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妻が貴族の愛人になってしまった男  作者: 重原水鳥
第二粒 ルキウスと狩猟祭

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【59】狩猟祭Ⅴ

 ルキウスは一人で森を歩いていた。気が付いたら、一人だった。

 トビアスと二人で行動する事になった後、石角シカを見つける事には成功した。だが石角シカのメスは、子育てのころは特に繊細で、少しの物音に反応する。遠方からルキウスが矢を構えた音に反応し、子供を連れて去ってしまった。


 仕方なく次の獲物を探していた時、他の参加者が岩肌イノシシに追われているのに巻き込まれた。

 どうやら数頭の子岩肌イノシシを追い回した結果、親たちの怒りを買ったらしい。群れが塊になって襲い掛かってくるため、その参加者は死に物狂いで逃げており……その先にたまたまいたトビアスとルキウスに標的を移そうとでももくろんだのか、二人の元まで一直線で走ってきた。

 全く無関係であったというのに、岩肌イノシシからすれば子を襲った外敵と大差ない恰好をした人間が増えたようにしか見えなかったのか、敵が増えたと認識されてトビアスとルキウスまで追いかけ回される事となった。


 そんなこんなで、ともかく岩肌イノシシを振り払うために走っているうちに、トビアスと逸れてしまったのだ。


(……トビアス様を探すか……いや。時間も……)


 空を見上げる。太陽の位置は既に最も高い位置からずれている。

 狩猟祭は夕方の手前――空が完全に茜に染まるころに終わる。あまり長時間、猶予はない。


 ――「お願いだから、貴方、メルツェーデス様のハンカチーフを持っているのだから、せめて、せめて! バルナバス卿よりは立派な獲物をしとめてきて!」


 ジゼルの言葉を思い出し、ルキウスは頭を掻いた。あの肉食ペリカンより立派な獲物など、簡単には見つからないだろう。

 だが、今からトビアスを探す事を優先するよりは、獲物を見つける事の方を優先させた方が良いかもしれない。トビアスもあれで楽観的というか、変に「ルキウスなら大丈夫だろう」と接してくる所があるので、恐らくルキウスを探したりはしていないはずだ。


 そう思い、改めて動物を探して森の中を彷徨い始めて暫くした時であった。


「ぎゃああああああ!」


 それは大きく聞こえた声ではなかった。だが確かに、少し離れた位置から、人の悲鳴が聞こえた。

 同時に、ミシリミシリと、木を折るような音も。


(また岩肌イノシシか?)


 そう思ったルキウスはその悲鳴に、言葉が交じっていると気が付いた。


「誰かぁぁぁぁぁ…………だれがぁぁぁぁああぁ……」


 必死な声は恐らく助けを求めていて……ルキウスはほんの少し、迷った。

 だが彼の心が迷っているうちに、足は動いていた。


 森の中を走る。


 ――ふっと、ルキウスは森の中の空気が変わったように思った。

 だがそれを気にする余裕はなく、急いで悲鳴の元へと走り続けた。


 少しして、泣き喚きながら動いている人間を、木の間でルキウスは見つけた。


「だいっ、はぁ、っじょうぶ、ですか!?」


 見知らぬ赤の他人。ついでに言えば、髪色からして、ブラックオパールでもホワイトオパールでもないだろう、騎士らしい人物であった。

 蹲るようにしているのは、隠れているつもりなのか。

 彼の傍にルキウスが駆け寄ると、恐る恐る男は顔を上げた。そしてルキウスの顔を見ると、急に跳ねあがってルキウスの肩に縋りついてきた。


「だ、だすけてぐれ、死にたくない、じにたぐないッ!!」

「一体何――」


 どしん。


 どしん。


 明らかにとてつもなく大きな物が、動く音がした。


 目の前の男はか細い悲鳴を上げてのけ反った。ルキウスは体中を走った悪寒に硬直し、ゆっくりと首だけをひねった。


 どしん。どしん――音が近づいてくる。


 深い深い森の奥はまるで暗闇のようで……その中から、何かが出てきた。

 現れたそれは、大きな嘴のような口を開く。その中は血にまみれ、上の歯と下の歯を、赤い細い糸が繋いでいた。


「ギ、ィャヤヤヤアアアア!!!!!!!!」


 まるで木ほどの高さのある、あまりに大きな肉食ペリカンが、喉を震わせ、己の存在を主張するが如く咆哮した。

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― 新着の感想 ―
[気になる点] よーし!(笑)
[一言] これ仕留められるの?
[良い点]  フラグが向こうからやって来た
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