10. 美剣士の名はエド・シーラン
※ 2025/6/3 加筆修正済み
◇ ◇ ◇ ◇
若い剣士は黒い二角帽子をかぶって、後ろに束ねた銀色の長髪。
濃紺のマントを羽織っており、中は黒のチュニック、下はグレーのトラウザーとブーツを履いていた。
一見、剣士には見えないが、ダイアナが彼を剣士と思ったのは刀剣だった。
先ほど抜刀した時の碧く光る剣を見て、ダイアナは驚いた。
──あれはただの剣ではない。どこかでみた事がある。
王宮の騎士団たちが使用している聖剣だったかしら?
ダイアナは剣の記憶を思い出そうとしていたが、側にいる剣士の態度を見ると気分が悪かった。
この人ったら刺客を数人も切り捨てたというのに、何食わぬ顔をして、さっきから木になってる林檎を採ってむしゃむしゃ食べてばかりね。
──私を助けてくれた事には感謝はするが、何も一刀両断、殺さずとも⋯⋯と剣士の冷酷で非情さが、そのガサツな態度に現れていたからだ。
どうやらこの男は平時から刺客に慣れていると、ダイアナは察した。
そういえば、あの碧く光る剣は王宮内の騎士が装着してるのを、見たことがある。
──そうだ、思い出した!
確か、“蒼の王宮騎士団”だけが持つ事ができる魔力剣だわ!
◇ ◇
蒼の王宮騎士団──。
ジェダイト王国の王宮騎士団の中でも、トップクラスの超エリート集団である。
蒼の騎士に所属すると王宮魔導師たちが、一人一人特別にあつらえた魔力剣を贈る。
その名のとおりの魔力剣は、己の剣技と己の魔力で瞬殺で敵を倒す“名刀”と評判だった。
蒼の騎士団は普段、王宮内にいて国王や王族、重鎮家臣の護衛をしていると聞く。
──だけど何でそんなエリート剣士が、こんな田舎の森にいるの?
それに……なんだかこの男、多分、王宮から私を尾行してきたのではないかしら!
ダイアナは座っている若い剣士をまじまじと見つめた。
剣士はダイアナに凝視されてびくっとした。
先ほどまでのヒルに対する冷ややかさはどこへ行ったのか、ダイアナが突然、自分をジロジロ見てるので食べかけの林檎を慌ててポケットに入れた。
そして恥ずかしそうに目を逸らした。リンゴを咀嚼した小さな屑が、口元にたくさん付いている。
──ふ、まるで子供みたい。
ダイアナは剣士の口元を見て少し顔がほころんだ。
この剣士も、目の周りだけ黒仮面を付けてはいたが、仮面の中から覗く瞳はすみれ色で、美しく煌めいていた。
仮面を付けていても分かる、鼻梁のスッとした美剣士である。
偉丈夫だけど、よくよく顔立ちだけ見ると、十代の少年にも見えた。
「ねえ、貴方に助けてくれたお礼をキチンと言ってなかったわね。私を助けてくださりありがとうございました」
ダイアナは男の前で、丁寧に剣士に礼を取った。
「いや……別にその……俺は⋯⋯」
一瞬、剣士はたじろいだが、照れ臭かったのかまた目を逸らした。
そして、なぜかポケットから食べかけの林檎ではなく、今度は草笛を取りだして、急にピューピューと吹き鳴らした。
「???」
──何この人⋯⋯さっきは林檎を食べたり、今度は草笛を吹いたりと⋯⋯すっごく変ってるわ。
ダイアナは若者が挙動不審に思えてきた。
「ねえ、唐突で悪いけど、貴方の名前教えてくれる?」
「あ、俺は⋯⋯エド」
「エド、それだけ?」
「エド・シーラン。蒼の騎士団に属している」
「やっぱり! でも何でこんなところにいるの?」
剣士は口に含んだ草笛をペッと捨てて、むくっと立ち上がり、ダイアナの近くへ歩み寄ってきた。
「ちょっと、私には近づかないで!」
ダイアナは偉丈夫の剣士が突然近付いてきたので、いつもの癖で『汝、男子は寄るな、ヒール!』を発動しようとした。
エドと名乗った剣士は、ダイアナの言葉でピタリと止まる。
そして急にふくれっ面をして言った。
「俺は貴方と会ったら、真っ先にこう言いたかったんだよ、大聖女ダイアナは大バカだ!」
「は、私が大バカ──?」
「そうさ、いくら聖女でも自分を殺そうとした奴に、情けをかけるなんてバカだ! それにあの糞王太子に、黙って神殿から追放されたのもバカの極みだ!」
ダイアナは口の悪い剣士にカチンときた。
「バカバカって──貴方本当に王宮騎士なの? 悪いけど野盗みたいにとってもガラが悪いわよ!──もしかしてバカって言いたいが為に、私をここまで追ってきたの?」
「そうだ!」
「は?」
「俺はあんたが大聖女をあの女狐に奪われた事も、追放されたのも納得してない!だから蒼の騎士団の団長に休暇願いを叩きつけて、大聖女を護衛しようと勝手に決めたんだ」
「へえ~それはどうもごていねいに休暇届まで? よく蒼騎士の団長様が許したわね~」
ダイアナは呆れた。
開いた口がふさがらないとはこの事だ!
