、話を続ける。


「ゼラフィーネの母親は、ファイアオパールの出身でした。その関係で幼い頃から親しくしていた親族は、ファイアオパール一族の者の方が多かったようです。その親族から依頼され……という経緯のようです」

「親族を大切にする事は大事だが……それで主人を裏切るのではな……」


 トビアスの言葉には呆れと怒りが滲んでいた。

 彼の言葉を聞きながら、ルキウスは心臓がどくりと跳ね、胸元を握りしめた。


 ジョナタンたちの会話を聞いていたメルツェーデスは彼女にしては珍しく眉間に皺を寄せながら、重たい溜息を吐き出した。


「……ジョナタン。ゼラは、他には何か言っていて?」

「……はい。元々は手引きする予定はなかったそうです。予定が変わったのは……狩猟祭で、バルナバス卿を遥かに上回る獲物を仕留める者が現れたから、と」


 視線が、ルキウスに集中する。ザッと血の気が引いたルキウスを落ち着かせるようにジョナタンは次の言葉を口にした。


「勿論、獲物を仕留めたルキウスに咎がある訳もありません」

「ええ。勿論そうだわ。……それで、強硬策に切り替えたの?」

「そのようです。……既に伯爵様にはご報告しておりますが……」

「ありがとうジョナタン。ゼラの件については、私からも話をするわ。お兄様にお時間を取っていただくようお願いしてきて頂戴」

「は、はい」


 侍女がパタパタと出ていく。メルツェーデス自身も立ち上がった。


「わたくしは……少し部屋に帰るわ」

「お送りいたします」


 メルツェーデスとジョナタンも出ていき、部屋に残ったのはトビアスとルキウスの二人だけだった。トビアスは腕を組んで深く息を吸っている。眉間に皺が深く寄っていて、今回のゼラフィーネの行動について、彼が遺憾に感じている事がよく分かった。


「……あ、あの……」

「ん? どうしたルキウス」


 ルキウスに声をかけられて、トビアスはパッと表情を変える。いつもの陽気なトビアスだった。


「……なぜ、私は、ここに……?」

「そりゃあ、当事者だからだろう? 突然襲われた理由が分からないとスッキリしないだろう?」


 ……確かに気にはなったが、どうせルキウスは命令で動く道具である。どうせ教えてくれるのであれば、最後の結論だけ教えてほしかったと思うルキウスだった。

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