「ああ、団長は呆れていたが、いつもの事だと納得してくれたよ」
「あ、そ……ぷっ……」
思わずダイアナはおかしくて吹きだした。
──この剣士笑える、跳んだヤンチャ坊主だわ。
上司が手を焼いてるのが目に見えるようだ。
ダイアナは心底団長に同情した。
「それに俺は国王が病で倒れてから糞王太子の護衛に配属されたんだ。それも虫唾が走るから断った。なんで俺があの糞の警護をしなくちゃならないんだってね!」
ダイアナはさらに目をまん丸くした。
──この剣士、面白いわねえ⋯⋯蒼騎士なのに王太子の護衛が嫌だなんて。
だが、ダイアナは王太子を『糞!』といってくれた剣士に、内心気をよくした。
「まあ、本気で私を心配してくれたのは理解したわ。でも助けてくれたのに悪いけど私は聖女よ。この刺客だって私を殺せやしないわ。あなたが手をかけずとも私が簡単に捕まえられたのよ」
「え、そうなのか?」
エドと名乗った若い剣士は、ダイアナの言葉に初めて驚いた。
「じゃあ俺は用無し……か?」と急にしょんぼりする。
「あ、あの⋯⋯いいえ……用無しとかではないけど……ただ私は魔力が使えるから護衛は必要ないわ。だからあなたも王宮へ戻って、自分の職務をまっとうしなさいと言いたかったのよ」
「だが……あんたはこの後、どうすんだ? 大聖女をクビになったんだろう?」
「クビ?──ふふ、はっきりと⋯⋯まあ確かにそうだわね」
ダイアナはこの剣士のストレートな物言いは、本来ならとても失礼だと怒るところだが、何故か会話をしていて心地が良かった。
というよりもダイアナは長年、聖女の勤めに精進してきた為、何年も若い男とこんな近くで、それもこんな砕けた会話をした事がなかったせいでもあった。
もしも神殿や王宮内ならば即座にダイアナは「汝、男子は寄るな、ヒール!」と風魔法を瞬殺してるはずだ。
ダイアナは少し若者をからかってみたくなった。
「うん……そうねえ。いっその事、この村で良い殿方がいたら結婚でもしようかしら」
「はあ?──ええええええええええええええぇぇ!?」
エドは素っ頓狂な大きな声を出した。
「すっごい大声、何なのよ!かわいそうに野鳥が驚いて逃げちゃったわよ!」
ダイアナはエドのつんざくような大声で、思わず両手で耳を押さえた。
「でも、あなたって変わってるというか面白い人ね」
「俺をからかうな。大聖女様は結婚なんかせんだろう! ああ、あんたが変な事いうから、ショックで心臓がおったまげちまったぞ!」
「は! おったまげちまったはいいわね!」
ダイアナは久しぶりに大笑いした。
◇
「まあ話はこれくらいにして、ほら、日が落ちる前にこの人達を土に戻してあげないとね」
「えっ! こいつらはあんたを殺そうとした刺客だぞ、そんな奴を土に埋めるのか?」
「当然よ、私は聖女だもの、彼等の御霊を弔わないと。できたらあなたも手伝ってくれると助かるわ」
「俺も──?」
「ええ、日が暗くなると大変だもの」
「……ちぇっ分かったよ!」
渋々だったが、エドはダイアナの指示どおり、死人たちを土葬する為に土を掘り起こしていく。
ダイアナは土葬の前で、一人一人の死者に丁寧に祈りを捧げた。
※ ここ迄お読み下さりありがとうございました。
残りは5/31に投稿します。
何とか5月中に投稿できて良かったです。
※いつもリアクションしてくれる見知らぬ貴方様、いつもありがとうございます。




